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少女は光に手を伸ばす(1/3)


悟よりも電話帳の先にのる名前を見つめていると自然とため息が溢れた。
「うわばみざきくん…」
結局、クラス会に参加して、いろんな子と連絡先を交換した。もちろん蟒蛇崎君とも。
私から送ることはないけれど、時々他愛もないメールをする程度。テストとか部活のこととか。頻繁に遊ぶこともないからお父様にはバレていないと思う。
「呼んだ?」
机に突っ伏していたら頭上から声がかった。いると思わなかったら、驚いて勢いよく顔を上げた。
部活は引退したと言っていたから、とっくに帰っているものかと。
「わ、いたんだ」
「参考書忘れて取りに来た。白雪も勉強?」
「うん、課題してた」
「遅くなると危ねえよ。」
「そうだね、もうすぐ帰ろうかな」
気づいたら夕日が沈んでいた。家になるべく帰らないようにしていたから、毎日帰るのはこれよりも遅い時間だ。学校にいたと言い張ればお父様も怪しまないしね。
「途中まで一緒に帰ろう」
「あー…うん、ありがとう」
蟒蛇崎くんはこういう優しいところがあるから、女の子たちからモテる。好きだとか告白してみようかなとかそういう噂をちらほら聞く。だから、私といたらあらぬ噂がたちそうで、彼と行動するのは少し億劫だ。優しいんだけどね。

街灯が等間隔に灯る道をとぼとぼ歩いていれば、金木犀の香りが風に吹いて流れていった。秋だなあと少し肌寒さを実感していたら、蟒蛇崎君が口を開いた。
「白雪は進路決まった?」
「決まってるよ。」
「大学?それとも就職とか?」
珍しく踏み込んだことを聞いてくる蟒蛇崎くんに狼狽えて、少し言葉に詰まる。あーとかえーっととかなんとか言葉を繋いで、なんと言おうか考える。そうしていると、彼は控えめに笑った。
「言いたくなかったらいいよ」
「あの、違くて、その…言ったら引くと思うんだけど…。」
「引かないよ」
彼の優しい微笑みに気が緩み、擦り合わせていた親指と人差し指の力が抜ける。なんだか言ってもいい気がして私は徐に口を開いた。
「お嫁さん…なの」
「お、お…?」
ちらりと蟒蛇君の顔色を伺うと、キョトンとした顔をしていた。
ああやっぱり言わなきゃよかったな。蟒蛇崎君はよく相談にも乗ってくれるから、ついつい話したくなってしまったことが言ってから後悔した。だって頭おかしいなこいつって顔してるし。
「それはあの背の高い人?」
「ううん。お父様が決めた人」
「え…うわ、なんか浮世離れしてんな」
「だ、だよね」
私は苦々しく笑った。浮世離れか…。と心の中で彼の言葉を反芻する。一般の人たちから見たらやっぱりそうだよね。私もこの家柄にはうんざりしている。でも悟に一番近づける家でもあるから、自ら離れようとは思っていないし受け入れている。その姿は彼には異様に映るだろう。
「白雪はそれでいいの?」
ぽつりと呟いた蟒蛇崎君の言葉に、心がヒヤリとした。私はこれでいいのだと、自己完結していたが、心のどこかで拒絶している自分がいるのも確かだ。それを見透かされたような気がした。
黙っていれば図星だと思われてしまうかもと、焦燥感が募り、慌てて「うん…平気」と応えた。
蟒蛇崎君は「そう…」と一言きり。それから駅まで何も言わなくなってしまった。私もなんだか気まずくて、なかなか話しかけづらかった。
到着した電車に乗り込めば、この時間は空いており、二人で並んで座れた。すると同時に、彼はあのさと口火を切った。
「俺と付き合うのはダメなの?」
「うえ…?」
「好きなんだ、白雪のこと」
一瞬時が止まって、彼の顔をじっと見つめてしまった。好きだと言われたのは初めてだったから、人からの好意を受けることに慣れていない私は、どこにそれを入れる場を作ろかと悩んだ。悩んだ末に蒸発してしまった。
「すき…?」
「うん」
彼は大きく頷いて、不安気な瞳でこちらを見てくる。電車の走行音がやけに遠くに聞こえた。
「蟒蛇崎君は、人気者だよね?」
「ん?」
「なんで、私なんかなのかと。」
「あはは、白雪はおもろいな」
笑われてしまった。こういう時、なんと返せばいいかわからなかったから。そして彼が私を好きになるなんて、いつ、どこであっただろうか。
「上手く言えないけど、白雪がいいと思った」
そうなんだ、と苦し紛れの相槌を打つ。そう言われても全く何も感じなかった。蟒蛇崎君を好きな子達ならきっと嬉しいんとか思うんだろうな。
この場合なんと言うのが最適解なのか、なるべく彼を傷つけないようにこの場をやり過ごしたかった。
「ごめんね、全然気持ちに気づかなかった」
「うん、だと思った。少しは意識して欲しくて言ったから。」
「でも私、蟒蛇崎君とは…友達でいたいな。」
断るのも慣れていないから、もじもじとスカートのプリーツをいじり視線を落とす。
上手く言えただろうか。この言い方で合ってるのだろうか。
彼には私よりも素敵な子が沢山いるし、好意を寄せている子と幸せになってもらいたい。優しい人だし。
「わかった。友達でいてくれると俺も嬉しい。」
恐る恐る顔を上げれば、彼はいつもの爽やかな笑顔を浮かべていた。その笑顔になんだか安心してしまい、ぎこちなく笑い返した。
「これ、友達の印ね」
はいと渡されたのは、小さな包みに入ったりんご味の飴だった。
「あ、ありがとう…」
蟒蛇崎君もいつも飴持ち歩いているんだ。男の子って飴好きな人多いのかな。
それからすぐに電車は彼の降車駅に着いて、蟒蛇崎君は降りていった。
私はフラれることに慣れているが、普通の人はどう思うだろう。友達でいて欲しいなんて図々しすぎたかなあ。久々に頭を使ったので、糖分補給をしようと舌に飴をのせた。

