跡部と一年と八ヶ月目



ちゃっちゃっとネギを切っては鍋の中に放り込んだ。先に入っていた豆腐と一緒に遊ばせてやって、そこへ味噌を溶かし入れてやる。
後は少しだけ放っておく、その間にフライパンの上で元気いっぱいに美味しそうな音を奏でているベーコンと目玉焼きを見る。そろそろ食べごろだ、ご飯を用意しなくてはと戸棚から用意し忘れていた茶碗を出して、先にサラダをテーブルへ…


「おい。」


運ぼうとしたら、朝から景吾が不機嫌そうに俺の道を塞いだ。
どこだったかのブランドのワイシャツにまだ結んでいないネクタイ、そして同じく高いだろうスーツを身にまとっている景吾とのお決まりの会話開始だ。


「もー!邪魔だこら!サラダ頭からかけるぞ!」
「あーん?慎テメェ、俺様にそんなこと出来るならやってみろ。」
「無理!なんで飯の前にその高いスーツ着るんだよ!汚したらどうするんだよ!」


ぎゃーと騒ぎながらテーブルへ行くのを諦めフライパンの火と鍋の火を止め、皿に目玉焼きとベーコンを盛り付け、味噌汁も注いで、ご飯もよそって…さぁ美味しい朝ご飯の用意が出来ました!と景吾を見れば、そのままの姿で不機嫌そうにネクタイをぷらぷら下げている。

いや、美味しそうだろ。
景吾と一緒に住むようになって早一年と何カ月か。跡部財閥の跡取りがまさかの一般人との同棲生活にも驚くけれど、庶民が作るご飯を綺麗に食べる景吾にもビックリだぞ。
綺麗に食べるものだから俺の料理もかなり美味くなったよ、家庭料理のプロと呼んでほしいくらいにな。

だけどコイツは…朝から俺の邪魔をする。


「景吾、飯できた。」
「んなこと見りゃ分かるんだよ。」
「じゃ運ぶの手伝え。」

「そんなことより、俺様のネクタイを結ぶのが先だろ。」


同棲生活、始まって一年と何ヶ月か経ちました。
始まって一日目から今の今まで、この男は俺が結んだネクタイじゃないと納得しない謎の行動をとっている。
いや、自分で出来るじゃん。って最初は言ったよ、言いましたとも。そうすれば「いいから俺様の言うことに従え」ときたもんだから軽く首絞めちゃったよ。自分でもビックリしたよアレには。勿論そのあと景吾に殴られましたがね。
そしてどういうわけか、朝ご飯の準備をしている最中にソレを言ってくるのだ。


「だーかーらー…」
「汚したことねーんだからさっさと結べ。」
「……」


安心してほしい、此処までがいつもの会話だから。
はぁ…と溜め息を吐きながら出来立てのご飯を食べてほしいのに…と愚痴る俺だが此処で言い争っても勝ち目がない事はもう学んだ、そしてどう頑張っても口じゃ景吾に勝てないのも分かっている。

つまりは俺が諦めてネクタイを結んでやるわけだ。
流石にキッチンでは、と景吾が思っているのかどうかは知らないけれど、ソファにまで行き座った景吾からネクタイを渡される。
この生活が始まるまで、人にネクタイを結ぶのが苦手だった俺だが、コイツのせいで向かい合わせのまま結べるようになりました、いらない進化だ。それまでは背中に回って抱きつく形でやってた。

ワイシャツの襟を立ててネクタイを回す。シュッと質の良い音をたてながら結んでいけば、景吾の掌が俺の体へ回される。
出来るだけ顔は見ないようにしているんだけど、嫌でも入ってくるその表情が昔から嬉しそうに笑って俺を見ているから…


(だから、断れないんだよな…)


ソレを知っているのか怖くて聞けないけれど、こうして今日も景吾は自分で結べるネクタイをわざわざ俺に結ばせる。長さに気をつけながら結び終え、ネクタイピンでとめてやれば完成。

しかしこれでやっと朝ご飯、というわけではないんだなコレが。
これも昔からの流れと言う奴だ、よくまぁ飽きないものだとこればかりは景吾を褒めたくなるよ。


「ま、上出来じゃねーの?」
「あのなぁ…もっとちゃんと褒めろよ。」
「あーん?」


回されていた腕が、もっと傍へこいと力が込められる。そのまま近づけば不本意なのだが俺は景吾の膝の上に乗りかかってしまう。
見上げてくる景吾の視線に顔をそむけても膝の上に座らされれば意味がない。先ほどよりも近くなった距離に満足したのか、それとも満足できないからなのか力一杯に抱きしめられる。
頬と頬が触れ合えば、自分の頬の方が熱いのだと教えられて毎朝嫌になる。


「慎、褒めてほしいのか?」


普段より低めの声が俺を誘う。耳たぶに触れる息のせいで背筋が震える。今にも食べてやろうかという景吾の雰囲気にクラクラしてしまう…けれど。

これ以上はやらせた事がないけれど。


「朝ご飯、作ったのですが。」
「…あ?」
「朝ご飯を一生懸命心をこめて?頑張って?作ったのですが。」


色気のない大げさな俺の言葉に、プッと吹きだした景吾に俺も笑えばやっと朝の茶番は終わるのだった。きっとこの茶番が毎朝ある限り、俺と景吾の生活は終わらない。
膝の上から下りて景吾の手を引く、運ぶのを手伝わせるために。跡部財閥の跡取りだとか俺の前じゃ意味がない。

俺の目の前にいるのは、跡部景吾っていう最愛の恋人なのだから。




一年と八ヶ月目の定番




「つーかさ、なんでネクタイ結ばせるの。」
「あーん?…それが妻の仕事だって聞いたぞ。」
「誰に?」
「とある関西弁の伊達眼鏡。」
「…あぁ…。」


next...千歳
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食事マナーは完璧なので
汚したりしません(笑)

2013,07,18

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