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少女は愛に包まれる(2/2)


外から漏れる楽しそうな声とは相反する自分の啜り泣く声は、廊下の人に聞こえたら、それこそお化けのようだと思い、ゴシゴシと涙を拭った。
しかし静かな空間は一瞬だった。勢いよく開いた扉の音が静寂を切り裂いたのだ。店員が来たのかと私は驚きで俯いていた顔を上げた。
部屋に入ってきた人物と目が合うと、私は慌てて部屋の隅まで移動した。なんで場所がわかったのかとか、聞きたいことはあったが、もう会わないと決めた手前、あわあわとしか出来なかった。
「帰るぞ」
部屋に入ってきたのは悟だった。扉の勢いとは対照的に、一糸乱れぬ姿で入り口に突っ立っていた。
離れなきゃいけないという意識が一番に働き、私は首を勢いよく横に振った。
悟は呆れたように溜息を吐いて、私の横まで長い足を運んできた。私はさらに隅に行こうと体を縮こまらせた。
「来ないで…!」
「悪かったって。」
普通、逃げた相手にここまでついてくるだろうか。放置されるものだと思っていたから、来てくれたことに少し嬉しさがあった。そして、謝ってくれるとも思わなかった。
体を縮めるのに入れていた力を徐に緩めると、それを見た悟は仰々しく隣に座った。また驚きでびくりと肩が揺れる。
「もう会うの良くないのかなって…。一緒にいると苦しいし。」
早くここから立ち去りたそうな悟は、立ち上がって腕を引っ張ってくるが、私は座ったまま抵抗した。
私が言うことを聞かないからか、悟はムッと眉を顰めた。
「クソガキが言ってたこと気にしてんの?」
「き、聞いてたの!?」
「あいつの声がデカくて聞こえたんだよ。」
悟は不可抗力だと言わんばかりに唇を尖らせた。まさか義弟との話を聞かれていたとは。
「そうだよ。気にしてるの!私といると迷惑かけちゃうし…」
「迷惑なんて俺が決めることだろ。俺が良ければお前と居たいの。わかった?」
物分りの悪い子を窘めるように気を付けているのが見て取れた。それほど私に気遣ってくれているのに、それでも私は食い下がった。
「私じゃなくても悟には沢山友達がいるんだし…か、彼女だっているんだから、放っておいてよっ…!」
懸命に練り上げた嘘は悟の目を見て言えず、少し声が震えてしまった。
本音は毎日構って欲しいし、遊んでいたい。学校のこととか最近の悟のことも、なんでも知りたいから話も沢山したい。
でも私と居たら悟が危険な目に遭うし悪く言われてしまう。私が強かったら自分でなんとかできたのに。こんなダメダメな私だから…こうして無理矢理手を引き剥がすしか出来ない。
悟もこんな我儘な女には愛想を尽かすに決まっている。だからこれでいいの。そう自分に言い聞かせた。

悟の腕は離れ、そのまま出口へ向かうのかと思ったが、再度隣に座り先程よりも気配が近づいた。
伏せていた目線を持ち上げれば、骨ばった指先が頬に触れた。
いつの間にか滝のように流れていた涙を、悟は優しく腫れ物を扱うように拭ってくれていた。
悟の紳士的な仕草に驚いて目を見開く。
今までの悟とは違う、やはり何か変わったのだと感じ取った。

「やさしく…しないで…」
号泣したことにより、さっきの言葉は嘘だとバレただろう。だから今迄の悟なら慰めなんてしてこなかったのに、切なげにこちらを見つめてくるのかもしれない。
どうしてそんな顔をするのだろう。いつものように意地悪く、にやけ面を携えてはくれないか。そして背を向けて歩き出して欲しい。
このままだと期待して、どんどん悟に嵌って、離れられなくなる。それが怖かった。

「めそめそしてる奴放っておけるか」
「悟…おねがい…」
「いやだ」
こんな所で意地の悪さを発揮しないでほしい。そんな優しく触れないで欲しい。相反する気持ちに藻掻く度、苦しさから涙がとめどなく溢れる。
「悟のことどんどん好きになっちゃうからあ」
お願いだからやめてと言う前に私は悟に引き寄せられた。そのまま懐かしい匂いに包まれたかと思うと、気づいたら悟の腕の中にいた。
「お前の為だと思って避けてたけど、どのみちお前のこと傷つけて悪かった。本当は俺も…」
そう言いかけて、背中に回された腕に力が入り、さらに悟の胸に押し付けられる。
俺も、なんだろう…。
その先を期待していいのだろうか。それを聞いてしまったら、私達の関係はどうなるのだろう。
「俺もお前のこと大事にしたいから…」
そこでまた悟の言葉は途切れてしまった。核心に触れることは言わないように、次の言葉を探しているようだった。
私達が普通の男の子と女の子だったら、悟をこんなに悩ませることもなかったのに。全て生まれた家が悪かったせいで…。私はひんやりと心が冷えていくのを感じ、涙がすーっと引いた。
「ありがとう悟…もういいよ。ごめんね…」
腕の中から逃れようとすると、閉じ込められる力がさらに強くなった。悟?と顔を上げて表情を見ようとすると、後頭部も掴むように肩口に押さえられた。
少し苦しくて、ぶつけた額が痛む。
「よくない。お前がこのままどこぞの馬の骨に取られるなんて嫌だ。考えただけで吐きそう」
「ど、どうしたの急に…」
「跡継ぎ産むために宛てがわられる男にも他の誰にも取られたくねえの」
「さ、悟は私のこと…好き…?なの?」
「好きとかとっくに超えてる」
どきどきと鼓動が悟に聞こえてしまいそうな程高鳴った。
悟も私と同じ気持ちなんだ、こんなに嫉妬してくれていたんだ。だがまだ少し気になることもある。
「か、彼女さんは…いいの?」
「もういねーよそんなの。」
「そ、そっか…」
私は気掛かりだったことが解けて安堵した。
だが不安な気持ちはまだ拭えないまま、ゆっくり悟の背中に手を回してシャツを掴んだ。
「このまま付き合えたらいいのに…」
「は?この流れは付き合う流れだろ」
「でも…お父様がなんて言うか…」
「もういいだろ。クソガキに全部投げれば」
「家出るってこと…?」
「そ。俺と暮らせばよくね?」
その発想はなかった。そうなれば願ったり叶ったりだけれど…。
「さ、悟には何か言われないかな。親不孝者の娘と付き合ってるとかなんだとか…」
「気にしなければいいっしょ。頭硬い奴らの言うことなんて。」
「そ…う…?」
やはり私のせいで悟が悪く言われてしまうのはいたたまれない。
シャツを掴んでいた手を緩めた。それに反比例して悟の腕の力が強くなる。苦しすぎるくらいだ。
「さとる…いきが…」
「俺の思い伝わった?」
私は必死に頷けば、苦しみがやんわりと和らいだ。私は何とかはふはふと荒ぶる動悸を抑えることに専念する。
悟がこんなに思ってくれているなんて、キャパオーバーすぎる。嬉しいのか苦しいのか自分でもよく分からない。
でも今は悟の腕の中にいれるこの時間が、もう少しだけ長く続いてほしいと思った。
「親父さんも話せばわかってくれるって」
「うん…話してみる…」
お父様と話すなんて億劫だが、悟が居てくれたらそんな気持ちも吹っ飛んだ。
ちゃんと話して、自分なりのケジメをつけようと思った。