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シナプスに刻んで



薄らと意識が覚醒し、カーテンから覗く光を睨めつけた。朝が来るのは早くて嫌だ。もっと寝ていたい。しかし体内時計は起こそうと躍起になっている。仕方なくまだぼやけた思考を覚まそうと、ブルーライトの塊を手に取る。

「起きろよー」
先に起きていた悟君が、寝室に顔を出した。もうちょっと。と言いながら私は引き続きスマートフォンでsnsを巡回する。

「スマホいじってんじゃん。」
「これは目を覚ます儀式なの。」
朝が弱い私は、ブルーライトを浴びてばちこりと目を覚醒させるのがルーティンなのだ。

「僕のこと見た方が目覚ますでしょ。」
さも当たり前だろと言うような真面目な口調に、私はスマホから顔をあげて悟君に向けてへらりと笑った。確かに悟君の日本人離れした碧くて綺麗な目はブルーライトよりもずっと良い物だ。これで純日本人で良い所のお坊ちゃまらしいのは意外も意外だ。人に値段をつけるのは些か顰蹙だが、相当値は張り眠気眼も冴え渡るくらいだろう。だがしかし。

「悟君の顔は安心して眠くなっちゃう。」
「あっそ。早く来いよ。」
不服そうな声色だったので、大人しく起き上がることにする。
リビングに入れば、キッチンで何やら料理している大きな背中が見えて、愛おしさが爆発する。
ワイシャツにエプロン…可愛い。似合ってしまうのが悟君だ。

「おはよー。」
愛情たっぷりの挨拶をしながら背中に抱きつけば、悟君は私の腕から抜けてこちらに向き合い微笑みながら額にちゅーしてくれた。
わあ、新婚さんみたい。
同棲中の私たちはいずれそうなるのかしら。
幸せすぎて頬が緩む。

はい。と両腕を伸ばせばなに。と顔を顰めて、私の意図がわからないようだった。

「はぐ。」
「なんで。」
「したいから。」
微笑んでさらに腕を揺らせば、あとでね。と呆れた声で言われ、フライパンの方に向かれてしまった。
もう。照れ屋なんだから。

「なに。」
「はぐ。」
「あぶないよ。」
諦めの悪い私は背中に抱きつくが、悟君は少しも動揺を見せることなく淡々と箸を捌いている。
火を使ってるから私を避けたいのだと思うけれど、私は悟君に引っ付いていたいのだ。許して欲しい。
頬をすりすりと背中に擦り付け、すーはーと悟君の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。

「悟君の匂いいいにおい。」
なんか甘くてえっちな匂いなのだ。今までの男の人とは違う匂い。

「できたから離れて。」
私の求愛行動はひんやりとした言葉に流されてしまったので、大人しく離れた。

「さとるの餌入れた?」
私はハッとした。つい人間の方の悟君に夢中で、愛猫のさとるちゃんのお世話を怠るとこだった。ほんと私ってばこういうとこだぞ。

父子家庭で昔から母親代わりに家事の類はできたが、悟君と同棲してからは最初こそ普通に暮らしていたのに、猫ちゃんが来てからはつい怠ってしまうことが増えた。
危うく嫌われかけるところだったが、それがきっかけで悟君とは仲が深まったと思う。思いたい。
慌ててキャットフードを餌入れに入れて、よいしょと立ち上がる。

「美味しそう…」
振り向けば目の前には一般的な朝食が栄養バランス良く置かれていた。
悟君、お坊ちゃまでこんな高級なマンションに住んでるのに、庶民的な料理まで作れるギャップが堪らない。

「さ、食べて食べて」
意気揚々と高そうなダイニングテーブルの椅子を引いてくれるところも紳士的だ。
まるでお姫様にでもなった気分。男の人とお付き合いしてこんなに大事されたことは無いし。
るんるんと座り、悟君と一緒にいただきますをする。

「あ」
「なに」
「はぐしてないよ。」
「後でいいじゃん。食べよ。」
悟君をもう少し吸収したかったのに、呆れたように本人に言われたので渋々箸に手を伸ばす。

「今日帰り遅いかも。」
「大変だね。お仕事頑張って。」
仕事は教職だと言っていたが、部活動や残業が重なれば、帰宅時間は変動するだろう。
熱心なのはいいことだけれど、体に気をつけて欲しい。

「いや、付き合いで飲みに行くから。」
「え。珍しいね。あんまり飲みすぎないようにね。」
「大丈夫。僕下戸だから。」
「え?無理やり飲まされたりしないかなそれ、尚更大丈夫?」
益々心配になり眉を顰めるが、綺麗な眉を八の字に落としながら僕を誰だと思ってるのと言われたので、渋々納得する。

