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沈黙の温度



呼吸困難に陥るのはいつぶりだろう。
よく気管に入ってむせるのとは全く違う。とても苦しい。
涙で目の前が霞み、喉へ逆流させようと海水を勢いよく吐き出す。

「げほっ」
「大丈夫か?人工呼吸する?」
背中をすりすりと摩ってくれる優しい五条君だが、意識はまだあるしそんなに大袈裟なものでもないので、力なく首を横に振った。
それはまたの機会にしてもらおう。
いや、そんな機会あってたまるか。

めんそーれーと沖縄の海に飛び込んだ私たちは、はしゃいで泳ぎ回っていたのだが、五条君に合わせていれば、それはそれは足の届かない深い場所まで来てしまっていた。
平泳ぎから海底に足をつけようとすれば、それは叶わず自分の体重により一瞬で沈んだ。
身構えていなかった体が呼吸をしようと思い切り吸い込んだのは海水だった。
溺れた私に五条君はいち早く気づいてくれたので、海面に顔がつかないようお姫様抱っこで浜辺まで届けてくれた。
これ幸いに、むせるだけですんだのだ。

「けほっ…たすけてくれてありごほっ」
むせながらも必死でお礼をする私によしよし無理すんな。と優しく背中をさすってくれる。

「大丈夫〜?」
座り込んでいる私たちを不審に思ったのか、硝ちゃんと夏油君がバスタオルを持って駆けつけてくれた。
鼻にも海水が入りツンとしてまだ肺も痛むが、しばらく経てば治まるだろう。
大丈夫の意味でうんうんと数回頷いてへらりと笑った。

「心配かけてごめんね」
「無事ならいいんだけど」
そっとバスタオルをかけてくれる3人の優しさに、楽しい海水浴を一瞬で憂慮なものにしてしまった罪悪感が募る。

「パラソルの下で休もう」
夏油くんが手を差し出してくれたので、遠慮なくしがみついた。
立ち上がったはいいが、ふらふらの足取りをみたのか反対の手を五条くんに掴まれた。

「傑、俺が連れてくからいーよ」
少しむすっとしている五条くんに夏油くんはふっと息を吐いて、呆れたようにはいはい。と言い私の手を離した。
私は首を傾げたが、その間に指を絡められ、いくよ。と引っ張られる。
きっと私が危なっかしいからこんなにしっかり握ってくれているんだ。
珍しく助けてくれる姿に、きゅうと心臓が掴まれた。

私たちの学校は呪術の専門学校であり少人数クラスなので、普段は仲はいいと思うが、如何せん五条君はお坊ちゃまなのもあり、ワガママで我々の怒りの琴線に触れるどころか掴んで暴れ回るので度々喧嘩をしてしまう。
その時は頭に血が上って自分の術式をぶつけようとするが、お得意の無下限によりそれらは敢え無く空振りだ。
それほどガードも固いのに、こういう時はゆるゆるな些細な優しさを見ると、憎めないんだよなあという思いとともに、はぁとひとつため息がこぼれた。

「名前、めんどくさいもんに憑かれてんね」
隣を歩く硝ちゃんに、憐れみの視線を向けられた。
憑かれる?!呪霊?!気づかなかった…!と自分の肩周りや頭上をふりふりと確認したが、全く見えなかった。嘘かい!
硝ちゃんはぷっと笑っておもしろ〜。とのんびりとした口調で言ったが真顔であった。
本当に面白いと思っているのだろうか。
またもや頭に疑問が残る。

「さ、ここ座って。これ水飲んで」
パラソルまでつくと、五条くんに手厚い介護をされいつもの五条くんらしくないことに疑問が募るが、ありがとうと水を受け取る。

「私ちょっと吸ってくるから」
人差し指と中指を立てて振った硝ちゃんが意味指すのはきっと喫煙所に行くということだろう。
夏油くんも硝子と話したいことがあるからと言ってついて行ってしまった。

