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少女は苦悶する(2/2)


「まーた料理してんのかよ」
「ざどる…」
流れる血と涙はそのままに、考え事をしていたらいつの間にか悟が背後に立っていた。悟はこちらを覗き込むと、綺麗な眉を顰めた。
「げ、玉ねぎ切った?それに指?不器用なんだから落ち着け?泣いたら余計あぶねえだろ」
ばかばかばかと罵声を浴びせながら、また懇切丁寧に世話を焼いてくれた。蛇口を捻って水を流して指を洗ってくれたあと、近くのティッシュに手を伸ばしてぼろぼろの顔を拭ってくれて。一体支えられてるのはどちらの方なんだか。悟は昔から泣いてる私に優しい。
「消毒するからこっちこい」
私は何も言えずに頷いて腕を引かれるまま悟についていく。
こうして寄りかかって、足を引っ張って、今は家の中で済んでいるがこれが戦闘になったら?間違いなく迷惑をかけてしまう。それだけは、嫌だ。
「自分でやる…」
救急箱から消毒と絆創膏を取り出した悟は、じとりとこちらを一瞥した。
「悟にばっか頼ってたら…だめだから…」
悟は私の指に視線を落としたあと、ん。と短い返事をして少し立ち位置をずらした。
「なんかお前見てるとなんでもしてやりたくなるっつーか。なんつーか」
悟はもごもごと口篭った。何を言い淀んでいるのかそれがまた気がかりだった。もしかすると、また何か隠そうとしてるのかと、私はやるせなさに視線を逸らした。
「それって、元カノ思い出す…とか?」
「はあ?」
悟の剣呑な声に一瞬で空気がひりついた。あ、私のバカ。そう気づいた時には既に遅く、視線だけ向ければ悟はサングラスをずらしてこちらにガンを飛ばしていた。
「なんでそうなんの?てかどっから元カノでてきた?」
両頬をむぎゅと悟の片手で挟まれながら、首を悟の方に向けさせられた。
上手く話を逸らせない私は歌姫さんから聞いたことをそのままぽつりぽつりと話した。それを聞いた悟は暫し沈黙の後、深く深く溜息を吐いた。
「あのなあ、あいつのことは一切思い出したこともねーし。お前とは正反対のやつだから思い出すきっかけにもなんねえよ。」
「ほっか…」
頬を掴まれたまま話すと情けない言葉がでた。悟の言葉に安堵したのもあるのだろう。
「ひゃとるは二人がひなくなって、悲ひくなったりひないの?」
「そうなるべくしてなったことだし」
俺が救えなかった。それだけ。と落ち着き払った声で応える悟。
それを聞いた私は悟の精神力の強さに感服してしまった。いつも私を守ってくれて逞しく見える背中は、この考え方から来てるのかと。少しだけ悟の事がまた知れた気になった。
「お前といれる時間が俺の数少ない癒しよ」
「ほんと…?」
ほんと。と言った悟は私の頬を掴んだまま、唇を寄せてきた。
軽くリップ音が鳴り、甘い言葉と初のちゅーに私の頭の中は真っ白になってしまった。
悟とお付き合いしてから、こんなに甘い空気になったことがなかった。いつも幼馴染の延長線のまま過ごしていたし…。
悟は固まったままの私を不思議に思ったのか覗き込んでくると、大きな瞳がゆっくりと細められた。
「しゃーねえから消毒してやるよ」
私の姿を見てほくそ笑んだ悟は消毒液を取り出した。
「いいもん!照れたりとかしてないもん!」
黙ってればいいものの、余裕綽々な悟を見てついカッとなってしまい、私はムキになって救急箱を取ろうとするが、悟の背後という届かない位置に追いやられた。
「お前見てると可愛がりたくなるんだなーそうだわ」
犬みたいなもん。と何故か一人納得した様子で、悟は私の指を掬ってきた。
「はいおて。」
「な、なんでよ!犬じゃないし!一人でも出来るし!」
とは言いながらも悟にされるがままで。なんなら触れたところからじんわりと熱を持ち、指先が熱くなる。熱すぎるくらいだ。悟への思いを全く隠しきれない。
「俺の事大好き〜って全身にでちゃってさ。本当は嬉しいくせに」
へらへらと笑いながら、悟は消毒を終え絆創膏を巻いてくれた。さすがの手際の良さだ。
「ねえ…悟。悟が構ってくれるのは、二人のことがあったから?」
ふと蘇る疑問に、また心の靄が立ち込めてくる。二人が悟の隣にいたら、私は要らなかったんじゃないか。そんな疑問。
私の言葉を聞いた悟は自分の頬を片手で掴み、むにと頬を潰して空を眺めた。
「んーいや、お前が死にかけた時初めて気づいたんだよね。お前が誰かに取られるのも死なれるのもすげー嫌だなって。だから大事にしたくなった?」
「そ、そうだったんだ…」
なぜか疑問形だったが、またもやド直球な言葉に、靄なんてどこかへ吹っ飛んでいった。かわりに抑えきれないくらい鼓動が早鐘を打つ。急激な羞恥心からもじもじと手当してもらった指を撫で視線を落とした。
「私…私もね、悟のためならなんでもできるよ」
指先に落としていた視線を上げて悟を見つめた。悟のためなら火の海だって泳げるし棘の山も登れる。地獄だって天国だってどこへでも行ける。
「じゃあさ俺の夢手伝ってよ」
「手伝わない!私が叶えてあげる!」
「んー…ま、それでもいっか。よろしくね」
「うん!」
俄然やる気がでてきた。
何としてでもこの手で夢を掴む。それは悟の夢だけど、悟の夢は私の夢!どこかの漫画の主人公のように私は燃えた。