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少女は光に手を伸ばす(3/3)


気が付いたら真っ暗な場所で寝転んでいた。
ここはどこだろうと辺りを見回そうするが、首が苦しくて動かなかった。
すると突然目の前に蟒蛇崎君が現れた。蛇のように神出鬼没で、暗闇から飛び出してきた予期せぬ人物に驚いて目を見開く。
伸ばされた手は起こしてくれるのかと期待したが、彼の手は私の手を通り過ぎ、みるみる近づいてきて首ににかかった。そして躊躇なくきつく締め付けてきたのだ。
何でそんなことをするのか、聞こうにも声が出せなくて、その間にも体中に蛇が巻きついてくる。優しい彼からは想像つかない凶暴性に恐怖で泣きそうだった。
やめて、お願いと目で訴えかけるが、彼は無表情だった。冷えきった彼の目尻からは静かに一筋の涙がこぼれ落ち、私の頬に当たった。

「ぐはっ」
息の詰まる苦しみから解放され、私は大きく息を吸い込んだ。ぜーはーと肩で息をしていると、徐々に涙で滲んだ視界がクリアになってきた。
「おお生きてたか」
声のする方に向けば、白い頭髪が目に入った。目線をさらに下に辿れば、畳に悟がしゃがみこんでおり、頭部を頬杖ついた手に乗せていた。悟は起きた私に気付くと、伏せていた顔をゆっくりとこちらに向けた。
あれ、なんで悟がいるの。と混乱したが、そういえば悟に会ったくらいに、息苦しさに襲われたのだと思い出す。
顔を見ただけで安心感からまた涙が溢れた。よかった、苦しくてもう駄目だと思ってたのに私生きれたんだ…。
「さとる…」
「ん?」
「しんじゃうかとおもった…」
堰を切ったようにずびずびと泣き出す私に、悟は溜息を吐きつつ、横に置いてあるティッシュを取って私の顔に投げつけてきた。
優しいけどどこか荒々しい扱いに懐かしくなりながら、ティッシュで拭こうとすると、自分の左手が塞がっていることに気づいた。とりあえず今は右手でティッシュを拭って悟を一瞥する。
「悟、手離して大丈夫だよ。」
「ばか、お前が離さねえんだよ。」
あくまで私が悟の手を握っているから仕方なくと言いたげだ。そういうことにしておいてあげよう。なんせ苦し紛れだったから握った記憶がないのだ。
「でもずっと握っててくれたんだ…」
嬉しかったが照れてはにかめば、悟はむすっと顔を顰めた。照れ隠しかなと私はさらに笑みを深める。
「はーうざ」
「な?!な、んでウザイとか言うの?私は悟ならいつでも離すこと出来ると思って…」
ぼそっと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。言い返しながら、悟の手を強く握り締める。
「はいはい離すぞ」
「えーやっぱり嫌だ。もうちょっと握ってて」
「お前なあ…」
いざ離されそうに手を緩められると、悟と触れ合えているこの機会が名残惜しくなってしまった。もう少しだけこの時間を堪能したかった。死にかけた私に少しくらいいい夢を見させて欲しかったのだ。

…夢といえば、悪夢を見た気がする。
それがどんな夢だったのか、内容を思い出したくてもシャッターが閉じられたように思い出せない。
思いだそうとうーんと唸ると、悟が不安げな表情で覗き込んできた。口には出さないが心配してくれているのだと、少し嬉しくなるが、これ以上迷惑かけまいと慌てて笑顔を取り繕った。
「なんか変な夢見た気がしただけ。思い出せないから大丈夫だよ」
「それってうわばみざきとかいう奴?」
名前を聞いた瞬間、夢の内容が脳内を駆け巡った。
そうだ、私は身動きが取れなくて、首を絞められてて、でも彼は泣いていて…。
「あ…!そう!よくわかったね!」
「寝言で呟いてたぞ」
まじかと驚いて声が出た。随分と魘されていたようだ。
「リアルだったんだよねえ。首絞められててさあ、苦しくって…夢でよかった。」
夢のことを思い出しながら、空いた右手で首元にそっと触れた。生々しい感触が蘇ったが、まさかあの優しい彼がそんなことするはずないよね。
「…だな」
悟は微妙な間の後、私から目を逸らした。何か隠し事をする時、昔からそうしていたのを思い出す。だからつい気になって追求してしてしまった。
「悟どうかした?」
「は?何が?」
「何かあったのかなって…。」