「二次会とか言って、女の子沢山いる店行かないでね。」
「その状況はうけるね」
「うけないよ。全然面白くない。」
「メンツがそういうのに全く興味無い人達だから安心して。」
うーん。そうだろうか。おじさん上司に五条君もどう?なんて言って断れるようには見えない。ヘラヘラ笑ってあ、じゃあ行きますか〜。とか言いそうだ。内心ワックワクで。

「悟君はもっとかっこいいという自覚をもって。」
「持ってるけど。」
「言い寄られちゃうからね、気をつけてね。」
「いつになく小言多いね。ていうか初めてこんなに言われた気がする。」
私が矢継ぎ早に責めたてていると、悟君はぽかんとしていた。
私たちの出会いを忘れたとは言わせない。ちょっと興味本位でどんな人なのか知りたくて連絡先を聞いたら、あれよあれよと同棲している。悟君の軽さは私が1番よくわかっている。
それに彼女なんだし、独占欲くらいある。
今までは嫌われたくなくて抑えていたけれど、ちょっとずつ自分の気持ちも伝えないと。私のことを知りたいと言ったのは悟君だし。だから小言が多くなるのも許して欲しい。

「新たな一面を出してみました。」
「じゃあ僕も帰ってきてから秘密うちあけよー。」
「え、秘密?気になる、今言って!」
悟君は答える代わりににっこりと笑った。あ、これもう何も言わないやつだと察する。
ちぇ。と思い私はフォークでウインナーを突き刺した。
帰ってくるまで秘密とやらが気になって仕事が手につかなくなりそう。





思っていた以上に仕事中も悟君の言葉が気になり、何度もメッセージアプリで様子を伺ってみるが、既読無視されている。めげずに数回送るが、全て無駄打ちだった。
秘密って何?お坊ちゃまだから許嫁がいるとか?海外に転勤とか?実は石油王で働かなくていいとか?
どれも有り様によっては腰を抜かす。
だめだー。とっても気になる。

悶々とした中仕事は定時にあがれたので、さとるちゃんにこの思いをぶつけようと真っ直ぐ家に帰った。

家に着けば、一目散に悟君にそっくりなさとるちゃんに駆け寄り、ねえどうしようと話しかける。
しかし、さとるちゃんはニャーとも言わず眠そうに欠伸を返してくれた。眠いのにごめんね。

取り敢えず料理や家事などして気を紛らわすとするか。

その後も淡々と熟していき、食事も終えてテレビを見ながら時計を何度も確認していると、時刻は日付が変わろうとしていた。
もうそろそろだろうか。いざ聞くとなるとそわそわしてくる。
座ってもいられなくなり、うろうろと広いリビングやキッチンを行ったり来たりしてしまう。

「ただいまー」
ガチャりと音を立てて玄関が開き、私は一目散に駆け寄った。
そこには頬を上気させていつにも増して上機嫌な悟君がいた。

「おかえり…大丈夫?」
「うん!へーき!」
ぐっと親指を立てているが、呂律は回っていないし、足元も覚束無い。仕方なく肩に手をまわすと、名前ちゃん好きーとさらに体重をかけてくる。朝に頼んだハグより重いが私の気持ちも重くなった。勢いにのって微かに匂う悟君のじゃない甘い匂いに、ちくりと胸が痛んだ。

「お酒…飲んじゃったの?」
「そー!硝子が焼酎チェイサーにしてて間違えて飲んじゃった!でも1口!大丈夫!」
しょーこ?まさか女の子…?嫌な予感がした。
女の子のチェイサーを飲むでしょうか、普通。それだけでただの仲じゃないことはわかる。1口と言っていたが、もっと上司に飲まされていないだろうか。まさか女上司…?そして夜遅くまで何かしていたのでは…。私の頭の中は表面張力が崩れた様に悪い考えが溢れ出す。

「女の子と飲んだんだ…。」
悟君をソファに座らせ、蓋を開けてあげたミネラルウォーターを渡しながら訊く。

「うん!硝子は昔馴染みの同期。」
同期かー。うわー。益々怪しさは増す。
しかし、そんな事気にしてない素振りでそっか。と言いながら悟君の隣に浅く腰掛ける。

端正な顔がへらりと溶けているこの様子じゃ秘密も聞き出せないなあ。
というか、そのしょーこという女の人についてかもしれない。浮気…かもしれない。それで別れようとか…。これ以上考えるのは辛いだけなので頭を振って邪念を払った。

「僕さー呪術師なんだー」
「じゅじゅつし?」
「そう!人を殺める悪い呪いを祓って、人助けしてんのー!」
私は呪いを祓うと言われて、悟君のサングラスも相まり、某ロングセラー魔法使い小説を思い出した。