私はひらひらと手を振って見送ると、貰った水を1口飲んだ。
まだ肺が痛むなあなんて肋骨辺りをさする。

「なんで名前ってモテねぇの」
は?と思わず眉間にシワが寄ってしまう。
なんだいきなり失礼だなと五条くんを見やれば、真面目に聞いているのか至って真顔だ。

「でた、五条くんはほんと無神経だよね」
「疑問なだけ。だって名前…」
とそこで口を噤まれた。
だってなに?と続きが気になったので聞き返したが、ふいと顔を逸らされてしまった。
自分から言って逸らさないでほしい。気になってしまう。

沈黙の横で周りの海水浴客のはしゃぐ声がやけに楽しそうで耳に入ってくる。

まぁモテると思って言ってくれたなら、悪気はなくて本当に純粋な質問だったのかもしれない。
まぁいっか。
何をどうしてそう思ったのかこれ以上追求しても良い回答は期待できない。
五条君だし。
私の心がやられそうだ。

日陰は涼しいが、さすがに真夏では少し汗ばんできたのでバスタオルを肩からとって畳む。
すーっと生暖かい風が肌を撫でる。全然涼しくないなあ。暑いなあ。
ぱたぱたと首元を仰いでいたら、頭上になにか降ってきて視界を奪われる。それを手でつかみはがして確認するとパーカーのようなものだった。

「着とけよ」
「今暑いからいいよ」
「いいから着ろって」
どうやら五条くんのパーカーらしい。着衣を拒絶していれば、ずれたサングラスから睨んでいるのが見えたので大人しく羽織った。

「五条くんはモテるの?」
さっきからさり気ない優しさを頂いてるので、もしかして色んな子にしてるのかも。
そうしたらモテるのかなあなんて気になった。
それにこの顔とスタイルだ。モテないほうがおかしいか。
少し心にもやがかかる。もやもやする。なんだこれは。
感じたことない気持ちに戸惑いを隠せず、無意識に五条君に視線をやればうーんと考えている様子だ。

「俺の血筋大好きな奴らには大モテだな」
縁談とか。と至極嫌そうな顔で言った。
その顔にふっと吹き出したと一緒にもやもやも吹っ飛んだ。

「他は?」
「何笑ってんだよ」
「いやあー嫌そうな五条君可愛いなあって。他には言い寄られたりしないの?」
「……………。まず出会いねえし」

五条君は変な間を置いてぼそりと呟いた。
ふーんそうなんだーなんて興味無さそうに応えたが、内心安堵している。
いや、なんで安心してるんだ。
自分の気持ちがわからなくなりはぁ。と何度目かのため息をついてしまった。

「五条君のタイプは?」
「ん?」
「すきなたいぷ」

自分でも乗り気すぎやしないかと思ったが、気になったので流れに乗って聞くなら今しかない。このビッグウェーブに。

しばらくお互いに見つめあっており、私は神妙な面持ちになる。
もしかして、五条君女の人好きにならないのでは?
そんな私の考えを断ち切るように、すっと無骨な人差し指が示したのは私の方角であった。
後ろや周りも見たが人などおらず、首を傾げて自分自身を指さしてみる。
こくりと五条君は頷いたので私は目を見開いた。

え…。

がばっと勢いよく立ち上がった私に五条君はぴくりと驚いていたが、私の心中は穏やかではなかった。
暑い。熱い熱い熱い。

考えがまとまらなくて口をパクパクさせていると、こめかみを汗が伝う。
目の前にいる五条君を見ていられず、ぐっと汗を拭うと一目散に駆け出した。

ええええええええええええ?!
ばっしゃーんと勢いよく海に飛び込んだ。
我ながらさっき溺れたばかりなのに懲りていないのか。
でもそれどころではないのだ。
肺よりも胸が痛くなっていた。
どきどきして海にいるより血中酸素が足りなくなるのでは?

