実ったのは



「小腹がすいた。」


練習へ向かっている最中の裕太の襟首を捕まえた理由は目の前を通りすぎたから。あと後輩だったからついてきてくれるかなーって、それと小腹がすいていたから、あと甘いもの大好き仲間だから。


「最強なんですけど。」


指先がかじかむのを防いでくれるのは、公園に止まっていた移動クレープ屋さんで買った出来たてバナナスペシャルクレープ。
これが最強に美味い。バナナ、生クリーム、カスタード、チョコソース、ポッキーをクルクル巻いて作られたクレープは小腹を満たすだけじゃなく俺の心も満たしてくれる。

こんな素晴らしい物を食べている時って言うのは自然と笑顔になるものだ。にんまり緩みっぱなしの唇についているチョコソースを気にする暇もないほどにクレープを食べ進める俺。その隣には対照的にどんよりした顔でイチゴ&アイスクレープを食べ進める裕太。
裕太も俺と同じで甘い物大好きだからこの誘いはかなり喜んでくれていると思ったのに、学校を出た時から暗い顔している。
今もはぁ…と溜め息を吐き出したりして。その原因は、


「コレって、観月さんにバレたらかなりやばくないですか…?」
「んー?」


練習をサボって男二人で公園クレープなうという現状ゆえだ。
練習サボるだけじゃなくカロリー摂取とか、こまごまと五月蠅い観月からしたらブチ切れる対象に違いない。
しかし俺は三年も観月と一緒に過ごしたおかげで小言には慣れているけれど、どうにも裕太はまだ観月が怖いらしい。アイツの小言なんか聞き流せばいいのに律義な裕太らしい。

兄というコンプレックスに触れられると苛立った反抗的な態度をチラリと見せる時や口が悪いとこがあったりするけど、実のところ根は優しく非常にきちっとした真面目ないい子。俺とは大違いだな、と図太い神経の自分に苦笑いしながら、裕太が持つクレープを指差した。


「美味しい?」
「え?…そりゃ美味しいですけど。」
「じゃ、そんな顔しないこと。一口ちょーだい。」


好きなものを目の前にしてそんな暗い顔、するだけ無駄だよ。
そう言いながら裕太のクレープをもつ手を引っ張り寄せ、アイスと生地を一度に食べられそうな位置に口を付けた。冷たさと温かさに幸福を感じたが…スプーン貰えば良かった、と後悔したのは鼻の先にアイスがついた時だった。


「つめて。」


バニラアイスを鼻に付けた情けない姿、先輩としてどうなのだろうかと思ったけれど…ソレを見て裕太が笑ってくれるならいっかと開き直った、その時に、俺の歯は苺の柔らかな果肉を噛んだ。
あ、苺とっちゃった…と一時停止しながら顔を上げれば、クリームの中からズルリと引きずり出て来た赤い苺。商品名になっているメインの苺を取るのは駄目じゃないか、自分を叱咤。でもどうすればいいのだろうか、返すにも返し方が分からない。
とりあえず果肉に歯を立てたまま唇で挟んだ状態で裕太を見れば、ポカンと口を開けたままだった。
鼻にアイス、唇にチョコソース、そして苺を咥えたまま。さぞかし滑稽だろう俺を何秒か眺めたのち、裕太は口をキュッと引き締め肩を震わせ始めた。


「せ、せんぱい…!」
「笑うなよー。」
「だって…っあはははは!」


酷い状態なのは百も承知なのに、コイツは。さっきまで「ヤバい」なんて言って溜め息吐いて心配していたのに、今は開いた口から大きな笑い声をだすばかり。
せっかく苺を返そうと思ったのに。俺はいまだ挟みっぱなしの苺をゆらゆらさせながら、鼻の先についたアイスを指で拭う。あーぁ、せっかくのアイスがもったいない。
ひーひーと苦しげに息するとこまで笑い尽くし涙まで流した裕太が俺にティッシュをくれて、やっと笑い声は小さくなった。いやまだ裕太笑っているけれど。まぁ裕太が笑顔になった事だし、良かったとしよう。


「その苺、食べないんですか?」
「食べるよ。」


泣くほど笑われたんだ、メインの苺一枚で許してやろう。
もう遠慮することなく、するっと口の中へ招けば広がった甘酸っぱさ。バナナにはない甘さにやっぱり笑顔が零れてしまう俺は、食べ比べにと自分のクレープに口付けて「あ、裕太に食べさせてやんないと」と思いだす。
一口頂いたわけだし、一口上げなくては。バナナを噛みしめながら裕太を見れば、視線が合った途端、また肩を震えさせた。
今度は何に笑っているのだろう、鼻に生クリームはついていないぞと軽く拗ねながら裕太に俺のクレープを差し出した。


「裕太、俺の…」
「口にソース付けっぱなし。」


此処に。

ソッと唇に触れた冷たいごつごつの頑張っている指。少し力を込めて擦られるのを、他人事のように拒否することなく眺め受け止めてしまっていた。
指で拭われた…そう理解した時にはすでに遅し。
笑顔のままで俺の唇からとったチョコソースを舐める仕草に、とんでもない後輩だと裕太を初めて恨んだ。どうしてそんな事をするのだろう。
眺めるだけになってしまっている俺に「先輩?」と首を傾げ自分のクレープを食べる裕太に大切なものを奪われてしまいそう、これが苺一切れの代償だとしたら相当だよ。


「…バナナ、」
「え?」
「バナナあげるから許せ!」
「な、なにを?」


説明も何もない急な俺の言葉に笑顔を消した裕太に無理矢理バナナクレープを食べさせる、しかしその口にバナナは運ばれなかった。遠回しに断られた俺の懇願に顔が勝手に赤くなっていく。


「先輩、顔赤いですよ。寒いなら帰りましょう。」


天然なんて嬉しくない、いっそ気付いてほしい…いややっぱり気付かないで。


「クレープ食べ終わったらな。」


分からない方がいい事だってある、たとえば俺の心の中とか。




赤く実ったのは
    苺ではなく




いっそ指じゃなくて、裕太の唇で拭ってほしかった…なんて考えてしまった時、俺はすごく後悔した。もう裕太の事、ただの後輩とは見られない。特別な人としか見られない。


「サボってクレープ食べていたって言いました…?」
「み、観月さん…その、」
「すんまそーん!とても反省してまーす!」


一緒に怒られるのも嬉しいと思ってしまえるほど。


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ゆうたん。
(裕太誕生日)


2014,01,17


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