(紙風船)
テレビから漏れるお笑い芸人の声が遠のく。ソファーの感触が無くなる。耳の奥がキィンと鳴り響く。部屋の明かりが火花を散らすように着いたり消えたりしているように見えたがそれはただの錯覚で、私は明らかに動揺の色を隠せなかった。
「え…あれ…?」
目の前にいたミッくんが私の頬に手を添えたままぴたりと制止していた。瞳の色がライムグリーンに輝き私の目を捕らえて離さない。暴れまわる心臓が喉を圧迫する。呼吸が苦しい。これは一体どういうことでしょうか。
「久しぶりソーニャちゃ〜ん」
「?」
「おいらだよナペーア。もしかして忘れたの〜?」
ライムグリーンの目はかっ開いたままでまばたき1つしない。それが怖くて怖くて私は返事が少し遅れた。しかもたどたどしく、か細い。この時ミッくんだったら、はっきり喋ろと一喝するかもしれないがナペくんは口元を緩めにやりと笑っただけだった。相も変わらず目元はぴくりともしない。
「忘れてないよ、久しぶりだねナペくん」
「久しぶり〜」
ナペくんは指先を動かしざわざわと私の頬を弄(まさぐ)った。ぶわっと鳥肌が立ち悪寒が背中を走る。
「あ〜やっぱり女の子ってぷにぷにしてて柔らかい〜な〜食べたい〜な〜」
「それって太ってるってこと…」
「そういう意味じゃないよ〜」
ヒヒヒと肩を大袈裟に揺らして笑うミッくんに乗り移っているナペくん。赤い舌がちろりと見えて生唾を飲み込んだ。このままがぶりといかれそうで怖い。それになんだかいつものナペくんじゃない。本当に怖いな。
「ねぇもしかしてさっきからおいらのこと怖いって思ってる〜?」
「…おお、思ってないよ!」
「嘘だ〜」
何が可笑しかったのかケラケラ笑いながらナペくんは私を勢い良く突き飛ばした。ソファーから落下した私は盛大に後頭部を打ちつけ薄ら涙が浮ぶ。起き上がろうとしたらナペくんは私に覆い被さるように手と膝をついた。影が私の顔に落ちる。
「ばあ〜!なんちって」
私は体をもぞもぞ動かし逃げようとしたが爛々と輝く瞳が私を貫き、二度体が硬直してしまった。ナペくんは子どものように口を尖らせていた。
「ソーニャちゃんさ〜なんでミックが好きなのさ〜」
「え…?え…いきなり何…ていうかなんで私がミッくんのこと好…なの知って」
「ぷっ…そんなの見れば分かるよ〜」
鼻を鳴らし、含み笑いをしたナペくんは、私の頬を軽く引っ張った。顔に熱が集まって全身を血液が勢い良く駆け巡る。何もかも読まれてるみたいで嫌だ。早く抜け出したい。
「あ、でもさソーニャちゃんってミックのこと怖がってるよね〜」
「え」
「好きなのにさ〜怖いって矛盾してるよねぇ?ねぇそうだよねソーニャちゃん?」
目を細めたナペくんは意地悪そうに笑った。ミッくんの顔でそんな笑い方をされると本当にミッくんがそこにいるみたいで、私は心臓がきゅうと締め付けられる。
「なんでミックのこと好きなの〜?」
「…」
「あは!分かったぞ!顔がタイプだからでしょ〜ねぇそうなんでしょ〜ミックってまあまあイケメンだしね〜」
「違う!」
「あ、まてよ。おいら今『ミック』だし〜おいらソーニャちゃん好きだからさ、これって両想いだよね〜」
ぐいっと顔が近づく。思惑両手でナペくんの顔を押し返すと糸が切れた操り人形のごとく私の首元に落ちた。が、ナペくんはすぐに顔を上げると私の首をすんすんと嗅ぎ回し、筋をぺろっと舐めた。
「ひいああああああああああああああ」
「ちょっとぉ〜少し舐めただけじゃん〜しかも今の反応ぜんっぜん可愛くない〜0点だよ〜」
「い、意味分かんないよナペくん!」
「おいらのこと嫌いなの…?」
「…違うけど」
「じゃあ両想いじゃ〜ん。ちゅーしよ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、目と鼻の先に整った顔がひょっこり現れた。あと数センチで唇が触れてしまう。私は瞬時に両手で顔を覆った。
「私ナペくん好きだけどナペくんが言うそういう好きじゃないの…!」
「…」
「ミッくん怖いけど、優しいところたくさん知ってるから怖いけど嫌いにならなくて、逆に好きになっていくっていうか…ミッくんが怖いのは私のせいというか…あの…私がいつもどんくくさくて、へまばっかやって、それでミッくんはいつも注意してくれて乱暴だけど助けてくれて、そういうところに惹かれて、だから、顔がかっこいいからとかそんなんじゃないの…そんなんなんかじゃないのに…!」
「うああ…泣かないでおくれよ!」
「泣いてないよ!」
ナペくんは私の上から慌てて退き、私の体を起きあがらせた。実際本当に泣いてはいなかったがこの手を退かしたら涙が溢れそうで怖かった。暫く下唇を噛み俯いていると手首にふわりとした感触が。気づいた時にはそのまま手を顔からベリッと剥がされ、強く抱きしめられていた。ナペくんの胸に顔が埋まり、ドクドクと激しい鼓動が頬を伝わる。自然とじわりと涙が滲んだ。不意打ちなんてズルいよ。
「ごめん」
「謝らないでナペくん。私が勝手に泣きそうになっただけだから気にしないで、ごめん」
「お前のこと本当に好きだから」
「恥ずかしいから二回も言わないでよ…はは」
顔を上げると穏やかな顔をしたナペくんがいて、乱暴に私の目尻を親指でなぞった。このぐらいミッくんと触れ合えたらな、なんて淡い期待を抱きながら私はまぶたを閉じた。
(紙風船)
ーーーーー さてどこからミッくんだったでしょう。あ〜語彙力語彙力。
お題:箱庭 BGM:コイスルオトメ/いきものがかり
|