台風ありがとう
まだまだ暑い沖縄に、台風が来たのは俺が沖縄旅行2日目の事だった。
ぽつぽつと降り始めた雨。徐々に力を増す風。シャッターを下ろし始める商店街。
そして飛ばなくなった飛行機のチケット片手に両親へ電話する俺。
昔懐かしい香りを残す家の縁側で足をぷらぷらさせながら、まだ小雨程度の雨空を眺める。
「…うん、ちゃんと裕次郎の家族にはお礼言ってるし…大丈夫だよ、チケットも何とかするよ。お金だけ頼むね。」
よくテレビで「台風の影響で飛行機が飛ばなくなり、空港で一泊過ごす旅行客」を見かけるが、俺はそうならなくて済んだ。それだけでも大助かりだよ。
それも全て俺の隣に座っている裕次郎のおかげなんだよな…。
心配している両親へこの後の事をちゃんと話し、甲斐家にちゃんとお礼と少しでもいいからお手伝いをするようにと約束をして電話を切った途端、
「っわ、」
「終わったみ?」
待ってました、と裕次郎が抱きついて来た。
倒れそうな所を何とか堪えて体を押し返すが、体重全部を掛けてくる裕次郎には叶わず。そのままゆっくりと倒れてしまう。
べたーっと縁側に倒れ込み、ただ裕次郎の重みに唸るだけ。そんな俺の手にあった飛行機のチケットを取り上げじーっと眺める裕次郎、ひらひらと泳がせたりしながらチケットを指差す。
「コレ、ちょぎりーさーしむさぬみ?」
「いや取っておく。万が一ってこともあるし。」
「だーるば?しむさならしちくぃみそーれーぬんかい。」
欲しいって、何に使うんだよ。重いからどいてと言えば笑いながら起き上り、俺の腕を引いて起こしてくれる。そこはお礼を言っておこう、珍しく帽子をかぶっていない裕次郎の頭を撫でてやる。
瞳を細め俺の服の裾を引っ張る甘えた行為にコッチも笑ってしまう、本当に同い年かよって疑う。
一通り撫で終わったらちゃんと整えてやって…気がつけば雨脚が強くなってきていた。そろそろ雨戸を閉めるらしい…手伝わないとな。
しかし自分が台風に巻き込まれるなんて、大阪を発つときでは想像できなかった。あの時は進路は逸れていたのにまさかの大当たりときたもんだ。裕次郎の両親に笑われたもんだ。
「マジ帰れないなんてな…。」
「まじゅんいらりゆんから、わんやいそーさんよ。」
「…そう。」
帰りたい俺と、帰れない俺が嬉しい裕次郎。別に良いけどさ…そう零しながら裕次郎の肩へ頭を傾ける。
パタパタパタ…雨が家の壁や窓ガラスに当たって音を鳴らす。瞳を閉じれば今この瞬間だけならアリだと思えた、今だけな。すぐにでも嫌になるんだろうけど。
「もう部屋に戻ろうか。」
言いながら顔を上げれば、裕次郎がジッと俺を見ていた。揺れる事のない瞳が俺だけを見る。なんでだろうか、顔中がむず痒くなる。
もぞもぞと言いようのないものに襲われてしまった俺は、頭を起こし立ち上がる。腰に手を当てながら裕次郎へ視線を投げれば、真似をするように立ち上がって。
さぁ行こう、と振り返って一歩踏み出した俺の背に、重みがまたやってくる。
「…裕次郎?」
肩から胸元までだらりと垂れる腕。俺の項に当たる額。背中にくっついた胸。
今度は何だ?投げ出された掌に俺の掌を重ね顔を向ければ、上げられた顔は笑顔。もっとくっつこうと裕次郎の顎が俺の肩へ乗せられる、頬と頬が合わされば俺よりも体温が高い事が伝わって。
裕次郎、顔が赤くなっているのかな…なんて気がつけば俺の頬も熱くなる。
「あぬさ、」
「うん。」
「キス…あらんみ?んなぁぬめーじゃ出来ねーらんから、なまがゆたさん。」
そう問うだけで、結局答えさせてなんかくれず。唇を閉じてたった一秒後、裕次郎は俺をまた押し倒した。
足止め→ 一緒にいる時間が増える→ 台風ありがとう
「いってぇ。」
「わっさいびーん…。」
「…裕次郎、」
「ぬー?」
「キス、は?」
「…うん、なま。」
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台風って
北海道に来ないんだ…。
2013,08,21
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甲斐君が喋っている言葉の標準語バージョン。
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