切り落とされた余裕



さらさらり、そんな音が聞こえてきそうな綺麗な髪を掬い持ち上げては意味もなく落として楽しむ俺と、こんな事で何を喜んでいるんだろう…と鏡越しに見てくる伊武。
将来、美容師になりたい俺は勉強中なんだけど家族や伊武は俺に切ってと頼んで来てくれる。お金は取らない、でもその分失敗したらごめんねってこと。

今日、伊武は切ってほしいと頼んできた。せっかくの髪が…と惜しんでしまえばついつい愛で続けてしまう駄目な俺。


「どうしてそんな事が楽しいんです?俺の髪なんか触っても面白くないでしょ…あ、男の癖に長いとか無駄なキューティクルとか言いたいんですか?」
「別に?ってか、キューティクル知ってるの?」


髪がつやつやしている奴でしょ、とぼやきを止めて言う伊武の言葉に笑う。確かにつやつやきらきらだけどさ。
それらは伊武の髪の良さを引き立てている大事なものなんだから蔑に言うわけないのに、分かってくれない彼に笑顔をそのままに意味を変えた…面白くてきた笑顔から心外な、という苦笑いへ。


「そんなこと思わないよ。ぜーったい。」
「…なんで、断言できるんですか?」


前髪もまとめて後ろへ集める俺の両手に残る心地良いさわり心地、絹などの上質の布にも似た滑れそうな髪を一房捕まえて唇を寄せる。
こんなことをする奴が馬鹿にするとでも?唇を離し顔を上げれば鏡で顔を確かめ無くとと見えた真っ赤な首元と耳。髪に映える美しい色はより一層髪を切りにくくさせるから困っちゃう。


「だって伊武の髪、好きだから。」


癖のないストレート。癖っ毛って人多いけど、その逆って人もいる。
サラサラな髪の人、良いなって思うかもしれないけど結構大変なんだぞ。まずこういう人はパーマができない、髪が液を吸ってくれないらしい。まぁ俺も勉強中で本でちょこっと知った程度なんだけど。
伊武も多分その類の髪。でも伊武にはこのストレートが似合っているから俺はずっとこのままでいてほしい。

いつまでも遊んでいるわけにはいかないよな、と笑い鏡を見ればまだ赤い顔のまま睨んでくる伊武と目があった。


「で、何処まで切る?」


指で挟んで聞く。肩についている髪を耳たぶより下にすればいいの?とちゃんと顔を覗きこんで聞けば、鏡を見続ける伊武の手が髪を挟んでいる指を捕まえた。


「…好きなように切っていいですよ。」
「ん?いや、伊武の好みとかあるじゃん。」
「好きなように切ったら、少しは先輩の好みに近づけそうだから…。」


近い場所からぼやくように囁く声は、そのまま長く終わりのない言葉の旅へ行った。
ぼそりぼそりとぼやく彼の言葉をすべて聞くのは大変だ、だから最初の言葉だけ聞いて返事を返してあげよう。

負けじと赤くなってしまった頬を堂々とそのままに、伊武の頬とくっつけた。熱さ対決だ、なんておとぼけられたら良かったのに。
今の俺には「もう好きになっているよ」と言う余裕すら残っていない。




切り落とされた余裕




軽く切った黒髪は今日も風に揺られさらさらり。
その音が聞こえてきそうな美しい光景に、俺は心臓のリズムを一つ上げる。

…なんて、伊武に言ったら「神尾じゃないんだからリズムとか言わないでください…」と怒られた。


----


11月に誕生日がある
いぶいぶでした。
久々でした。


2013,10,21


(prev Back next)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -