最上級のご褒美



命には無限があり、また同時に有限もある。夢や可能性は無限であり、時間や力は有限である。
誰かが堅苦しい話しをしていた気がする、テレビだったか雑誌だったかラジオだったか…何処かで拾ってきた論理。人間だけではなくその他生物にも当て嵌まる命の論理。夢を見るのが自由だという話しは同意出来る、俺だってそれなりに夢を見るよ。
目の前の、鳳だってその1人だし。


「いつにしますか?」


遠くで跡部や宍戸の笑い声が聞こえた。広い氷帝学園のコートの隅、時間が止まった気がした。

俺は彼の笑顔が意外と好きだ。細められる瞳は優しさを含み俺へ向けている好意を隠すことなく。弧を描く唇から覗く白い歯も赤い舌も誠実さと爽やかな物を滲みだしている。大きな体格に似合わぬ細かな気配りが出来る控えめかつ熱い野望を潜める性格。
悪い所なんか何処にもない、知り合ったばかりの時は「こんな完璧に近い奴がいるのか」と驚いた。

そんな完璧に近い奴が俺に偏った思いを寄せ始めたのはかれこれ半年前くらいから。元々宍戸に憧れている所を知っていた、がその好意とはまた違った好意を感じた。1人で歩いていれば必ずかけられる声、誰かと話していれば何を話していたかとさりげなく勘ぐられる、休日の会えない時は細かに送られるメール、教えていないはずの俺の情報をポロリと零したときもあった。
アレ?どうしてそんな事を?一度生まれた疑問から生まれたのは不信感と疑心暗鬼。

鳳が分からない、生まれた言葉を零したその日が今日。


「い、つって…。」
「だから、慎さんが俺の家に来る日ですよ。」


いつも通りの笑顔でいきなり脈絡のない話し、俺が「鳳が分からない」と零してしまった次にやってきた言葉が「いつにします?」とはどういうことなのか。
今日もまた根掘り葉掘り詮索され、つい零れた本音。そこから始まった不協和音に近しい会話は俺の返事を待たずに続いた。


「やっぱり早い方がいいですよね、今日の放課後からでも大丈夫…ですもんね。慎さんのご両親、今旅行中でしたよね。1人は寂しいですよね、俺の家に泊まりに来て良いですよ。あ、それとも俺が慎さんの家に泊まりに行った方がいいですか?荷物とか用意してないですよね、昨日の洗濯物干しっぱなしだったし。俺としては慎さんを迎えに行く準備がまだ終わっていないから家に来てもらった方が都合がいいんですけれど…でもそこは慎さんの都合の良い方でいいですよ!俺は慎さんの意思を尊重したいんで。でも明日にしようとかは言いっこなしですよ?俺たくさん待ちましたよね?もういいと思います、ね?」

「ま、まって…なにいってんの…?」


つらつらつらつらつらつら

急に始まった1人きりの会話は俺の両手をギュッと握りしめて終わりを迎えた。好きな笑顔、その瞳はいつも以上に嬉しそうに輝いていた。テニスをしている時よりもピアノを弾く時よりも無邪気な光り。
なのに出て来た言葉の意味は難しすぎた、早い方がいいってなに?なんでうちの親が旅行中なの知ってんの?準備って?都合とかそんなの関係ないみたいな話し方してんのに?
人に好かれそうな後輩の笑顔に冷や汗がつつり、背筋を流れた。鳳に握られている指先の感覚が徐々に消えていく。悪いことして手錠を付けられる瞬間ってこんな感じに違いない、もう逃げられないという絶望と冷たく重い拘束具への不安。


「どっちがいいです?」


鳳の家か俺の家か。どっちでもないという三択目は存在しない。
もしもいま此処で首を横に振ってしまったら…鳳の笑顔が壊れてしまいそうだった。今だってその仮面はひびが入って崩れてしまいそう。これ以上の衝撃を与えたら、俺の知っている鳳じゃなくなる。


「じゅ、んびって…とまる…じゅんび…?」


零れ落ちた声に、ぼろり。仮面が大きくかけた。
覗いた瞳は冷え切っていた、ソレはどんな微生物も生かしてくれないマイナス50度の世界。陽が昇らない暗闇を宿し、偏った好意だけを育てている。


「慎さんを捕まえる準備。」


首輪に手錠に足枷に鎖に鍵に…何でも用意しております、何が似合うかな?
ギュッと力が込められる掌、そのまま俺の掌が壊れてしまえと思った。獰猛なライオンに捕まって嬲り喰われ殺される位なら自分で心臓をえぐり取ってしまいたい。




ごちそうさま。
(最上級のご褒美)




そのまま沈んで落ちてしまえ。
愛しているという言葉を盾に俺の自由を奪おうとする彼はあくまでも笑顔。
でも知らない笑顔が出てくる、ぼろぼろぼろぼろぼろ。
でも崩れた仮面を直すための接着剤がないし、破片が細かすぎる。

もう二度と戻らない笑顔は、今の俺にとって最上級のご褒美。


「慎さん、今日は何をします?」


愛おしそうに俺に触れないで。鎖が擦れて痛いし寂しくて涙が止まらなくなるから。


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ひさびさ
鳳の狂愛
もぐもぐ


2014,07,11


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