私は運が悪い。いつもいっつも不運な事が起こる。それは自分の、この性格に問題があるって分かってる。後先考えないですぐに口に出して飽きられる。アンちゃんはそんなところが私らしい、と言ってくれたけど、腑に落ちない。ほら、今だって盗み聞きしてる、本当最悪な私。
「ずっと前から好きでした。付き合ってくだ、さい…」
「…」
そのまま横を通り過ぎちゃえばよかったのに、私関係ないよって顔で通り過ぎればよかった。でも臆病者の私にはそれができなかった。視界の端っこにちらりと入った緑色の髪が、私の両脚を硬直させた。心拍数が急に上がる。胸に手を当てると心臓が内側から乱暴にノックしていた。
『ミッくんじゃないよね…まさか違うよね』
緑色の生徒は他にも沢山いる。私の勘違いかもしれない。でも心臓は叫び声を上げていた。確かめないと。一歩、また一歩足を出して、姿を確認すればいいのに。そんな簡単な動作でこの緊張が薄れるのなら、一刻も早く行動に移せばいい。
移せばいいのに、足はぴくりとも動かない。さっき鮮明に聞こえた女の子の声「ずっと前から好きでした。付き合ってくだ、さい」それに対しての相手側の答えが聴きたかったのかもしれない。いや、間違いない。息を殺して、耳を傾ける。悪いと分かっていても、欲求が抑えられなかった。
「ごめん」
ミッくんの声がした。いつもの気怠い、テノールの声。女の子は私の前を猛スピードで駆けていった。金色の女の子で、髪の毛が緩やかなウェーブがかかっていて、甘いさくらんぼのような香りがした。とても可愛かった。金色の女の子の背中をじっと見つめたまま私は罪悪感に襲われた。上から何かがのしかかってくるような体の重さ。あの子はちゃんとミッくんと向き合って、告白した。なのに私は卑怯だ。こそこそ隠れて人の恋路の行く先を吟味してる。
「バレバレ」
「っあ、」
さくらんぼとはかけ離れた土の匂い。虫採り網を片手で持ち、ポケットに片方の手をつっこんでる。髪は一本に束ねられてた。さらり。ミッくんの横髪が揺れた。小首を傾げ、ミッくんは私を見下ろした。
「盗み聞き?」
何も言えない私はミッくんの瞳を食い入るように見つめた。目がそらせなかった。
「うっわ、盗み聞きとか最悪」
「なんであんな可愛い子を'ふる'の?泣いてたよ。可哀想だよ」
絞りだした声はなんとも弱々しくなってしまった。可哀想って思ったのは本当。だけど私にもまだ告白するチャンスがあるんだって少し安心した。ごめんね、さくらんぼの香りの女の子。私やっぱり臆病者で卑怯者だ。
「は、お前何言ってんの。好きじゃない奴だからに決まってんじゃん」
「…好、き…」
「授業始まるぞ。ほら、たらたらすんな」
私の横髪をぐいっと引っ張ったミッくんは私の手首を握って歩き始めた。ミッくんの歩幅は大きくて、私はちょこちょこ後ろをついて行く小動物のようだった。時折手首をぐいっと引っ張られて転びそうになった。乱暴なミッくんだけど、優しいミッくんを知ってるから嫌いになれない。逆にどんどん好きって想いが強くなる。
「私ね」
伝えなきゃ、自分の想い。
「おう」
「私…あ、の」
「うん」
「さくらんぼの香りも好きだけど、土の匂いも、私好きだよ。うん、大好き」
「…ふーん。じゃあ夜は外で寝れば。お前の好きな土、沢山あるじゃん」
「う、…えっとそうじゃなくて」
「何」
「なんでもない…」
やっぱりちゃんと告白できない。臆病者な私は何時になったらミッくん大好きだよ、って言えるんだろう。ミッくんの背中に口パクで『ミッくん大好きだよ』って投げかけてみた。気のせいかもしれないけど、私の手首を握る手に少し力が加わったような気がした。それだけでとっても嬉しくなったのは私だけの秘密。
(この恋、何色。)
------- ぐわあああああ歯痒い歯痒い歯痒い。結婚しろお前ら。
BGM:何年片思い/近藤夏子 お題元:確かに恋だった
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