そういうところ。

ぐっとくるのどごしが堪らない。これを飲むために働いているといっても過言ではない。嫌なこともまとめて全て腹に流し込む。
ぷはーと息をつくとうめー！と私の中のオヤジが顔を出す。

「ていうか！シェアハウスで出会った女に彼氏を取られました。意味分かりません。好きになりますか普通。」

ドンと一気飲みしたジョッキを勢いよく置いて、元彼の気持ちに通じるであろう向かいに座る男の先輩に語りかける。

「なるんじゃない。」
「五条先輩に聞くんじゃなかったー」

あちゃーと後ろに倒れて手をつき天を仰ぐ。普通ならないだろう。てかシェアハウスじゃなくて私と同棲しろよ。あれ、もう酔ってる？私。

「五条と付き合えばー？」
「ありえませんねー浮気しかせんもん。」

隣に座る硝子先輩の提案をけらけらと笑い飛ばす。

「僕のことなんだと思ってるの。」

五条先輩は心外だというように溜息を吐いているが、私から見れば白々しい。
知ってるんだからね。休日サングラスをかけて出かける所をみて後を追えば女とデートしていた。そこまではいいが、その後別の女を自宅に連れ込んでて。まー破廉恥。

「五条先輩は付き合うなら硝子先輩がいいと思うんですよー。」
「へー。なんで。」
「包容力ありそうだしー、なんだかんだ旧知の仲だしー、可愛いし美男美女！」

ねー？と硝子先輩の方に首を傾げれば、ふっと鼻で笑われた。

「生憎もう間に合ってるんでね。」

とジョッキを傾ける硝子先輩に、もーいつの間にーと肘で脇腹をつつく。
五条先輩もそうなの硝子ー？と驚いている。

「どんな人なんですかー？」
「誠実…？」
「なぜ疑問形？」
「君の元彼よりはマシかな。」

ふーん。とあえて突っ込まないようにした。硝子先輩も中々なものを引っ掛けてそうだ。

「硝子先輩なにか飲みますか？」
「じゃあ獺祭。」

空いたグラスをみて、自分のもついでに頼もうと訊けば、日本酒にいくそうだ。
私は日本酒は苦手なので、普通にサワーにしよーっと。
五条先輩は…メロンジュース飲んでるし次はオレンジジュースかな。
取り敢えず店員さんに一通り頼んだ。

「僕メロンジュースが良かった。」
「えー。メロンときたらオレンジじゃないですかー？」
「色も違うし味も違うし、なんせシュワシュワしてないからね。せめてコーラじゃないと。」
「あー確かに。次から気をつけまーす！」

私は五条先輩節の怒涛の面責には慣れているので、軽く流して届いたレモンサワーに口をつける。
次はりんごジュース注文したろ。

「名前はどういう人がタイプなんだ？」
「私ですかー？んー。………咄嗟に出てきませんね。顔が良ければ良いかも。うんうん。」

ほろ酔い気分で思い浮かんだのは、人間国宝の某俳優だった。顔が良いというだけで癒される。最高だ。

「それって僕のこと？」
「五条先輩は古沢亮じゃないでしょー。」

あまりに自信過剰な先輩にがははと笑い飛ばせば、誰それ。と知らないようだった。

確かに五条先輩の顔はかっこいいけれど、日本人離れしているし、少し私の手に余るどころか溢れ出ている。ハリウッド女優でやっとという所だろう。

「かっこよすぎるのも罪ですよね〜。庶民派な私には勿体無いというか…」

あまりタイプではなかった。軽薄だし、すぐ浮気しそうだし、女の人に一途にならなそう。そんなことは言わずにひらひらと手を振れば、どーも。と返ってきた。ほら、こういう所。かっこいいのは自他ともに認めているが、謙遜しない所もなんだか鼻につく。先輩へ向けた愛想笑いもひくついてくる。

「名前も呑むか？」

3人分お猪口が置かれており、その1つを硝子先輩は取った。断っても飲ませてくるくせにー。とは言わず、じゃあいただきまーすと喜んで受け取った。

くいっと傾けて飲み干すと、辛みが喉を突き抜けてぎゅっと眉を顰める。あー。苦手だー。大人の味。

「日本酒まで一気かよ。」
「中身おやじなもんで。」

飲めない先輩の代わりに飲んでいるんだ。とも言わずに、てへと笑ってお猪口を置けば、冷淡な五条先輩にさらに注がれた。いやもう呑みたくないんだけど…。
すっかりチェイサーとなってしまったレモンサワーで口を潤す。スピリッツ最高。