冷えてくれ自分。と思いながら必死で海を潜る。

「おねーさん元気だね!」
がばっと海面から顔を出せば、浅黒く焼けた男の人2人に囲まれていた。
「え!めっちゃ可愛いね?高校生?大学生?俺らと遊ぼー」
「い、いや」
断ろうとすると、肩に手を回されて引き寄せられた。
な、なんだなんだ?!気安く触らないでほしい。
「こっちこっちー」
「やめてください!」
連れて行かれそうになったので、勢いよく離れて距離をとって、己の術式を放とうと手印を組む。反射神経に我ながら惚れ惚れする。日頃の鍛錬のお陰だ。

「名前、急に海に飛び込むなんてどうしたんだよ」
背後に気配を感じると、私を追いかけてきたのか五条君が、すごい形相で立っていた。
やくざ?
ぐいっと今度は五条君に肩を抱かれる。
え?ちょ…。
さっきの出来事が思い出され、一気に顔が熱くなる。
戸惑って身を捩るが、なんせ五条君なのでびくともしない。

「い、いや〜俺らはただ、迷子みたいだったんで心配しただけっつーか」
「そそ!んじゃ」

男2人は苦虫を噛み潰したように渋い顔をしながら立ち去って行った。
心配してる風にも見えず拉致られそうだったのだが、まあいいか。

「五条君…またまたありがとう…」
一応追いかけてきてくれたので感謝をするが、照れてしまい顔が見れない。
「ナンパなんかにひっかかってんじゃねーよ」
ぐるっと五条君の正面に体が向き直されるが、恥ずかしさに両腕を交差させて顔を隠す。
「名前?」
腕を剥がされそうになり、少々抵抗するが、またまた五条君なのでそれも虚しく解かれた。

「だって…だって、今まで喧嘩ばっかだったのに、タイプって…そんな柄じゃなさすぎて、その、」
無理…。五条君とお話できない。恥ずかしい。
喧嘩ばかりだし、遊ぶのだって少年のようにはしゃぎまわってたのだ。異性を意識したことなんて、今、たった今したのだ。
今どきの小学生もびっくりの初さに五条君も引いてるだろう。

そう思っていたら、優しく抱き寄せられてびくりと肩が反応する。

ち、ちかい。潮の薫りに混ざって五条君の匂いが…。それに目の前の鍛え上げられた硬い腹筋に胸板が五条君も男の子なのだとさらに意識してしまう。

「そんなに照れるとこっちまで恥ずかしくなるだろ」
不服そうな声に思わず顔を上げると、色白の肌がほんのり紅潮していた。
か、かわいい。きゅーと胸が締め付けられた。

「私も、五条君がタイプ…」
かも…。と尻窄みになりながら目線を逸らした。
あぁ。あの時五条君もこんな気恥しい気持ちだったのか。

「に、荷物見てなきゃだし戻ろっか」
急に冷静になった頭が、パラソルに置き去りにされた荷物たちはどうするのだと訴えてきた。
照れを誤魔化すように、有無を言わせず五条君の手を取り浜辺へ歩き出す。

パラソルまで行けば、にやにやとこちらをみてくる夏油くんと硝ちゃんが待っていた。
ひとまず荷物は安心だが、この繋いでる手はなんと言っていいのか。

「やーっとくっついたんだー」
「かき氷買ってきたよ」
やっと…?ぱちくりと2人を見れば、さもわかってましたよという涼しい顔で驚いた。
五条君の方を向けば、困ったように頭をぽりぽりと掻いており、するりと私たちはどちらともなく手を離した。

私は納得が出来ないままだったが、3人ともかき氷を食べ始めたので溶けたら勿体ないし有難く頂いた。
ひんやりとした口あたりが、暑さでやられた脳を冷ましていく。

あれ、この2人反応が薄い…通常運転なのだ。何も聞いてこないのだ。
もしかして2人は五条君の気持ちに気づいてたのかな。目敏いし。
そして私とくっつくと読んでいた…?
え?いつから?
私の知らない所で3人なにかしていたのか?仲間はずれにされたような気持ちだ。考えても埒が明かない。後でじっくり聞こうと冷やされすぎた頭をとんとんと叩いた。





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