×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


少女は苦悶する(1/2)


「いでっ」
狭いキッチンに虚しく私の悲鳴が響いた。
ぼーっとしていたら、包丁がいつのまにか指の上にあり見事にざっくり切ってしまった。これは地味に痛い。
早く絆創膏取りに行って、あ、その前に消毒して…。と考えていたら、赤い液体ではなく透明な液体が溢れてきた。鼻の奥がつんとしてずずっと鼻を啜る。
最近は繁忙期で、擦り傷なんて日常茶飯事だ。めそめそなんてしていられない。
しかし、あんな予想外の話をされてしまえば、私の思考はそればかりに囚われてしまう。強くあろうとするのに反して、負の感情に心が蝕まれていった。


*

その日は京都に来てほしいという依頼だった。元実家も近いし、空はどんより暗くてなんだか憂鬱な気持ちで向かったのを覚えている。
待ち合わせ場所に指定してきたところには、それはそれは綺麗なお姉さんがいた。京美人とはこのことをいうのだろうか。彼女の出身地を勝手に決めつけて、少し浮ついた気持ちのまま声をかけた。振り向いた彼女に挨拶がてら自己紹介すると、あぁ、あなたがと、私を知っているようだった。
「庵歌姫よ。五条から話は聞いてるわ」
「歌姫さん…悟がお世話になってます」
可愛い名前だなと反芻すれば、悟の名前を出した途端苦虫を潰したように綺麗な顔を歪めていた。
悟からは高専の先輩とだけ聞いていたが。悟、嫌われてるのかな。
「あなたも大変ね。あのバカの相手してるなんて」
「…?私は悟が構ってくれるの悪い気はしないです」
寧ろ嬉しいというか…。と言おうとした言葉は、歌姫さんの同情するような眼差しにあてられて言えなかった。歌姫さん悟の相手をするの本当に嫌なんだろうなあ。
「…世界には色んな人がいるものね。まあそれはそうと今日の任務は…」
悟に苦手意識がある歌姫さんと対立することなく私の言葉は流され、歌姫さんが寛容な人でよかったと思った。その後に続いた歌姫さんの説明を聞いて、任務先に行き、呪霊を難なく祓うことができた。

炭酸ジュースが好きな私とお酒が大好きな歌姫さん。お互いの好みはバラバラだったけれど、歌姫さんはテンションも高く話しやすくて道中様々な話ができた。その時間はお姉さんができたようで楽しかった。
明るい空気の私たちに反して、移動中に曇っていた空はさらに重暗さを増していき、今にも雨が降りそうだ。
傘は持ってきてないんだよなあ。
任務も終わり、新幹線に乗るため駅まで歌姫さんと来ると、少し時間に余裕があった。私はふと見上げると建物の隙間から空の色が見えた。
「私は五条が嫌いだから、あいつになにがあろうと知ったこっちゃないんだけどね。まあ、奴の側にいてくれる子がいて良かったわ」
空に視線を向けていると、隣から静かな音の声が聞こえてきた。さっきまでお互いはしゃいでいいたから、先程とは違う歌姫さんの温度差にびっくりしてしまう。
「悟に何かあったんですか?」
「本人から聞いてない?…去年、五条の隣にいた子達が次々消えたのよ。」
「消えた…?」
そんな話は聞いたことがなかった。悟は隠すつもりなのかはたまた忘れてただけなのか。その先を聞いていいものか、知って後悔しないか、なんだか嫌な予感がする。
人混みの音がどんどん遠ざかっていって、自分の鼓動が徐々に大きくなっていった。耳の内側がどくどくと嫌な音が響く。
「1人は付き合ってた子で呪霊との戦闘中亡くなって、もう1人は村の住人全員呪殺して逃亡したのよ。中々ないでしょ。」
歌姫さんは思い出しているのか、細い腕を組みながら遠い目をしていた。
去年そんな凄惨なことがあったなんて。思ったよりも近い出来事に驚愕する。確か悟が急に構ってくれたのも去年だった気がする。もしかして、悟が構ってくれる理由って…
「いけない。そろそろ時間じゃない?」
言葉を失う私を見越してか、歌姫さんからかけられた声に私は我に返った。
「…ですね!今日はお世話になりました。」
両手を重ねて家で教わった角度通りにお辞儀をすれば、またねと歌姫さんから返ってきた。
「あ、あと」
背を向けて歩き出そうとすれば、また歌姫さんから声がかかった。何か忘れ物だろうか?
「五条と付き合うの、無理しない方がいいわよ。いつでも相談にのるから何かあったら言いなさい」
私は去年の話で頭が一杯で、なんと返したら良いのかわからずこくこくと何度か頷き返した。歌姫さんはさらに手を振ってくれたので慌てて振り返した。
なんだかとても息が苦しい。最後の最後に爆弾を食らった気分だ。それも任務よりもダメージが大きいほどのだ。
悟は秘密主義だし、私には隠し事ばっかりで、私には言いたくないことばかりなのも気づいていた。私に言ったところで状況が変わるわけではないし。でも言ってくれなかった事実に少し凹む。長い付き合いでなんでも話したいのに。水臭いじゃん。
もしかすると2人のうちのひとりが『すぐる』なのだろうか。今でもあの大晦日の日に悟が花開くように嬉しそうに話す顔が浮かぶ。
私の前では嬉しそうに笑ったことなんてなかったのに。悟から笑顔を引き出せる人たちだった。

話を聞いた時は上手く咀嚼できず、消えてしまったその人たちに一生敵わない気がした。悟の一番には永遠になれないのかもしれないと。
でも悟が優しさを表面的に見せるようになったのは、その酷な経験からかもしれない。
残された私が悟を支えなきゃいけないのに。泣いていたらまた心配かけるだけだ。