「ねえよ。俺忙しいからもう行くわ。」
「え、ちょっと待ってよ、まだ色々聞きたいことが…!」
「話すことなんかねえよ」
ピシャリと言い退けて、悟は立ち上がり、あっさりと手を解かれてしまった。
私はなんで急に気を失ったのか、ここはどこなのか、どれから訊こうか考えてあたふたしていると、悟の長い足は一瞬で襖までたどり着いてしまった。
慌てて布団から起き上がろうとすれば、足に力が入らなくて、派手に転げ落ちる。
どすと鈍い音がして、もう何やってるの私!とむずむずと湧き上がる恥ずかしさに唇を噛んだ。

「大丈夫かよ…」
しかし幸か不幸か、悟は気づいてくれて、呆れたような表情でこちらにまた戻ってきてくれた。
「ご、ごめん…みっともないよね。」
拳を強く握り締めると、自分の着丈よりも長い袖がするりと落ちてきた。そういえば、こんな服を持っていただろうか。
「病み上がりなんだからすぐ動くなよ」
私の肩を掴みながら、悟は優しく支えてくれる。
「あ…りがと」
どきどきしながら悟の肩に腕を回せば、思ったよりも近づく顔を見ていられなくて、視線を足下に落とした。
悟は避けようとしてくるのに、こうして私が困っていれば手を差し伸べてくれる。嬉しいのに、素直に喜びたいのに、それがどうしようもなく胸を苦しくさせる。
苦しみに気づかないフリをして、俯いたまま悟の肩を借りて布団に戻れば、今度は離さないように袖を摘んだ。動きを止めたままの悟を徐に見上げる。
「あ、の、色々教えてほしい…な…」
「なんだよ」
ぶっきらぼうに返されたが、見下ろされる冷たい視線に負けじと口を開いた。
「私、なんで倒れたんだろ?それとここ悟の部屋じゃない?なんか見覚えあるし…あんまり居座らない方がいいよね」
「…疲労だったんだろ。俺の部屋だし誰呼ぼうが俺の自由だから。しばらくここで安静にしてて。」
そうは言うが、倒れた理由にしては不自然に思えた。腕に痣のようなものがあった気がするし。ぶかぶかの袖を捲れば、まだ赤みが引いていない線状の痣が残っていた。勿論疲れることに心当たりがなかった。
「そっか…でも変な痣あるよ。それにここにいたらお父様になんて言われるか…」
ほら、と腕と一緒に見せれば、悟は少し眉を吊り上げた。
「ここに居てもそんな問題ないだろ。あと痣は…」
そこで言葉に詰まった悟に、続きを期待してじっと見つめた。
だがなかなか口を開かず、こちらを見つめ返してくる悟に、痣は?とダメ押しで訊いてみる。悟は観念したのか深くため息を吐いて口を開いた。
「本当のこと言うと、痣は呪詛師によるものでその攻撃をお前が受けた。話せば長くなるけどその呪詛師が…」
そこでまた悟は言い淀んでしまった。
でもどうやら今の話から察するに、悟は私が倒れている間に呪詛師と戦っていたらしい。助けてくれたと言うことだろうか。
でも、それならなぜ黙っていたのだろう。
恩を売りたくなかったとか?
でもでもそんなの悟が気にするとは思えなかった。
「蟒蛇崎家の倅で…お前の同級生の奴…なんだけど…」
どんどんと尻窄みになる悟の声だったが、私の耳にははっきりと聞こえた。
「蟒蛇崎君が…?」
「悪い、黙ってようと思ったんだけど…」
「そんな変な気遣うの、悟らしくないじゃん」
「…俺が殺した」
刹那に重い沈黙が降りた。そうなんだ。と当たり障りなく言いたかったのに、思いがけぬ真実に喉が痞えてしまった。
呪詛師なら、悟が下した判断は正しい。
私も狙われたわけだし、運良く生き残ったけれど、殺されていたかもしれない。
かけられた術式を解くなら術師本人を殺せと、悟が狙われたら躊躇うなともお父様だって言ってたじゃないか。悟は躊躇いなく私を救う選択を採ってくれたのだ。
 でも、でも…でも蟒蛇崎君は、そんなことするとは想像できないほど優しい人だったから、相反する気持ちがそうさせた。
「そ、そうだったんだ。助けてくれてありがとう」
 無理に口角を上げて笑えば、悟は罰が悪そうに顔を逸らした。その態度に少し違和感を感じた。
 なんで?悟は正しいのに。いつもの悟だったら呆れて溜息吐いたり、悪態の一つや二つ付いてくるのに。随分としおらしかった。
 私が小さい時、誘拐犯や性犯罪者から私を守るためにそいつらを手にかけた時は、もっと堂々としていたのに。
