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少女は歩き始める(2/2)


高校を卒業したあと、家出もしてアパートに住み始めた。そんな本家よりも手狭な部屋に、悟はよく遊びにきてくれる。
それに家事も手伝ってくれる。
いつも悟がご飯を買ってきてくれたり作ってくれるから、今日は私が手料理を振る舞おうと思っていた。
思ってはいたのだが、いかんせん、刃物の扱いがわからない。そして今回作ろうと思っていたカレーは下準備が大変だということを知る。
ルウのパッケージを見ながら、野菜はどう切るのかと答えのない問いを探す。
…料理って難しいなあ。

「え、何してんの」
声のする方へ振り向けば、いつの間にか遊びにきてくれた悟がいた。悟は合鍵を持っているから、チャイムも鳴ることがないため気づかなかった。
「何って料理だよ。」
にっこり笑って包丁を持ち上げる。悟は眉間に皺を寄せて、見るからに不快を示した。
「ばかばかばか、お前そういうの出来ねえんだから無理すんなって。まずそれ置け?な?」
刃先を向けられた悟は慌てたようにそう言って、私の手の上に悟の手を重ねてきた。そのまま握っていた包丁を解かれ、まな板に置かれる。
「失礼な。料理くらいできるもん!」
先ほどまで下準備を困難だと思っていたくせに、むきになって言い返せば悟は深く吐息する。どうやら全く信用されてないらしい。
「…まず包丁の刃が逆になってる。そんなんじゃ何も切れないから」
峰打ちじゃあるまいし。と呆れたように言われた。またバカにしてきたなと思ったけど、包丁の使い方を教えてくれたので良しとしよう。
「それに人参はまだしもじゃがいもは皮むけよ。泥ついてるから綺麗にして」
いそいそと自分より低いキッチンに立ち、悟は下準備を始めた。
「悟詳しいね」
「…ジョーシキよジョーシキ」
常識かあ。家だと作られたものが出てきたし、学校の調理実習もできる子たちに任せてほぼ何もしてなかった。
料理ができるのは人としての嗜みなのかもしれない。人間は食べなきゃ死んじゃうしね。
悟は家の人から教わったのかな。悟ができるなら私も出来るようになりたい。
「私も手伝うよ」
小首を傾げて悟を見上げれば、え?と嫌そうに言われた。なぜそんなに腫れ物を扱うかの如く拒絶反応を出してくるのだろう。
「お前指とか切ってぴゃーぴゃー騒そうだし大人しくしてて」
「ぴゃあ?」
なんだその小鳥とも猫ともつかない鳴き声は。そんな声出す訳ないのに。勿論ぴゃあと騒いだりだってしない。
私はぶすくれて作業している悟の足を小突いた。
悟が来ない時に練習してフレンチとか作れるようになっちゃうもんね。
拗ねていれば悟はしっしと私をソファに追いやった。果てには邪魔者扱いしてくる始末だ。されるがまま私は座って待機することにした。

「そういえば、クソガキボコったんだって?」
「ぼこっ!?違っ!それには訳があ…!」
「ふーん」
「もうなんで悟が知ってるのお…」
まさか数ヶ月前の出来事を今更聞かれるなんて…。
ソファで待っていようと膝に置いていたクッションを抱き締める。悟には隠しておこうと思ったのに。
だって物騒な女は可愛くないし…。

「んで呪術師やんの?」
「うん!フリーで営業する!」
「わざわざこっちにこなくてもいいのにねえ」
「…?何か言ったー?」
まな板と包丁の音で悟の声がよく聞こえなかった。
「別にー」
「…?」
そんなに部屋が広いわけではないが、聞こえづらいのは気になるので、そそくさと悟の近くに寄った。
丁度鍋に食材を入れているところで、これなら私にもできそうだと思った。

「なに?危ないよ」
「悟の声が聞こえないから近くに来ただけ。邪魔はしないよ」
「そんな大事な話じゃないからあっち行ってろって」
「もー!そんな邪魔者扱いしないでよお!」
「ああもう、うざいうざい」
服の裾を引っ張って駄々をこねれば、ぴっぴと手を払われた。いつもの如く軽く喧嘩じみたやり取りを交わし、そんなに言うならと私は大人しくソファに戻った。

「呪術師やるよりさ、一般教養身につけた方がいいんじゃない?」
ことこと煮込まれている鍋を見るに、悟は工程がひと段落したのか、ソファにきて隣にこしかけた。ゆっくりと左腰が沈み、気付かれないようにそちらに擦り寄った。
「たとえば?」
「家事全般」
「花嫁修行ってこと?気が早いなあ悟クンは」
こてんと首を悟に傾ければ、うぜえと言いながら腕で押し退けられた。
うざいうざい言いすぎでは?でも悟のことだから可愛いの裏返しなのかな?と、自分の都合よく考えることにする。

「これからはお前一人でも生きていけるようにならなきゃだろ。」
「それは、そう」
「お前は教えられる前提にもいないから時間かかりそうだけど…。まあ俺も教えるし、見て学べ」
「はーい」
満面の笑みで返せば、サングラス越しに疑いの目線を向けられた。絶対出来ないと思ってる顔だろう。でもその視線を向けられるのも今のうちだ。完璧な家事職人になって悟をギャフンと言わせてやる。

とはいえ、あの時勇気を出して家を出てよかった。隣にいるのが悟ではない他の男の人だったらと考えるだけで、心に重苦しい闇が広がって視野も狭まる感覚だ。
あの時動き出さなければ、この幸福は手に入らなかったのだと改めて実感する。