アヒル



秋を感じさせる澄んだ空気に差し込むのは夏の名残をほんのり残した日の光。まだ居残り続ける夏の香り、それも午後になれば日の傾き方が早くなったせいか柔らかく感じる。
そんな複雑な時間、親がいないからって俺の家はお菓子の匂いでいっぱいいっぱい。


「アヒル。」


久々に俺の家へやってきた跡部に庶民の味を教えてやろうとスーパーで買ってきたお菓子を振る舞った。リビングのテーブルいっぱいに並べられたお菓子とついでに用意したスーパーのオリジナルブランド格安ジュース、こんなの飲んだことないだろう?チープな味が逆に美味いんだよ。

チョコに煎餅にスナック菓子、とりあえず代表的なものを用意しておいた。その中にポテトチップスももちろんある。定番と言えばこれでしょ。そしてポテトチップスで定番の遊びと言えば、これでしょ。二枚のポテチを口にはさんでアヒル口、ポッキーを食べていた跡部に見せてやる。


「…それが正しい食べ方か?」
「いや、遊んでいるだけ。」
「だろうな。」


こんな遊び方、王様はしたことないだろう?と自慢げにして見せたのが逆効果だったのか呆れ顔される。ダメですか、そうですか。やっぱどこの家でも食べもので遊ぶなって教えられるものなのか?
まぁ跡部に呆れられるなんて学校にいる間中されているような感じだから慣れているけどねー、とりあえず嘴にしていた二枚をぱりぱり口の中へ招いて細かく噛み砕く。
あー…跡部のアヒル口見てみたかった。これが正しい食べ方って言っていたらやっていたのかな?ちょっと失敗したな。

適当につけたテレビから流れてくる情報番組のお得な節約術に興味はないけれど、跡部は珍しげに見ている。お金のことなんか気にしなくていいんだから節約術見てもしょうがなくね?
でも本当に真剣に見ている、細かく割った煎餅の欠片を口へ運びながらテレビから視線を外さない。うーわ、一般市民の家で煎餅食べながら節約術を学んでいる跡部とか冗談みたいな光景だな。


「おもしろい?」
「庶民はこんなことをしているんだな。」
「うちは適当だからしてない。」


全家庭が完璧な節約をしていると思うなよ、というか庶民って言われると跡部が本当に王様みたいでちょっと声に出して笑ってしまう。いや確かに王様だけどさ。
俺の中で跡部って、ちょっと世間知らずな奴って程度に考えている。だからこういう所で「あぁこいつは金持ちで王様だったんだ」と思い出しては笑っちゃう。似合うからさらに笑える。でも、煎餅食べる跡部も俺は似合っていると思う。

安っぽいジュースを一口、ポテチの塩味を口の中から追いやったのに俺はまたポテチを二枚手にして懲りずにアヒル口の準備。呆れられてもいいんじゃない?俺と跡部の関係ってそういう感じだし。


「跡部跡部。」
「あーん?」
「アヒルさんとキスしない?」


例えるなら、土日の午後に流れる一昔前に流行った映画。だらだらとリラックスしながらちょっと笑ったりちょっと泣いたり、「定番の流れだな」って呆れたり。でも時たますごくいい映画だったりするんだよ。


「アヒルなんかとキスするほど、俺様のキスは安くねーよ。」


節約術特集が終わって近所に新しくできた焼肉屋の中継レポートが始まったけど何も聞こえない。だって目の前でポテチをパリバリ、噛み砕く音が跡部の唇から作られていくんだ。




アヒルとキス




呪いをかけられてカエルにされた王子様が、キスをしてもらって元に戻る話を思い出した。
跡部が嘴を食べつくしたら俺は元に戻った。口だけアヒルの間抜けな姿から、見た目普通のただの人間へと。


「高いならいらね。」
「おせぇ。」


王様感覚で請求書を送りつけられたらどうしよう、きっと永遠に跡部にお金を払い続けなきゃいけなくなるな…とか、心配になれるだけ幸せだよな。つまり喧嘩したりする心配がないってことだ。
ずっと一緒でいいよ、醜いアヒルの子でもいいと言ってくれるなら。しょっぱいキスはアヒルのキス、王様とアヒルの秘密のキス。


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あとたん。
(跡部誕生日)


2014,09,24


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