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秋桜を越えて



部活を引退した御幸が暇そうに走っている姿を見つけては、私の家まで一緒に帰るのは日々の楽しみの一つだった。
二人でいられる時間を延ばすため、帰り道は色々口実を見つけて寄り道した。その一つに、通学路から少し外れたところで見つけた喫茶店に今度行こうなって約束をした。

−そしてついにその約束の日、事件は起きた。

いつものようにお昼を過ごしていたら、ずかずかとガタイのいい連中が教室に乗り込んできた。一際大きな声で御幸のフルネームを叫んだ男は、続けてハッピーバースデートゥーユーと歌い出したのだ。
呆然と野球部のわちゃわちゃを見つめていたが、我に返った私はそれはもう焦った。
初めて御幸の誕生日を知ったのだ。


そわそわとしながら、クリームソーダのアイスをつつく。
私はプレゼントを何も用意していないことに焦りを感じていた。わざわざ御幸の誕生日という大事な日に、何の用意もせずゆるりと放課後を過ごしていいものか。
野球部からはたくさんの駄菓子を貰っているのが見えたけど、夏前には大量のハイチュウも貰っていたし、御幸ってなにが好きなんだろう。
ふむふむと御幸を盗み見る。
まず彼は高校生なのにコーヒーを飲める大人舌を持ってる。大人って何の食べ物食べるっけ。
…思いつかなかったので食べ物は一旦置いておくか。
次に野球ができる彼はスパイクとか貰うと嬉しいのかな?
…でもサイズ分からないから却下だ。
首を右から左へと繰り返し傾けていたら、御幸は物珍しいものを見るように、キョトンとした顔でこちらを見てきた。

「アイス食わねーと溶けるぞ」
「何で早く言ってくれなかったんだよう…!」
「今言ったじゃん」
ちっがーうと私はテーブルを叩いた。なんだよ意味わかんねーと笑いながら言う御幸は若干引いている。

「誕生日って前もって教えてよ!なるべく早く!入学したくらいに!」
「はあ?」
「今日誕生日なんだろ!」
「あー、まあ、うん」
なんだか歯切れの悪い御幸は急に視線を逸らしてきた。
私はあちゃーと自分の言ったことを後悔した。これじゃあまるで誕生日だと知らなかったですと白状しているようなものだ。少なからず御幸はそれを察したのかもしれない。てっきり御幸自身は祝われると期待していたなら、失望させることを言ってしまった…。もう何も用意してなかったーなんて笑い飛ばせる空気ではなくなった。
あまりにも脳筋すぎた。後悔がじわじわと背を這い上がってくる。

「…あいつら寮でやれよって感じだよな。まじでビビったわ」
私が謝ろうと口を開くよりも先に、呆れたように御幸は言った。いつものように口角は上がっていたが少し引き攣って見えた。もしかして、昼休みのことを思い出しているのだろうか。
傷つけてしまったかもしれない罪悪感から少し解放されたのと、野球部の微笑ましい光景が蘇り気が緩んで笑ってしまった。相変わらず私のツボは浅い。
御幸には笑うなよと少しげんなりしながら咎められる。いけないいけない。確かに私は笑っている場合ではなかった。罰が悪く視線を落とせば、汗をかいたグラスから雫がぽたぽたと落ちていた。
仲間思いの野球部に比べて私は…。密かな推しの誕生日すら知らなかったなんて。もう御幸のファン失格だ。腹でも切ろうかな。
私は投げやりな感情のまま、アイスの溶けかけたクリームソーダを啜った。


その後もいつもなら御幸と話してるだけで楽しいのに、頭の片隅で誕生日のことが気がかりで話に集中できなかった。
言葉の節々で御幸を落ち込ませていないか顔色を伺ってばかりで、他愛のない話に曖昧に頷くことしかできなかった。

そうこうしているうちに、寮のご飯の時間も近くなり、そろそろ御幸ともお別れの時が迫ってきた。つまり御幸の誕生日も終わりに近づいているということだ。ますます募る焦りが解消されぬまま喫茶店を出る。

冬を感じさせる今日この頃、一歩外に出れば寒い空気が責め立てる。この時間でもすっかり日も暮れて乾燥した夜空が肌を撫でた。
早朝に自転車を漕ぐと寒いため、私はマフラーと手袋にコートと完全防寒で登校している。
しかし、いつものように自転車を押してくれる御幸はジャージ一枚で寒そうに肩を竦めている。完全防寒もっこもこの私と、薄着の御幸を今一度比べて視線を交互に送った。

咄嗟に私は巻いていたマフラーを取り去り、御幸の眼前に立ち憚った。
「なに!?」
私の勢いに驚いてあぶねーなと言いながら御幸は足を止めた。その隙に私は御幸の首にマフラーを巻きつけた。
「あげる!」
「!?」
両手が自転車のハンドルで塞がっているのをいいことに、ぎょっと身を引く御幸に詰め寄りしっかりと巻いていく。
ちらりと上を向いて御幸の顔を伺うと、目を見開いているが本当に嫌そうではないので少しほっとする。
「ごめん、こんな物しかなくて…」
「…?有難いけど、寒いんだから苗字が使えって」
私が巻いたマフラーを取ろうとする御幸を慌てて制す。御幸の優しさは嬉しいが、今は切腹間際の私の心配などいいのだ。
でも確かに私の使い込まれたマフラーを貰っても嬉しくないかもしれない。
「今度、ちゃんとしたの渡すからっ!」
「いやこれも十分あったけえよ?」
「んーー!」

これは…絶対誕生日プレゼントだと思っていない。寒いから渡しただけだと思っていそうだ。
それにこれを誕生日プレゼントだと言い張るのも、持ち合わせで済ませたみたいで嫌だ。
何とも言えないもどかしい気持ちに私は思わず悶えてしまった。御幸はそんな私を不思議そうに見つめている。

「来年は覚悟しろよ!」
「え、俺なんかされんの?」
怖いんだけど。と眉を下げる御幸。
もう…鈍感すぎる。野球じゃあんなに鋭い制球するのに!
私の意志は強く燃え上がっていた。
「来年、再来年、今日という後悔の日を超えてみせる!」
「なんか知らねえけど熱くなってんなー」
はははと笑う御幸も相変わらずツボが浅い。

「まあ、いつもの苗字に戻ったみたいでよかったわ」
「へ?」
「なんか様子変だったから」
「そ、それは…御幸の誕生日なのに何もできなくて…それで…」
言っててまた後悔の念が生まれてきた。とぼとぼ足取りも重くなりやがて立ち止まってしまった。
それに気づいた御幸も速度を緩めてくれて、俯く私の顔を覗き込んだ。
「そんなことねえよ。俺は楽しかったし、ありがとな」
そう言ってニッと笑う顔が試合の時にチームメイトによく見せる顔で…。それを私にも向けてくれることに、冷えた心の内がカッと熱くなった。私は高鳴る心臓が飛び出そうで、抑え込もうと口元を手で覆った。
これが推しのファンサ…。破壊力が違う。
来年は今年を超える誕生日を計画しようと、さらに私は気合を入れるのであった。



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