赤い優しさ



ザー…と水の音。排水溝へ吸い込まれてく水に乗って流れる泡は真っ白や。


(そんなわけないのに。)


何回洗っても、何回洗っても、俺の手、汚れとんねん。
もうずっとずっと石鹸を両の掌に挟んで必死に擦っとる、泡が消えんように、もっと綺麗になるように。
でも所詮は学校の石鹸や、安いやろうから期待するほど綺麗にはならん。
そうと分かっとっても手は止まらんのや、もう皮膚が限界やって赤なってもやめられん。


(もっと、もっと…!!)


汚すぎて涙が出てきた、こんなんじゃあかん。もっと綺麗にせな。
水で冷えてきた指先が感覚を無くしても、俺は手を洗うのをやめられん。もっともっと。
手の平だけやない、手の甲も、爪の間もなにもかも、いっそ腕までもどこまでも…!!


「…光?」


ザー…と言う音に紛れ込んできた声は、今の俺をどう思うてかけられた声なんや?

左へゆっくり振り返る。涙が視界をかすませても見える、愛しい人の姿。これから帰るんや、鞄持って…鞄………なんで、二個、もっとるの?

俺が泣いているのに驚いたんか慎さんは寄ってきてすぐ濡れとる頬をワイシャツの袖で拭ってくれる。
いつもこうや、俺の事『弟』みたいに可愛がってくれんねん…いつもはそれでええかって満足しとった。
今は、それが痛い。


「どうしたの?なんかあったの?」


俺の前髪を掻きあげながら顔を覗き込んで来る慎さんの無邪気なこと。何も知らんって罪なんやな、って笑いがこみ上げる。
でもな慎さん、俺なこうやって構ってもらえとる喜びよりも、慎さんの手にある見慣れた鞄の方が気になんねん。


「……それ、誰の鞄なんすか?」


だから知ってて聞いたる。


「これ?蔵の。なんか鞄持つのも忘れるくらい慌てて教室でてったから持ってってやろうかなって。」


きっと部室にいるだろ?って俺に聞いとるんですか?
その鞄を渡しに行かせると思うてるんですか?

あの部屋に?あの部屋に?あの部屋に?

そんなの、あかん。

ザー…といまだ流れ続ける水を止める事もせんと、俺はいつも通りの声で「慎さん」って呼んだる。
今まさにこの時が非日常だって、まだ知らんでええよ。無邪気にしとってええよ。
ソレができなくなるんは、すぐやから。


「俺の手…洗いすぎて冷えたんすわ。温めてください。」
「うわ、つめた。どうした、油性ペンで落書きされたか!?」
「……まぁ、そんなとこですわ、汚されたんすわ。」
「泣くほどの事書かれたのか、よしよし温めてやろう。」


両の掌を差し出せば、一回り小さな掌が一生懸命俺の掌をさする。
石鹸じゃ安心できんかった綺麗が、俺の掌にやってきた。あぁ綺麗や、慎さんがさする所から綺麗になってく。生きとった今までで一番綺麗や。
笑いながら「なかなか温まらないな」と無邪気に言う慎さん…このままでええのになって俺も笑う。
なにも知らんで俺の側におってください、誰にもこの隣を譲らんといてください…

…まぁ、そのためにも慎さんを部室に行かせられんけど。


「あ、もう戻らんと…慎さん、その鞄ついでに渡しときますよ。」
「いいの?」
「わざわざ部室まで行くの面倒とちゃいます?ええですよ。」


少し強引に鞄を持って涙を拭いて、「ほなまた明日」と良い後輩のフリすれば「分かった、じゃあ頼んだ。また明日。」と手を振ってくれる。
それでええんすわ、無邪気な慎さんでええんすわ。





バタン、と後ろ手で部室の扉を閉めて、カチリと鍵を閉める音を響かせた。


「くっさ…。」


部室に充満した匂いに顔を歪めてまう、俺がやったことやねんけどな…まぁしゃーないわ。
持っとった部長の鞄を汚れとる床に投げるんは流石に悪いわ、とロッカーの上に上げて…はぁ、溜め息だして問題に向き合う。


「ほんま…汚いっすわ。」


一歩踏み出せばぴちゃり、と靴の底に付着するモノ。汚い。
俺が部室出る前は真っ赤やったのに今は変色して黒になってもうたソレを身にまとう面々。汚い。

そしてその赤黒いモノが自分の掌についとったかと思うと…汚い。


「でも、ええねん。」


慎さんが綺麗にしてくれたんすわ。
自慢げに掌を見せれども、息しとるのかも分からん瞳はどっか空を見るだけ。

それでええんすわ。

テーブルに置いとったラケットを手にする、持つだけでさっきの場面が浮かび上がる。まぁその場面を増やすわけやけど。
もうそんなになってもうて俺の事も慎さんのことも見れんのでしょ?辛いんでしょ?可哀想やわ、俺やったら『一思いにやってくれ』って思いますわ。


「せやから、」


コレは、俺からの優しさです。




赤い優しさ




潰れた、ってよりも咲いた。真っ赤な花が咲いたわ。
何輪も裂いて咲いた。
綺麗、綺麗、綺麗…

けど、咲かせたこの手はまた汚れてもうて…。

可哀想な花、綺麗やのに咲かせられたのに、誰にも見られんで消える運命なんやから。


「俺の慎さんに手出した罰ですわ。」


真っ赤な花には真っ赤な水を与えましょ、ぬるりと掌を濡らしていく汚い水を。


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ラケットは人を殴るためのものじゃ(ry


2013,06,19


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