 なんでそんな惑うことがあるのだろう。
「悟…?やっぱり変だよ?大丈夫?」
「まじでうぜえよ。いつも通りだっつの。」
「ううん、変だよ。私は悟の判断を尊重してるから、いつもみたいに自信満々な悟でいてよ。」
 必死に訴えかければ、サングラスの隙間から見える悟の綺麗な瞳が揺らいだ。
 すると悟はあーと唸り、自分の白髪をがしがしとかき混ぜた。
「俺でもナーバスになんの。ほっとけよ。」
 これで満足かと言いたげに睨み付けてくる。
 やっぱり、と己の勘が悪い方に当たってしまい眉を下げる。悟が初めて弱さを見せてくれた。なのに私にはなんの力にもなれない。だがそれでも放っておけなかった。
「私でよければ話聞くよ!いつも助けて貰ってるし…」
「いいからそういうの。」
「悟…」
 避けようとする悟の服の裾を摘んで、なんとか引き留めようと試みる。私は直ぐに悟に助けを求めてしまうが、悟が辛い時は誰に助けてもらうのだろう。悟を一人にだけはしたくない。
「誰かに聞いてもらってね、話さないと辛いからね。」
 私も蟒蛇崎君に聞いてもらったから少しはマシになったこともある。
 ああ、やっぱり思い返す程彼が人殺しなんて信じられないな。いやいや、私がここでナーバスになってどうする。ぺちと自分の頬を叩き、首を振った。
 悟は私の不可解な行動に、なんだこいつ。とぎょっと身を引いたが、私は逃がすまいと強く服の裾を握り直した。
「心配しなくても、担任に話した…から…離せよ…」
 私の強情っぷりに観念したのか、どうやら本当のことを言ってくれたみたいだ。私から目を逸らさなかったのがその証拠だ。
 なら良かったと、ほっとして悟の服から手を離した。
 私は布団から膝立ちで移動して、悟の腰に抱きついた。
勢いあまってしまったが、悟は微動だにしなかったから、なんだか硬い壁にぶつかったようだった。それ程悟は逞しかった。
「私はずっと悟の味方だから!ずっと傍に…は居れないけど、心はずっと悟の隣にあるからっ!」
いつも助けて貰ってるから、今度は私が悟を助けてあげたかった。守る力もない無力な私は、こうすることしか出来ないけれど。
「…わかったから…離せって」
おやっさんが来たらどうすんだよと言われ、私は渋々離れた。お父様を引き合いに出すのはずるい。でも悟の言う通りだ。お父様は多分悟のすぐ近くで待機している。いつ現れてもおかしくはない。こんな所見られたら怒られてしまう。
 口を尖らせて見上げると、悟と目が合った。珍しく穏やかな表情に目を瞬かせていると、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべて、私の頭を乱暴に撫でてきた。
 急に何をするのかと両手で悟の片手を制止させようとするが、うりうりと容赦ない手つきは止まらなかった。
 でもその大きな手に撫でられてるのは悪くなく、寧ろ安心した。少しいつもの悟に戻った気もしたのだ。悟にされるがまま、ゆらゆらと頭を揺らした。
 悟は満足したのかぱっとすぐに手が離され、私は名残惜しく見つめた。
「もう行っちゃうの?」
「ああ。服はそこに掛けてあるから着替えとけよ」
親指で示された壁に目を向ければ、自分の制服が掛けられていた。そういえばと己の服装を今一度見下ろせば、ぶかぶかのシャツに着せられている状態だった。
確か悟に強引に脱がされたような…。そこで倒れる直前の記憶を思い返して、ぼっと頬に火がついた。
「あ、ああ…み、みた?」
 涙目で悟をみつめれば、悟はうんざりとため息を吐いて眉を顰めた。
「今更恥ずかしがる仲でもないだろ」
 呆れたように言われた言葉に、胸の奥がむず痒くなった。
 それはそうだけれど、昔は一緒にお風呂も入ったけれど、小さい頃とは違ってこれでも年頃の娘なのだ。あの頃とはまた違うのだ。
 くう…ともどかしい乙女心を抱えながら胸元を握り締める。
 あれまてよ、ということはこのシャツって悟の…?
 太ももほどの着丈と、手がすっぽりと隠れる程の長さや、仄かに香る悟の匂いに、また別の意味で熱くなってきた。
きっと茹で蛸のようになっている顔を晒したくなくて、両手で覆った。
「むりむりむりっキャパオーバーだよお」
「ほんと忙しない奴だな」
さっきからころころ変わる態度の私に悟は呆れていた。