車窓の奥の流れる景色を呆然と眺めていたら、あっという間に終点の最寄駅に着いてしまった。
一歩ホームに降りたところで、体に違和感が走る。足が進まないのだ。
どうして…。何も出来ず困惑していれば、背後でドアが閉まるアナウンスが流れる。早くホームに降りなきゃ、このままでは挟まれてしまう。焦りと混乱で目の前がクラクラした。
私が戸惑っていると、車掌さんが駆けつけてきてくれて、なんとか挟まらずに電車から降りられた。
足が攣ってしまったのだろうか。なんだか不気味な感じがしたし、怖いなあ。

「おかえり」
いつもは駅を出た道は、街灯が少なく暗いのに、予想外のことに今日は悟が立っていたから、一際明るく見えた。
いつもの私なら飛びつくところだが、春の出来事がフラッシュバックしてしまいそれは躊躇われた。
「さ、悟…!おかえりはこっちの台詞だよ…どうしたの?」
「任務だけど。てかお前、なんか変じゃね?」
「そ、そうかな…」
サングラスを外してマジマジと見られると照れてしまう。確かにさっき少し体に違和感を感じたし、悟が気づくということは、呪力の問題だろうか。
「呪力の流れが止まってる。」
「え?」
さらに顔を近づけられて、硬直する。鼻先数ミリに悟がいる。でもきっと触れられないんだろうな。どくんどくんと脈が上がるにつれ、息苦しさを感じた。悟は徐々に顔を険しくしていく。
「呪霊と戦った?」
私は首を横に振った。喋ろうと思ったが、上手く呼吸ができなくて話すことができなかった。
なんだか、体がおかしい…。
悟に知られたくなくて、隠そうと一歩足を引こうとすれば、また痺れたように動かない。術にでもかかったようだった。私が動いたと同時に、悟に腕を取られた。
制服を肘まで捲られて、離そうとしたい意識はあるのに、自由が効かなかった。
「なんだこれ」
私も自分の腕を見てギョッとした。何これ、自分の腕に細長い痣のようなものができていた。それは絡みつくように腕全体にできていて、私は恐怖で言葉を失った。
どうしよう。どうして、いつの間に。
朝着替えた時はなかったはずだ。教室でシャーペンを握っている時も。
混乱する私をよそに、悟は私のスクールソックスをおろして、スカートを捲った。何をしているのかと、止めようと手を動かすが、力が入らず弱々しい抵抗にしかならなかった。
「痣が増えてく…」
「さとる…や…」
人気もなく、薄暗いところでよかった。こんな状況は側から見たら痴漢してるように見られてもおかしくはない。やっと声が出せたのに、悟はまじまじと私の足を見るのを止めてはくれない。
見下ろせば、私の足を這うように痣が伸びていった。まるで、まるで蛇みたい…。
「急いで俺ん家行くぞ」
血相を変えた悟に抱えられ、一瞬にして悟の家に飛んだ。
何が起きたのかわからず、私の意識はまだ駅前に取り残されていた。
悟は瞬間移動もできるの?いよいよスーパーマンよりももっと強いスーパーヒーローじみてきた。やはりかっこいいと苦しい状況にも拘らず惚れ直してしまった。

部屋に着けば、抵抗する術無く悟に押し倒されて、服をどんどん脱がされた。気づいたら下着1枚にされ、嫁入り前の娘になんてことをするのかと、悟を睨むしかできなかった。
お嫁にいけなくなる…。こんなあられもない姿を晒して、恥ずかしくて穴があったら入りたい。
「まずい、全身に広がってる。」
顔から火を噴いている私とは対照的に、悟は冷静に淡々と状況を把握しているようで、少し焦っているようにも見える。いつも余裕ぶっているのに珍しい。
「最近、この地域で若い女性が狙われるケースが増えてる。その殆どが原因不明の心臓麻痺。呪力や術式を持っているが、その自覚がない子が対象にされていた。」
説明を始めたが、全く話についていけない私は首を傾げるしかできない。
「お前も狙われたんだよ。術式が遠隔で発動されてる。術師本人を倒さなきゃ解けねえ」
言ってることが理解できない上に、なんだか、ますます呼吸がしづらくなる。浅い呼吸を繰り返していると、意識が朦朧としてきて、悟が何に怒っているのかわからない。
「くるし…」
どくんと脈打つと、今度は首を締め付けられるようだった。私は苦しさから悶え、首を押さえ背が仰け反った。
「さと…たすけ…」
視界が狭まる寸前に、悟に腕を伸ばしたが、届くことなくぷつりと途切れてしまった。