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金木犀の推し



「御幸ー!」
丁度いいところに。
土手上の細い道を自転車を押しながらてくてく歩いていると、階段から御幸が上がってきた。
引退したと言っていたが、まだ寮生活を送っているようで、ここから下にみえる青心寮から出てきたのだろう。
「なんだよ」
ジャージ姿だからランニングにでも行くのだろうか。それなら尚都合がいい。
「チアで怪我してさ」
「まじ?大丈夫?」
「無理。だからさ、運転しろよ。」
筋を痛めただけなのですぐ治るのだが、それは言わずニヤリと笑い、ぽんぽんと己の自転車のサドルを叩く。

「嫌だよ。」
「おいおいおい、怪我人放っとく気かよー!」
すたすたと背を向けて歩きだしたので、今日一の大声で呼び止める。
通行人というか主に学生に変な目で見られるぞ。
「しゃーねーな。わーったよ。」
ため息を吐きながら、眉を下げてこちらを振り向いた。それはもう仕方なくといった感じで。でも私は嬉々としてにこにこ見つめ返した。

「さーいけー!御幸号!」
2人で自転車に乗ったところで、びしっと進行方向に人差し指を指す。
「だっせえ」
ははは。と乾いた笑いを零す男の背中にしがみつく。
ださくない。かっこいいだろ!内心納得いかないが、動き出した御幸号は爽やかな風に包まれて、そんなことどうでも良くなった。

御幸の香りに混じって風に乗ってくる金木犀の香りにより、見慣れた通学路も特別な景色に変わっていく。

3年間同じクラスでそこそこ話すこの御幸一也という男は、こうして頼まれ事は嫌と言いつつやってくれるし、笑い上戸なのか私が何を言っても笑ってくれる。
私もよく笑う方で、倉持くん曰く時々厭味を言われてるらしいのだが、気づかず笑っていたと言ったら呆れられた。冗談的なものだと私は面白がっていたのだ。

それにチアで青道野球の試合をよく見に行くのだが、
初めて観た時は普段とのギャップにやられた。あんな真剣な顔は見たこと無かった。
言わないが野球部の中で御幸一也最推しだ。

「たーのしー!」
坂道をゆっくり下っていくときに吹く風が気持ちいい。落ちないように逞しい背中をぎゅっと抱く。
「お気楽だな」
その横顔は無邪気に笑っていてどきりとした。顔が良いのはずるいな。

「ありがとな!」
きちんと家まで届けてくれた御幸にお礼を言う。
「もっと筋肉つけろよ、細すぎ。てか軽すぎ。そんなんだから怪我すんだよ。」
むすっとしている表情にぷぷっと吹き出す。言ってることがぱぱみたいだ。確かに体重管理厳しいから炭水化物とか甘い物とか抜いてるんだよね。卒業公演も近いし。

「プロテイン飲むわ!」
「飯も食えよ。」
「今度作ってよ!」
「えー嫌だよめんどくせー」
「はらぺこアオムシを放っとくのか!」
「はいはい。また今度な。」
はらぺこアオムシってなんだよ。と言いながらヘラヘラと笑っている。いつか綺麗で美しい蝶になるアオムシを笑うなんて失礼だが、ダメ押しの押しで承諾してしまう所は良い奴すぎる。
それに推しにまた会う口実も出来たことだし、内心ガッツポーズだ。

「じゃあなー」
ヒラヒラと手を振れば、おう。と軽く手を挙げ返してくれる。
すると、見えなくなるまで見送ろうとした御幸の背中が止まり、首を傾げた。
どしたん?と訊ねれば、御幸は踵を返してこちらを向いたが少し俯いており表情はよく見えない。

「…他のやつには頼るなよ、また送ってやるから。」
御幸号と名付けた自転車に他の人を乗せるつもりは毛頭なかった。考えもしてなかった。
「おう、頼んだ!御幸以外乗せるつもりないから!」
と言えば、御幸は絶対だぞ!と言いながら走って行ってしまった。
少し赤くなっていた耳に、小さな期待を寄せてしまう。

私は御幸の背中を見送ると、玄関に入りその場にへたりと座り込んだ。
私の推しが…まさか…いや、あれはただの御幸なりの優しさなのだろう。うん。そうだ。
そんな都合いい事は何度もないとじっちゃんも言ってた気がする。

今度の機会に、何の料理を作ってもらおうかに思考をシフトチェンジすることにした。


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