19.まともな視界



しっかり握ってもうた手の感触を思いださんように布を切り続けて何分たったんやろうか。
じゃきじゃきとハサミで布を切って切って、他の裁縫する女子に褒められて余計に切って(要するにええように切るのをやらされただけやけど…)

それでも俺の頭の中は慎の手を握っとった自分の掌…そんな夢のようで現実にあってもうた光景を忘れられず何度も思い返して。


(事故や)


言い聞かせても消えない光景に、ヘッドバンドを下げた。
もう今日は何もできへんし慎と話せるのかも分からん。教えるためとはいえ友達の手を平然と握ってあれやこれや教えたって…普通あり得へんよな、やっぱ。改めて自分がアホやと思う。

せやけど…どうしてやろうか。
手を握れたっちゅー事に喜んで顔が赤く熱く、言葉にできん幸せに叫びたくなってる俺がおんねん。
はぁ、と無意識に吐き出した息は疲れからやなく様々な思惑を乗せたもんで。
小春に会いたい、天井を仰ぎダカダカと無数のミシンの音が響く教室の中でまた思ってもうた。

このまま今日は布を切って終わって、また明日とか適当に言うて何もかも無かったことにできればええのに…。


「ユウジ。」


そんで、そんで………え。

手を止めて天井を仰ぎ見とった俺の背にかけられた声に、油をさし忘れたロボットのようにギギギ…とぎこちなく振り返れば、慎が立っとった。それもいつもの笑顔がない、あまり見ない真剣さを含んだ表情。少し暮れかかった緋色の夕陽が影を引き立てた。

笑顔は可愛えのに、この表情やと格好ええ。思わずジッと眺め瞼にも脳裏にも焼き付ける俺に、小さく首を傾げつつ二歩コッチに踏み出し左隣りに並ばれる。白石達よりも低い俺の背でも慎と並べば俺の方が少しやけどのっぽになる。
ちょお見上げてくる瞳にさっきまでの不安やなく、純粋な好意による心拍数の高鳴りの音が出てしまいそうやねんけど、グッと肩に力を入れて慎を見かえす。


「ど…どないしたん?」


あぁやっぱ言葉が上手く生まれない。何時まで俺はこんな不自然に生きていくんやろうか。ハサミをもっとらん手でヘッドバンドをちょお下へ引っ張る。
もっとなんかあったやん、小春に話す様に話したい。もっと近い距離で話したい。望めば望むほど、遠くなってないそうな願い。

それが叶ったのかは分からん。


「もうそろそろ帰る時間だよ。」
「え…あ、ほんまや…気付かんかった。」
「だと思った。」


一心不乱に布を切ってたからさ。と笑ってくれた慎が俺のヘッドバンドに触れた。

俺の視界の真ん中が急に暗くなる、いや正確に言えば慎の掌が俺の視界を遮った。指や遮きれんかった隙間隙間に夕暮れの光が見える。
何が起きているのかよう分からん俺の耳に届くのはいまだ鳴りやまないミシンの布に糸を縫いつける規則的な音と、「こんなもんかな」と近い場所で聞こえる愛おしい声。
瞳を閉じる事も出来ない俺のヘッドバンドがグッと上へ引き上げられとるのを感じながら、小さい小さい声で名前を呼んだ。


「慎…」
「ん?あぁ、ごめん。」


そう言うて掌を引かれれば、下げ過ぎたヘッドバンドを直された、ちゅーかむしろいつも以上に上へ上げられて見えすぎる景色の中で慎が嬉しそうに口元を緩ませとって。


「下げすぎているなーって。帰ろうか。」
「……おん。」


ハサミから手を離して布を適当に片付け始めれば、他にも居った裁縫しとる奴等も各々片付けを始めていく。担任が来る前に済ませて帰ろう、時にふざけ笑いながら帰る準備を整えては被服室を後にするクラスメイト達を他所に、俺はなれない視界の広さに怯えながら必死に慎を見続けた。




まともな視界




気にしとらんにしても、やっぱ謝っといた方がええよな…せやな、どんな事がきっかけで友達じゃなくなってまうか分からんし…。
きっと気にしとらんと思うねん、やってああやって触れてくれんねんから。キモイんやったら関わらんやろうし。

綺麗に片付けた被服室を出て廊下を並んで歩きながら横目で慎を見れば、良く見る普通の慎がそこには居って。なんでやろう、少しは変わっといて欲しかった、なんて我儘や期待を押し殺して俺は謝った。


「…慎、さっき手握ってもうて堪忍な。」
「ん?別に大丈夫だよ。でもユウジの手、冷たかった。」
「へ…さ、さよか?」


大丈夫の言葉にホッと安堵の息を吐き出したのを誤魔化すために、自分の手を眺める。まぁ…緊張とかしとったら指先なんか冷えるらしいしな…それかもな。
自分じゃ分からん、と何度か握り閉めては開いてと、グーパーを繰替えしとった、ら…


「うん。俺、冷え性だけどユウジの方が冷たい。」


パーにした掌の上に、もう1つの掌が覆いかぶさった。白くて細くて、俺の掌より少しだけ小さな手が指先同士が触れ合うように。
ソレは傍からから見たら手を繋いどるって思われそうなもんで、俺は現状もこう掌が重なった理由も知っとるのに手を繋いどると勘違いしそうやった。このまま掌に力を入れて握れば、手が繋げるんや。

せやけど、やっぱ俺にはその勇気がないねんな。

何秒かくっついた慎の決して高くない指先の熱に「ほんまや」と笑って返しながら、俺は耳を熱くさせる。早く外へ出て、顔が赤く見えるのは夕陽のせいやって言いたい。
離れた掌に名残を覚えつつ、ポケットに手を突っ込んだ。

ほんまは、逃げ出したくなるくらい嬉しくて、歩くのも危ないくらい足が震えてもうてた。


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これで19話目。

2013,09,17

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