AttentionPlease?



好きな人がいる。

その人は、好きな人であると同時に俺にとって憧れの人でもあるし、俺のことを弟のように可愛がってくれたお兄さんみたいな優しい人。
テニスが上手くて穏やかで、生意気言う俺にも笑ってくれる。たまに適当に好きって言ったら嬉しそうにはにかんでくれるし、俺が馬鹿なことしたらちゃんと怒ってくれて。本当の本当に、好きで好きでしょうがない。

だけど俺の手の中にあるチケットは一枚だけ。海の向こうへ向かうためだけのチケット。


『何が楽しくてリョーマを見送らなきゃいけないんだよ、行きたくないに決まってんじゃん!』

「…にゃろ。」


アメリカへ行く、そう告げたら泣かれた。今まで俺が何言ったって泣かなかったくせに、あの時は俺よりも子供になったみたいにずっとずっと涙を流していた。
瞬きをしなくても零れてくるほどの涙、そんなに俺が遠くへ行くの嫌なんだ?って聞けば泣きながら怒られた。それでも感じた優越感、いつもは俺のことを子供みたいに扱うくせにさ、その時だけは俺が兄になった気分になれた。

でも、今は後悔してる。
俺が乗る飛行機の時間は、一時間を切った。同じ飛行機に乗るんだってわかる大荷物の外人やカメラを手に楽しそうに話している日本人が一人チケットを睨む俺の周りで笑っている。
こんなことなら、オヤジ達に見送りいらないって言わなきゃよかったかも。オヤジなら俺をからかうためだけに…あの人を引き摺ってでも連れてきたはずだし。

本当にこれでいいとは思ってない。
だってしばらく会えなくなる。何時になるか分かんないけど向こうの生活に慣れるまでは連絡取るの疎かにすると思う、面倒くさいし。
だから、最後くらい真面目に好きだって言っておけばよかった。いつもみたいな軽いノリじゃなくて、瞳をしっかり見て真剣に心の底から好きって。


(時間ないから引き返すことも出来ないし…こんなことなら無理やり連れてくるんだった。)


好きになるって罪悪なんじゃん。

フライト中は電源を切らなきゃいけないスマートフォンに、しばらく離れる日本で仕事を与える。画面を指でなぞりスライドさせて、きっと今頃塞ぎ込んでいる人にどうしても話がしたい。
今のうちに荷物を預けろとか飛行機に乗っていない人を呼び出したりするアナウンスの五月蠅い中、耳に押し当てたスマートフォンから聞こえてくる規則的な呼び出し音。天井を仰ぎ見ながら瞳を閉じればさ、忘れるはずもないし今更忘れることも出来ない人の顔。
人間ってさ、覚えることよりも忘れることの方が難しいんだよね。俺、たった一人の人しか見えなくなるくらい好きになったってこと忘れられないんだよ。


「もしもし?……いやまだ乗ってすらいないんすけど。」


罪悪な味を体は知っちゃったんだ。ねぇ、ちょっとくらい責任とってくれるんでしょ?




AttentionPlease?
(好きだってこと、忘れないで)




「嘘?俺は本気だけど。…言い逃げ?そうかもね。」


愛しい人の慌てふためく声を受け止める耳とは反対の耳は、飛行機へ乗り込めと急かすアナウンスを受け止める。時間はない、言い逃げって言われても別にいいけど。


「もう行かなきゃ。…冗談とかじゃなくて本気で愛してるから。」


届かなくても別にいい、実らなくても別にいい、本気にされなくっても別にいい。
俺が本気で好きって言ったことが頭に届けば、記憶に残る…そうなると俺と同じことで悩むわけ。一方的な告白だってちゃんと意味あるもんだね。
名残惜しい、この人を残して海の向こうへ行くのは名残惜しい。けれど一緒に行くのは叶わない、俺がもっと大人だったらいいってだけだけど…今はこれで満足しておこう。
いつの日か迎えに行けばいい。会えない間、新しい記憶を焼き付けて今日言ったことを頭の奥に押しやるはずだから、しっかり掘り起こすために。あと一緒にテニスするために。


「んじゃ、さようなら。」


またね、なんて可愛いことは言えないけど…俺はいつだって会いに行く準備しておくから。いつだって…そう、今だって。
引き留めるような声がまだ聞こえてくるけれど、時間もやばいし無理やり通話を切って電源も切った。決して軽くはない満足感を含んだ息を吐き出しポケットにスマートフォンをしまい立ち上がる。さ、飛行機に乗らないと。


「…あれ?」


チケット、こんなに重たかったっけ?


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数年後くらいの
空気感


2015,01,09


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