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木暗の雷雨



黄昏時の放課後は、脳を使うのに一番適していない時間だ。
襲いかかる睡魔を誤魔化そうと、日が落ちかけてる空を見つめる。早すぎる日没に冬至はいつだったかと思いを馳せた。
座学の復習もそこそこに、今日言われたことをノートにまとめていく。これは自分のためではなく、いつかクズ系問題児にノートを見せろと言われる時のためだ。人任せな所に呆れつつも律儀にノートに文字を連ねる私も大概だなと苦笑する。
そんないつも通りの静かな放課後だった。
…だったのに、鼓膜を突き破るかの如く轟音が廊下に響いた。
実家にいたころは、深夜によくマフラーをふかす連中には辟易していたが。まさか、まさかこの静かな土地にも奴らは現れたのか…?
なわけあるか!と、窓際の校庭ではなく廊下で轟いた音の方へと顔を向けた。
だいたい目星は付いている。こんなの警察や探偵でなくても、あの2人と8ヶ月も共に過ごせば勘は働く。

教室の引き戸を横にずらせば、前髪を強風が掠めた。
そして廊下の突き当たりを前に、その音は止む。
「…一応聞くけど、なにやってんの?」
「見りゃわかんだろ。ツーリングだよツーリング」
「何一つわからなかった」
ヘルメットもせず、問題児2人は大型二輪に跨っていた。
ええええええ、ヘルメット被らなきゃ危ないでしょ。それ以前に免許はあるの?
…それよりもっと先に言わなきゃいけないことがある。
「ここ廊下だよ!?」
ここは小道でも大通りでもない。ただの木目が貼られた廊下だ。大型二輪も場違いさに恥ずかしいだろうに。木の温もり感じられる高専内では出し切れる力も出ないだろう。タイヤの摩擦で外の冷えたアスファルトを燃やすぜと冀ってるに違いない。
まったくもうと2人に注意をしつつ、家入さんにも見せようと携帯を構えカメラを開いた。
2人はこちらを見てにっこりピースをキメている。物騒なことをしているのに楽しそうな姿が画面に収められた。
「ていうか盗んできたの?罪に罪を重ねすぎじゃない?早く返さなきゃだめだよ。」
「ちげーよ委員長。これは俺の」
「ええ?!」
「今日誕生日だから実家に送らせた」
そっか、誕生日だからしょうがないか…とはならない。なるわけないだろう。問題児A。
「誕生日プレゼント万歳」と嬉々としている姿は、おもちゃを与えられてはしゃぐ子どもみたいだ。五条にはこんな物騒なプレゼントは渡さないようにしようと誓う。
それに何度も言うが私の名前は委員長でも、ましてや学級委員という大それた役職でもない。このおかしな渾名の言い出しっぺは夏油だった。五条は面白がって乗っかってきたのだ。止めてほしくて8ヶ月も訂正し続けたが、変わることは無かった。私は諦めて突っ込むのをやめている。
「委員長も乗る?細いから3人乗りも出来るんじゃない?」
「それセクハラだよ問題児B」
「乗るのビビってんの?」
「あのねえ、問題児2人に教えなきゃいけない事があるからよーく聞いて」
と言うと、問題児Aはアクセルを回してエンジンをふかして私の声を遮った。
「く、くそがき…!」
五条悟という男は、呪術会の御三家の一つ、五条家の嫡男だ。由緒正しきお家柄でもあり、その術式は自慢の相伝らしいのでさぞ持て囃されただろう。そんな場所で育った彼は、一言で言えばぼんぼんのくそがきなのだ。
「まずね、廊下で二輪車を運転してはいけません」
ブォオンと返事のようにエンジンが鳴る。わざとやっているな問題児A。
「運転するときはヘルメットを着用すること」
「ふあぁあ」
今度は返事でもエンジン音でもなく、問題児Aは大きな欠伸で返してきた。話を聞く気がないことはわかっている。一体相方の教育はどうなってるんだと、相変わらずにこにこと微笑みを浮かべる問題児Bを睨め付けた。
「五条は免許持ってるの?」
「俺はねーけど傑は持ってる。」
「だから一種の教習みたいなものだよ」
どやあと2人は臆する事なく、ましてや反省することもせず堂々と言い放った。
教習はそれなりの訓練を経た人ができるもので、免許を持っていれば誰でもというわけではない。…まあこの2人に言ったところで無駄だと思うが。理屈をマイルールで返してくるので、打つ手がない。
「じゃあ最後に、五条」
諦めた私は、くるりと夏油から五条へ視線を向ける。ガラの悪いサングラスがこちらを見据えていた。
「お誕生日おめでとう」
「…?さんきゅー委員長」
「ははは」
五条のむすくれた顔がにこにこ笑顔へと変わった。無邪気さは時に残酷だと二輪車を見て思うが、笑う顔は年相応の可愛らしさなので参ってしまう。
一方で事のやりとりを見ていた夏油は腹を抱えて笑っている。声を上げて爆笑している。
まーた馬鹿にして。もうこの馬鹿にされた笑いにも慣れたものだ。
「言いたいことは言えたから、あとは夜蛾先生にお伝えしてくるね」
そしてこっぴどく叱られてしまえ。
「いいなそれ。夜蛾センにも自慢しようぜ」
サプライズ!と誕生日でもない夜蛾先生を驚かせようとしている五条に私は目をひん剥いた。この問題児A、怒られるとか考えないんだ…。
「違うよ悟。委員長はそういう意味で言ったんじゃないよ。」
「じゃあどう言う意味だよ」
「告げ口」
そうだよねと、貼り付けた笑みをこちらに向けてきた問題児B。ええ、そうですとも。私はこくこくと頷いた。
この男は全て分かった上で五条の悪ノリにのるところがある。隅に置けないやつだな。
「んー?俺らなんか悪いことした?」
五条は心当たりがないようで、悪いことをやっている自覚がないらしい。これだから世間知らずのぼんぼんは…。
「廊下は走っちゃダメなんだよ!」
だから私は、壁に貼られてる紙に勢いよく手を叩きつけた。そこには墨と筆で"廊下は走るな"と書かれている。壁と手で轟音よりも強烈な破裂音を響かせ、そしてまた静寂が訪れた。
「真面目だな」
「委員長だからね」
「委員長じゃないってば!」
ぷんすかぷんすかしながら反抗すれば、2人は楽しそうに笑う。私は全く笑えないけどね。



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