小咄 | ナノ

「…無い」

俺は昼休み校舎を歩き回っていた。いつもだったらトラと一緒に売店に行って、余裕でメロンパン買って、教室でむしゃむしゃ食ってる。でも、今はそんな余裕はこれっぽっちも無い。血の気が顔から引いているのが容易に分かる。手だって痺れてる。

俺の命の次…の次の…次の…兎に角、大事な虫採り網を何処かへやってしまった。廊下で騒いでる阿呆共が俺の行く道を邪魔してきたので裏拳をかましたら静かになった。ケバい女がくせぇ香水を臭わせながら腕にまとわりついてきたから臭いと指摘したら、厚化粧の顔を真っ青にしてぱっと手を離した。そいつらはどうでもいい。網を何処にやったか。それが問題だ。

俺のプライドが若干許さないが、しょうがない。俺は目を辺りに這わし、機会を窺った。

『…おい、ナペ』

「う?」

『俺、網どこやったけ』

「おいら知ーらね!ミック記憶力無いなあ!げゃはははははは!」

くそっ。最悪だ。周りにいる奴らがくすくす笑ってやがる。見んなよ。だいたいナペは俺のパーカーから早く出るべきだ。明らかに住む場所違う。フードでふよふよと漂うナペはいつもニヒルな笑みを浮かべ、俺をからかう。特にそれが酷いのはソーニャがいる時だ。勝手にソーニャの髪を引っ張ったり、勝手にソーニャの昼飯食ったり、勝手に…胸触ったり。別に勝手にすればいい。ただソーニャが嫌がらないのが気に入らない。あいついつもヘラヘラしてやがる。ムカつく…おっと、虫採り網、虫採り網。

俺は人気(ひとけ)が無くなってきた事に気がついた。教室には全て鍵がかかっている。窓が少なく、ジメジメした空気が肌にまとわりつく。こんなところに網があるはずない。踵を返した時、ナペが黄色い声をあげた。

「ミッーくん!」

「…ソーニャ」

なんだか今一番会いたくない奴に遭ってしまった。ソーニャは背中に「何か」を隠しながら俺にじわじわ迫ってくる。一歩一歩進む足取りは確かなのに目は挙動不審に浮動で、頬が林檎のように赤い。


見えてるっつの網。隠してるつもりなのか。


「ミッくんが今探してるの虫採り網でしょ?」

俺の顔を遠慮がちに覗き込み尋ねる。俺が顔をしかめると顔をくしゃっとさせて顔を引っ込めた。涙の薄い膜が目を覆っている。

「ミッくんの、網、拾ったんだけどね、」

「何処で」

一歩俺がソーニャに近づくとソーニャは一歩後退する。なんで下がんだよ。

「ひぃいっ…」

「お前盗っただろ…泥棒…」

「うえぅぇえ!?べつに盗んだんじゃなくて…裏庭にあって、ミッくん探してるんじゃないかな…て…思って、」

裏庭…ああ、そういえばそうだった。今まで黙っていたナペがシシシ、と笑っている。確信犯か。こいつさっき嘘つきやがったな。今日の夕飯は抜きだ。決定。

「…だから盗んでなくて、ただミッくんの、役に立ちたくて、あの、」

ソーニャは俺の前髪を見ながらしどろもどろに弁解した。(いつものことだが)どうやら俺の目を直接見れないらしく、時折何度となくまばたきをする。俺が首を回し、はあ、とため息をつくとソーニャは身を硬直させた。

「あの…紛らわしいことしてごめんなさい」

「はあ?お前さ…あぁああっ!…もうウザい」

しまった、と思ったが時既に遅し。ソーニャは、しおれた花のように俯き噤んでいた。いつも無駄に元気よくビンビン立っている阿呆毛にも元気がないように見えてきた。

「…うん分かってるよ…うん、いつもみんなから言われるし、自分で自覚してるし、」

「…あ、…と」

「はい網!」

ソーニャは無理やり笑顔を作り俺の胸に虫採り網を押し付けた。

「…さんきゅう」

「…じゃあね!私アンちゃん待たせてるから!」

俺は離れようとしたソーニャの頭にすっぽり網を被せた。短く叫び声を上げるソーニャ。そんなに俺が怖いのか。軽くショックを受けるが顔には出さない。

「なんでそんなに怯えんの」

「え」

網をソーニャの頭から取ると、更にボサついた髪を直すことなく、俯いた。

「だってミッくん私といると」

「『いると』何」

いけねえ。こういうのがソーニャを怯えさせる原因なんだよな。でもソーニャは俺の目をしっかり見て言葉を紡いだ。

「…私といると、いっつも怖い顔してるんだもん…だから、私が傍にいると楽しくないのかなって…」

「はあ…」

「ひぃい…ごめんなさふぎっ」

言い終わる前に俺はソーニャの両頬を摘んだ。上下に動かしたり広げたりするたびにソーニャの声が漏れる。

「柔らかい柔らかい」

「うぃっうんにゃめれ」

「何言ってんのか分かんない」

「うぇーっうぇ」

顔全体を真っ赤に染め上げソーニャは抵抗したが俺はソーニャが黙るまで頬をふにふにしていた。

「次その言葉言ったらほっぺふにふにだけじゃ許さないから」

頬をさすっていたソーニャは「何が?」と俺に聞き返した。無自覚に謝ってたのかよ。謝ることが癖になってたのかよ。俺は「自分で考えろ」と言い放ってからその場を後にした。俺はちゃんと忠告したわけだから、次「ごめんなさい」なんて言ったら何しても良いってことだよな。


(泣くなよウザイから)

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ネタ提供ありがとうございます(*^^*)
「次その言葉言ったらほっぺふにふにだけじゃ許さないから」
は笑うところです←
ふにふにふにふに←

BGM:はちみつハニー/GUMI
お題元:確かに恋だった