「名前無理するな。」
「先輩の酒が飲めねーのかー？」

気を使ってくれた硝子先輩に被せて五条先輩はおぉん？とパワーハラスメントをしてくる。そういう所も私ウケ悪いのだ。もう少し紳士になれないものかね。

「後輩イビリとかいつの時代ですか。訴えられてしまえ。」

えい。と飲めない五条先輩にレモンサワーを飲ませようとジョッキを口元へもっていく。日本酒じゃないだけマシなのが私の優しさだ。しかし私の反撃は生憎の無限に阻まれたので舌打ちをする。

「逆ハラで訴えたら勝てそうだね。」
「無下限調子乗んな！」

ヘラヘラと笑う先輩に、あげないし！とレモンサワーを懐へ抱き込んだ。私が大事に飲んであげよう。
といっても無くなりかけているので、追加で梅酒のロックとりんごジュースを頼んだ。

「なに？嫌がらせ？炭酸頼んでって言ったじゃん。」

りんごジュースを頼んだことにだろうか、五条先輩はどろどろの砂糖のようにねちっこく言いながら、ジンジャエールを頼んだ。

「ジュースのチェイサーにジュースですか。かわいー。」

ぷぷぷと口元を手でお上品に隠しながらおどけて笑うと、五条先輩はお前さあとキレかけている。やばい、これ以上おちょくるのは辞めよう。


＊


全く俺に興味を持たない女を背負って玄関を開ける。

無礼講と散々揶揄ってきた仕返しに酔い潰したら、ふにゃりと溶けて硝子にもたれかかっていた。

「私が送ろうか。」
「僕が持ち帰るよ。」
「おい、食うなよ。ちゃんと送り届けろ。」

硝子の懐疑的な視線を受けながら、大丈夫大丈夫と自分にも言い聞かせ、力の抜けきった体を背負った。

スカートから差し出される太腿の吸い付くような肌感に大丈夫じゃないかもしれないと、眉を顰めたが、硝子の前だしとなんとか平静を装った。

タクシーに詰め込めば、ぐてんと俺の肩に無遠慮に寄りかかってくる後輩。俺の気もしらないで。

理性と闘いながら玄関まで辿り着き、ベッドにおろせば、はだけたシャツから覗く鎖骨が扇情的で反射的に目を逸らした。

「あつい…」
「は？」
ぷちぷちとボタンを外していく彼女の手を掴む。まて、まてまて。

「なあに？」
とろんとした目で、ここはどこだか、目の前にいるのが誰だかも分からないようだった。
これ以上何もしでかさないよう、掴んだ手をシーツに縫い付ける。

「けんちゃん？」
「誰がけんちゃんだ。」
こてんと首を傾げて、知らない男の名前で呼ばれる。
別れたとか言ってた男の名前だろう。はたまた人の気も知らないで。あわよくば事に運ぼうかと思ったが萎えて手を離す。

「先輩じゃ〜ん。水もってきてえ」
はははと力なく笑った女は、まだ酔いも醒めず頭も冴えないのだろう。
先輩に対する態度にしては横柄で平気でパシってきたが、仕方なく冷蔵庫に置いてあった未開封のミネラルウォーターを持っていき手渡した。
あざますと呂律が回っていないお礼が返ってきて、ペットボトルをじっと見つめたかと思えば、こちらに視線が向いた。

「ふーた。」
ぽんぽんと蓋部分で腹を叩かれる。開けてくださいだろとこめかみに青筋が立つが、嘆息と共に蓋を開けてやる。惚れた弱みというのは怖いものだ。

「起きて飲めよ。」
「むりぃ起こして。」
蓋を開けて渡してやれば、腕すら伸ばさず、だらんと全身の力を抜いて目まで瞑り、起き上がる気配は微塵もなくベッドに沈んでいく。
口移しで飲ませてやろうかと思ったが、寝顔に絆されて諦めた。

「寝てんじゃねーよ。」
すやすや吐息を立てて寝る無防備な彼女に燻った気持ちの落とし所がわからず、今夜は悶々と過ごすことになりそうだ。
何度目かもわからないため息とともに前髪を掻き上げた。






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