キューピッド



「謙也先輩、国語辞書持っとります?」
「もっとるで!ちょお待ち!」


二年の俺がわざわざ三年二組へ足を運んで呼んだのは、忍足謙也先輩や。
脱色しとるふわふわで痛んだ髪とテニス部レギュラー。浪速のスピードスターと呼ばれとる(らしい)この人は何かと優しいええ先輩。
同じクラスの光を通して知り合ったんやけど、いつ会ってもええ人やし笑顔やし元気をくれる人やねん…けどな。

光が言うた言葉がなぁ…。

鞄から辞書を取りだして小走りで持ってきてくれる笑顔の謙也先輩が傍へ来るまでがほんま早い。流石やなスピードスター。


「コレでええか?」
「謙也先輩、おおきに。ほんま助かります。」
「れ、礼なんてええねんて!こんなんで力になれるんやったら毎度貸したるで!」
「あはは、毎度忘れはせんですって。」


多分素で言ったんやろう言葉に笑って返せば、顔を赤くさせて「せ、せやな」と恥ずかしそうに大きな声で笑いはった。おもろいなぁ先輩。
そろそろ教室戻らんと光が迎えに来て文句言うやろうから、おもろいんやけど話しを切りあげな。渡された辞書を両手でしっかり持ちながら先輩に頭を下げた。


「汚さんように気をつけます。ほな、また後で返しにきます。」
「おん!俺は今日辞書使わんから遅うなっても気にせんっちゅーこっちゃ!」


いつでもええから!と俺の頭を撫でる明るい太陽みたいな先輩に負けじと笑い、三年二組を後にした。階段を下りる前に振り返れば、謙也先輩が大げさに手を振っとったから俺は普通に手を振り返した。

新品みたいに綺麗な辞書を大事に持ちながら階段を下り、自分の教室へはいり後ろの列に席がある光に見つかって一秒で「はよこいや」と手招きされる。
俺の席は光の隣やから自然とそっちいかなあかんのになぁ。光はせっかちや、と文句を零しなが椅子に座り机の上に借りた謙也先輩の辞書を置く。ソレを見て光がニヤリ、悪い笑いをする、謙也先輩に笑顔教わったらええのに…。


「めっちゃ喜んどったやろ?」
「…別に、いつも通りの謙也先輩やったけど。」
「その辞書、絶対昨日の俺の話しを聞いて持ってきたんやで。」


昨日の部活中に、光は謙也先輩とペアを組んで柔軟をしとるときに「あ、明日辞書持っていかなあかんのやった…めんどい」とか独り言をしたらしい。
ソレを聞いて謙也先輩はソワソワし始めたとかは俺は見とらんから知らんけど…光いわく、落ちつきが無くなったとか。そんでそっから話しは俺へむいとったとか。
いつもどんな話しをしとるの?とか、どんくらい仲がええの?とか…ちゃんと辞書持ってくるんか?とか。


「絶対、ソレお前のために持ってきたんや。」
「…そんなんちゃうかもしれんやんけ。」
「その考えも、ちゃうかもしれんで?」


嫌な奴や、こんなんが隣で同じクラスで俺も可哀想や。
ニヤニヤしとる光に軽く右手をグーにして殴りかかった、ら、扉から先生が入ってきて光は一層俺をアホにした。
授業は借りた辞書のおかげで楽やった。借りて良かった。でも、俺の鞄の中にある辞書はなんちゅう無駄やったんやろう。

あーぁ、光のせいや。
辞書を忘れんかった俺を馬鹿にしたのも光や、変な話をし始めたのも光や、ニヤニヤして俺を不機嫌にさせたのも光や…

謙也先輩の笑顔を忘れられなくなったのも、光のせいや。




さいころを振るのはキューピット




「謙也先輩、助かりました。」
「役にたったんか?」
「勿論。…また、頼ってもええですか?」
「え…お、おん!幾らでも頼ってええで!」


せやったら、辞書にはさんどるメモ、見つけたって下さい。

『駅前のマクド、待っとります。』


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関西弁って可愛い。


2013,09,24



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