05.まともに泣く



「ただいまー…。」
「ユウジ、洗濯物だしときー。」


居間の方からおかんのやかましい声が廊下中に響き渡る。ほんまやかましい…。そんな言われても、俺の頭の中には入ってこうへんよ。多分洗濯物は部屋に放置やな…後々怒られるんやろうな、分かっとるけど動けん。

晩飯がもうすぐと聞いて、まずは風呂に入ろうと部屋に戻る。汗臭い、練習のせいもあるけど嫌な汗も掻いたせいや。
少し唸る階段を昇りきって真っ直ぐ自分の部屋に。扉を開けて体を滑り込ませ、すぐに扉を閉める。此処が俺だけの空間…たまにおかんが不法侵入するけどな。


(やっと帰ってこれた…。)


机の横に鞄を置いて。まずは腕を伸ばして脱力、着替えんのも面倒やなって飽きらめたなる。
椅子を引いて座る、小学生の時から使いこんどる椅子は小さく悲鳴を上げながらしっかり俺を受け止める。だらりと椅子に投げだした体に入っとる力はない。

練習の途中に抜けて水を飲んだ。それ自体は別に悪ない。
その後に顔を洗ったんが失敗やったのかな。それともタオルもっとらんかった自分が悪いんか。

それとも、


「あれを、世間じゃ舞い上がってもうたっちゅーのか…。」


笑って名前を呼ばれた事が、あんなにも心を頭をマヒさせるやなんて誰が想像できんねん。
「一氏」そう呼ばれれば鼓膜は嬉しげに揺れた、脳まで揺らすほど揺れてもうた。そして下へ下へ落ちてって心もついでに揺らした。どこまでも全身巡るまで止まらん揺れは、今になって掌が揺れだした。

あぁ、揺れとらん。震えとるだけや。

指先が小刻みに動く。意思とは裏腹にふるふると震える指先の意味が分からん。俺の体やろ、勝手に動くなや…そう思っても止まらんから震えも無視して両の掌で顔を覆った。

風呂にはいらなあかんのに。頭は透き通った水のように物事を見つめられるのに、体は泥の中に居るみたいに何もできなくなる。重たい泥が体を覆って底へ連れていってまいそう。
暗なってきた部屋に1人、どうしてこんなことで悩まなあかんのやろうか。


「あほくさ…。」


唇から零れる言葉に釣られて、瞳から水があふれ出す。ダムが崩壊した。
それでやっと自分が後悔しているんやって思う。あの時なんであんなことしたんやろ。頭から離れん天城の驚いた顔。

『一氏?』

一緒に歩けとったのに。隣に居るのを許されとったのに。俺はそれを望んだくせに自分から全部捨てたんやないか。
隣に俺が居るのに、白石達を呼ぶのが悲しくなったから。だから小春に会いたなっただけ。…それだけやったらどんだけ良かった事か。

俺はあの後、小春に「体調すぐれんから帰る」言うて勝手に帰って、今の今までその辺で時間つぶして帰ってきた。

小春に会いたかったわけちゃうの?
心配そうに見てくる小春の顔や熱があるのかと額に触れた小春の指も、思い出しても一瞬にして消えていく。天城の顔が、天城から借りたタオルが何もかもを上回っては俺を支配してまう。


「あかん、病気や。」


水が静かに落ちていく、嗚咽も零れない悲しみが全身を包んで逃がさないちゅーてる。
もういらん、なにもいらん。こんな想いも借りたタオルも笑顔も声も隣も眩しさもなにもいらんから。

知り合う前の俺を返して。


「ユウジー、風呂に入らんのー?」


階段下からおかんの呑気な声が俺を急かした。そうやった、忘れとったわけやないけれどなんとなく遠い行動に感じとった。
掌で適当に水を拭って顔を何度か振る。ぐずっと鼻が鳴ったけど椅子から立ち上がって「今入るとこや!」と大きな声で返事をする。風呂入るの遅なったら、おかん勝手に風呂のお湯捨てんねん…はよ行かな。

着替えを持って部屋の扉を開けようとして…ふと鞄を見る。
中にアレがはいっとるの忘れとった、借りたんやし返さなあかん。自分から洗濯して返す言うてしもうたし…。
面倒や、愚痴りながら鞄を開けて白いタオルを出す。うちの洗剤とは違う匂いがするソレが家にあるのは酷く違和感。優しい匂いがする。


「…コレ、返す時にでも適当に言えばええか。」


ごめんな小春、やっぱ俺には無理やねん。友達とかそういうの無理やと思う。
やっていちいちこんな悩まなあかんのやろ?せやったら要らんよ、俺には向いとらん。

背中を押してくれた小春の笑顔を思い出して、瞳からまた水が零れる。嫌やなって笑いながら今だけ白いタオルに甘えて顔を埋める。コレが最後やから、自分に言い聞かせる。もうこの匂いには触れん事を。




まともに泣く




「おかん、これ洗っといて。」
「なんやねんコレ。」
「借りもん。洗って返すっちゅー約束してもうた。」
「自分で洗濯すればええやんか!来年高校生なんやからこれくらい…」
「ええやんけ!洗濯機に入れてスイッチ1つやろ!!」
「洗剤いれる工程ぬかしとるで!!」
「じゃかましいっ!!」


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水=涙

2013,08,02

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