「ハリポタ的な?」
「んー?ま、そう、エクスペクトパトローナ〜ム的な。」
「なにそれカッコイイ!」
悟君魔法使いだったんだ…。
確かに何でもできると言っていたし、外見も日本人離れしているし納得出来る。

「普通安倍晴明とか思い浮かべるんだけどね。」
悟君は私が褒めてからずっとけらけらと愉快そうに笑っている。確かに。陰陽師的な?そっちのが近いのかな。

「悟君、安倍晴明の子孫なの?」
「ううん。僕は菅原道真の子孫。」
「え?!菅原道真?!学問の神様じゃん!すごい!」
だから学校の先生してるのかな。
「まあそれは後付けで、もとは日本三大怨霊なんだよ。だから強いの。」
そう言って、先程渡したペットボトルをくしゃりと螺旋状に捻ってさらに力を加えて薄い塵と化した。
すごい力…。

「どうなってるの…?」
「アキレスと亀だよー。」
「さすが学問の神様…。言われてもよくわからないけど。」
ソファに無造作に投げられている悟君の手を取りまじまじと眺めてみる。
骨張っててスラリとしていて女の人も羨む透き通る様な肌。こんな綺麗な手から凶暴な力が生まれると誰が予想できるだろうか。

「じゃあ秘密って、そのしょーこって人とのことじゃないんだね?」
「あったりまえじゃん!なんで硝子が出てくるわけ?」
「ほら、一緒に飲む程仲の良い同僚だし…。」
「もしかして妬いてくれた?」
言いながらべたーと真正面からのしかかってくる悟くんを慌てて全身で受け止める。
へにゃりと緩んだ口角に、ほんのり紅く色付いた頬が、間近に迫ってくる。普段はこんな甘えたじゃないので困惑するが、レアだし可愛いからいっか。

「私、男の人から愛されたことないから…。ついまたかって疑ってごめんね。でも秘密打ち明けてくれたのは嬉しかった!ありがとう。」
いつもは見れない無邪気な悟君が素なのかもしれないと、それに感化されてぺらぺらと己の内心を話してしまった。
それを悟君はどう思っただろうかと気になり、きめ細かな頬に両手を滑らせ、薄く艶めく唇に親指を寄せる。
ふにと指に柔らかい感触が伝わり思わずにやける。

「ふにふに」
「……。」
黙り込んでしまった悟君との沈黙を埋めようと脊髄で言葉が出てしまった。しかしそれすらも呆気なくスルーされて、口は塞がれた。

唇の隙間から敏感な舌先を探し当てられて絡め取られる。突然のことにひくと舌を引いて薄目を開けて悟君の顔色を伺うと、ただサングラスの黒い闇が広がっていた。
目が疲れるからと付けているらしいが、表情も読み取りにくいし取ってしまいたい衝動に駆られた。

自ずと唇を離し、頬に置いていた手をするりとサングラスに滑らせて素顔を仰いだ。
いつもより潤んでいる透明に近い蒼眼に釘付けになった。
その瞳に見惚れているとゆっくりと弧を描いて細められていく。悪いことを企んでいる顔だ…。
悟君の骨張った手が脇腹を通ったことによりふと我に返った。

「ふにふに。」
「どこ触ってるの。」
悟君の綺麗な手はむにむにと私の横腹をつまんでいる。最近太ったとでも言われるのだろうか。

「愛してるよ。」
「え…」
今なんて…?
思ってもみなかった言葉に一瞬時が止まった。

間違いなければ愛の言葉を悟君の甘ったるい声で言われたはずだ。録音しておけばよかった。そうすれば確認も永久再生も可能なのに。

「いてもいなくても変わらない男達より愛してるって何度言えばわかるかなあ。」
優しく笑みを浮かべてソファに押し倒された。
初めて言われた気がするが、悟君の中では何度も言っていることになっているらしい。心の中で思ってくれてたならそれはそれで嬉しい。

「多分私の方が悟君のこと愛してるよ!」
見下ろす悟君にせめてもの抵抗で、自分の方が重い愛を持っていることを伝える。張り合う所がおかしいかもしれないが。

「それは知ってる。」
知ってるんだ…。あれだけひっつき虫ならわかるかあ。

「だから、もう他の男の話すんな。」
「妬いてくれたの…?」
「僕だけ見てればよくない?」
「うん。そうする、安心するし。」
質問を質問で返すのは肯定の意だと誰かが言っていた。
流されるまま剥がれ落ちる布にお互いの本心が表れている。私はこのまま大好きな人に身を任せた。


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