使い捨て



木々が色付いた秋が、今年最後らしい台風によって地面に落ちては絨毯と化した。
息もそろそろ白く色付くころ。また寒くて我慢の冬がやってくるんだ、あまり好きじゃない冬が。


「寒いな。」
「…カーディガンは?」
「ふふっ、ここまで寒いと思わなくて着てこなかった。」


台風の名残、いつもより強めの風が藍色の髪をなびかせた。しかしカーディガンを着ていない幸村の笑顔を吹き飛ばすことはできなかった。
ゆらり、というよりもぶわり。揺らめいた藍色を手櫛で直しながら「失敗したな」と言う幸村の顔からはそんな言葉、無縁にしか見えない。むしろ愉快そうだ、自分の失敗をそう思えるんだからすごいよ。

今日の最低気温はここ最近の中では一番低い、天気予報くらい欠かさず見ていそうなくせに…とは言わない、後が怖いのは学習済みだ。


「走って学校行く?」


身体を動かせば温まるし、学校なら強めの風をしのげるし。
向かう先を指さし崩れ知らずの笑顔のまま首を横に振られてしまう、まぁこの風のなか走るのはダルイしな…と指さしていた人差し指でなんとなくトンボを捕まえる時のようにくるくる回してどうしようか思案。
流石にニコニコしっぱなしの幸村の相手って言うものは難しい、そりゃ仁王とか柳も大変だけど…あいつらは興味あるないがはっきりしているだけマシ。
幸村はだいたいニコニコしっぱなしだから難しいよ、本当に。

さて、何を話そうか…と思案に暮れていると、クスクス、俺を見ては口元に手を当て余裕たっぷりに笑い出した。


「そんなに必死に考えさせてしまったかい?」
「…あー、うん。頑張ってた。」
「困らせるつもりはなかったんだけどな。」


ごめんね、なんて。
笑い声に乗せて言われても重みを感じない。悪びれた感じゼロ、むしろちょっと馬鹿にされた気分…でも、まぁ幸村だから反論せずにいよう…うん。

せっかく黄色に色付いたイチョウを踏むのは少しばかり心が痛むけれど、踏みしめると落ち葉の香りが立ち上がって鼻をくすぐるのが秋を感じられて俺たち二人を包む空気を薄めてくれている気がする。


「寒いね。」


今一度確かめるかのように、幸村が吐き出した言葉に今度は何も言わないで頷くだけしておいた。迷子になりかけていた手もポケットにいれて、幸村を横目で確認。うん、笑っている。
このまま学校まで寒いという話を聞き続けるのも嫌だな…何か話すことないかな?と視線を巡らせども変わらぬ通学路に晴天、そして黄色の絨毯だけ。大したヒントにならない景色に長めに吐き出した息はため息と分類するほどのものじゃない。


「あ。カイロあったんだった。」


俺があれこれ悩んでいると、幸村が思い出したと声を上げた。カーディガンがないのなら、他の方法で暖を取り風を耐え凌げばいい。簡単な計算式に拍子抜けしつつ「良かったじゃん」と笑っておく。
カイロならポケットに入れて手を温めても良いし頬や首元に当てても良いし…用途はいろいろ、手軽かつ良い冬の相棒だ。
会話もこれで何とかなるだろうし…と安心しつつ慣れた道を歩いていれば、たまにひっかかる信号に目の前で赤に変わられてひっかかってしまった。
これはこれでちょうどいい、幸村がカイロを用意するために赤信号になったんだ。そう思うと信号が良い奴に見える不思議、ラッキーだったな、なんて言ってやろうと幸村の方を振り向けば。


「っえ、」


目の前、くすんだ黒。


「丁度良かった、温まりたかったところだったんだ。」


俺も良く知るその黒は、今まさに自分が着ている制服の黒だ。でも俺が着ている黒が目の前に来るわけない…つまり、隣にいた同じ制服を着ていた男の黒なんだ。
そこまで分かったら、自分と幸村の状態について分かってくる。もしかしなくても抱きしめられている?ガッチリと俺の身体に回された腕は、一本は首の後ろを通り肩へ。もう一本は腹横から背中へ。そこそこ力が込められていて身動きが取れない。
ぴったりとくっついているのが耳元から聞こえてきた声で知る、きっと口が俺の耳近くにある。聞こえてきた声はまた悪びれもなく軽やかに笑っている。

カイロって、俺のこと?


「…このカイロ、まだ発熱していないから温まらないよ。」


酷い男がいたもんだ、若干冷えてきた鼻先を幸村の頬へ押し当ててやった。きっと雪ほどじゃないにしろ少しはダメージを与えられたはず…だけれどもやっぱり返ってくるのは楽しげな声だけ。


「じゃ、一緒に温まるまで我慢するよ。」


早く信号が青に変わりますように、早く幸村の身体が温まりますように。
ポケットと言う行き場を見つけた俺の手だったけれど、新しい行き場を求めて幸村の背へ回された。ちょっと冷えた背中は不安視していたよりは早めに温まりそうだ。




使い捨てできないカイロ




パッパッパッ…信号が点滅し始めた、もうすぐ俺たちが渡る信号が青に変わる。


「幸村、青になるよ。」


背中に回していた手をそっと離れさせて幸村を見上げれば、揺れた藍色。風のせいではなくて、幸村が首を横に振ったから揺れた。


「温まらないから見送ろうか。」
「…早く学校行ったらいいんじゃないの?」
「無粋だな。」


口実って言葉くらい知っているだろう?

耳をくすぐる声、俺が聞いても誰が聞いてもやっぱり笑っていた。何か言い返したかったけれど強い風が吹いてイチョウの葉が舞い踊る様に言葉を失ってしまった。


-----


カイロがほしぃ


2014,11,04



(prev Back next)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -