「トラおはようですわ!」
「……………おはよ」
アンは俺の返事を聞くとふぁっと白い息を出して微笑んだ。今日も相変わらずの美人さんだ。しかもテンションが高い。何か良いことでもあったのかな。考えながら歩き出すとアンが横に並んで一緒に歩き出した。 寮と校舎がいくら近いと言えども轟々と鳴り響く風を突っ切っていくのは誰でも億劫だ。風は間もあけず無防備な俺の頭を撫でてゆく。今日はうさぎさんが部屋から出たがらず俺の頭の上はがら空きで、冬風は頭頂を荒々しくこすり過ぎ去っていく。ぼんやりと浮かぶのは布団の上で鼻をひくひくとさせるうさぎさん。今頃俺のベッドの上でぬくぬくと暖をとっているのだろう。
「トラにプレゼントがありますわ」
突如としてアンは俺へのプレゼント宣言をし、にたりと口端を上げ悪戯っぽく笑った。
「…………………何」
視界が真っ暗闇になる。なんだか頭が暖かい。チクチクするけど。俺は別段慌てず"頭にはまっている物"をずらした。目を爛々にさせたアンの顔が視界いっぱいに広がり、思わず仰け反る。
「…………帽子…?」
「先週からずっと編んでましたの。トラの頭ってつるっぱげですから寒そうだなと思いまして」
アンはニット帽の上から頭をペシッと叩いた。もひとつおまけにペシッ。それでもうんともすんとも言わない俺に苛ついたのかアンは「冷たいでしょ」と手の平を頬にぴたぴたと当ててくる。俺はぱちぱちとまばたきをし口を開いた。
「帽子…ありがとう…」
「どういたしましてですわ」
「だけどまだ寒い…」
「次はマフラー編んできますわ」
「今寒い…」
「しょうがないですわね。はい私のマフラーを」
アンがマフラーに手をかけた時、俺はもそもそと動きアンの背中に腕を回した。そのまま力いっぱい抱きしめ、ありがとう、とぼそっと呟いた。あ、リンスかシャンプーか分からないけど凄くフローラルな香りがする。瞳を閉じると心地よい香りがよりいっそう強く感じられた。アンは俺にぎゅっとされてどう思っているだろう。俺の制服って畳みたいな古臭い匂いがするから嫌かな。
「…うん。あったかい」
俺は腕の力を緩め、体を離した。アンの顔を焦点を合わせず眺めた。
「…どうしましたの。今朝はやけに甘えん坊さんですわね」
「…アン…顔……真っ赤」
「…赤くないですわ」
「んー…いや、赤いと……思う」
「赤くないですわ!!!!トラのほうこそ真っ赤ですわ!!!!」
アンは叫ぶように俺の発言を前否定した。俺は本当に自分の顔が赤いか気になり手の平に収まるほどの小さな鏡を胸ポケットからおもむろに取り出した。それを見た途端アンがさらに頬を赤く染める。あ、地雷踏んだかも。どうしよう。と思ってもそれは後の祭りで俺はかじかんだ指先で鏡を持ったまま小首を傾げるしかなかった。
「なんで手鏡なんか持ってるんですの!」
「動物の……世話で……使って」
「ばーか!!」
アンは俺に緩く巻きつくマフラーをぎゅっと締め上げ校舎に向かって駆け出していった。アンの背中を見送った後俺は手鏡で自分の顔を覗き込んだ。いつも通りの変わらないノーマルな顔色で、アンが言う"顔が赤かった"形跡はこれっぽっちも見られなかった。俺はゆっくりとした動作で手鏡を鞄の中にしまった。今度は俺のためにマフラーを編んでくれるそうだ。今度は頬にキスでもいいかもしれない。そしたらまた真っ赤っかなアンの顔を見れるかな。アンは真っ赤な顔で俺を指摘するかもしれない。トラも赤いですわ、て。それなら君の嘘に
(騙されてあげよう)
それで君が微笑むなら。
----- orz
お題:箱庭
|