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少女は闇に羽ばたく(2/2)


その後、閉じ込められた私たちは、悟の術式により難無く外に出られた。呪霊の気配は感じなく、誰か術師が仕組んだことかもしれない。ただ結界は破られたからそこで悟の任務もお終いとなり、謎は残ったままだった。

すっかり日は落ちていて、春の夜空が広がっていた。体感ではそんな時間が経っていたようには思えなかった。
「日も暮れたし、今日は実家に泊まるんでしょ?」
「明日も任務あるし帰るわ」
「えー」
せっかくご飯も一緒に食べれると思ったのに。悟は私と違って忙しいんだなあ。
少しでも悟といたくて、駅への道のりをまったりと歩いていれば、悟も歩調を合わせてくれていた。昔は先を行ってしまっていたのに、彼女とかに合わせてるからこんな紳士的な一面も出来たのだろうか。悟の変化を見れないことも、私じゃない誰かを見ていることも、すごくすごく悔しくて、勝手に嫉妬心が煮え滾る。
このやり場のない感情を悟にぶつけたら少しは変わるのだろうか。きっとスッキリするのは私だけで、さらに悟に愛想を尽かされるのが目に見えている。やっぱり仕舞っておこう、我慢しよう。私はもう我儘を言える歳ではないのだから。
当たり障りのない会話を心掛けようと口を開いた。
「悟も大変なんだね。ちゃんとご飯は食べるんだよ」
「飴はいつも持ち歩いてるから問題ない」
ほらと言いながらポケットから棒キャンディを取り出した。それはご飯じゃなくておやつなのでは?
「ちゃんとしたご飯食べなきゃだめだよ。私は悟が心配だよ」
「俺の事心配する奴とか初めて見た」
なんか新鮮だわとへらへら笑っているが、何を言ってるんだか。友達とか彼女とか悟のこと思ってくれる人は沢山いるだろうに。それに私の方がその人たちよりずっと長く悟を思っている。心配もしている。
「あんなにピーピー泣いてたのにな。心配とかするキャラだっけ?」
「失礼な!悟のことはいつも考えるし、心配してるんだよ!す、好きだから!」
悟だって好きな彼女のこと考えて心配もするでしょとは言えなかった。認められたら嫌で嫌で堪らなかったから、慌てて口を噤んだ。
「好きねえ…それって意味あんの」
「い、いみ…?」
結構勇気のいる告白だったのに、バッサリと切り捨てられるようだった。好きな感情に意味なんて必要なのか?悟は哲学的なことを考えているのか?唐突に言われてもなんと答えたらいいのかわからず口籠る。
「俺とお前はどうこうなれねえのに、意味ないだろってこと。早く別の奴好きになれよ」
「ならないよ!ていうかそんな簡単にできたら苦労しないし…。私が悟のこと好きなままでも別にいいじゃん!」
「いいけど、俺がお前を好きになる事はないよ」
「し、しってるもん」
知ってるからなんなのか、精一杯の強がりは虚しいだけだった。悟はとうの昔に私とは他人一辺倒だ。私だけが悟を好き、永遠に結ばれることのないものだった。それでも、それでもいい。私はそれでもどうしようもなく悟を好きになってしまった。


改札を過ぎて、私とは反対方向の電車に乗る悟を見送る。
「早く良い奴みつけろよ」
「そういう事言わないで」
「早く俺の事嫌いになってほしいの」
いつものように薄く笑みを浮かべて悟は言った。
なんでそうやって、急に私を思っての行動を見せるのだろう。そんなこと言われても余計嫌いになんてなれないじゃないか。
もやもやとした感情は整理がつかなくて、しばらく遠のいていく電車を見つめて考えていた。

電車も見えなくなって、このままここにいても埒が明かないと、階段を上り反対のホームへ向かう。
「おつかれ」
「あ…」
ホームまで降りてくれば、部活帰りの蟒蛇崎君とまた鉢合わせてしまった。まずい、このままでは流そうとしたクラス会とやらに引っ張られてしまう。
軽く会釈をして通り過ぎようと思ったが、彼の人あたりの良さはそれを許さなかった。
「夜に1人じゃ危ないから一緒に乗ろうよ」
「…クラス会行かないよ?」
「途中まで一緒でしょ?」
ね。と言われてしまい、気遣いを無下にできない私は、遠慮がちに頷いた。タイミング悪く電車もホームに滑り込んできて、途中まで一緒に乗ることになった。
端に座らせてくれると、蟒蛇崎君は私の前に立ち、なんだか蛇に睨まれた蛙のような窮屈さだ。
「あの背高い人って白雪の彼氏?」
「え?」
「反対のホームから見ても目立ってたから気になって。」
悟のことだろうか…。まさか見られていたとは。
「ううん、あの人は…えっと…」
悟と私の関係はなんだろう。彼氏では絶対無いけど、友達だとなんだか浅い関係のようで嫌だ。だからといって親友というのも違うし…。家族が近いのかなあ?でも苗字は違うから誤解されてしまったら面倒だし…。
「幼馴染…?だよ?」
「疑問系なんだ」
「です」
あははと蟒蛇崎君は控えめに笑った。何が面白かったのだろう。私の曖昧な言い方に笑ったのだろうか。そうしたらツボが浅くないか。
「好きなの?」
「わあ、直球だね蟒蛇崎君。」
「ごめんごめん。これも気になって」
嫌だったら忘れて。とこれまた困ることを言う。
先程、好きの意味を考えていた私には、何とも難問だった。
悟のことは好きだけど、公言したらそれまた悟の迷惑となりそうだし、私の中にだけ閉じ込めておいた方がいいのかな。
でも蟒蛇崎君は赤の他人だし呪術界とも関係ないなら、話くらいはしてもいいのかな。
「好き…だよ…でも、一生片想いなんだあ」
「え、一生?」
やばいね。とはにかむ蟒蛇崎君。
「他の人好きになったりしないの?」
「うーん…悟以外魅力的に見えなくて」
「ふーん。それはしんどいね」
「しんどい…?」
「だって、好きな人が自分じゃない別の誰かと幸せになるの見てるだけで一生終えるとか、俺なら耐えらんない。」
「それは…そうだね。」
悟もそんな私に同情して、他に好きなやつ作れって言ったのかな。
好きという感情を苦痛に感じたことがない私には、意外な一言だった。好きの先を考えたことが無かったからだろう。普通の人は幸せを求めるのかもしれない。

そうこう話しているうちに、蟒蛇崎君の降車駅に着いた。
「俺でよければまた相談のるよ」
「あーうん。ありがとう」
形だけのお礼を言って、ばいばいと手を振った。
相談はもうしないかもとは言えず、また流されてしまった。あまり話すきっかけを作りたくなかったのだ。
友達を作ってもいつかは縁が切れてしまうし、そうなるのもまた悲しいから。私はなるべく人と距離を置いている。
中学生の時仲良くなった子もいたが、私が入り浸るのを恐れて、お父様が手を回して疎遠になってしまったこともあった。
私も私だ。反抗せず、淡々と言う事を聞いているなんて、ロボットと変わらないじゃないか。今もこのまま、家に帰ってゲームをして、そんな日々を続けていいのか。
差し伸べてくれた手を払うのは、自分から普通の幸せを遠ざけているのではないか。
悟がいればいいと、それだけを心の拠り所にするのは、もう止めるべき時なのかもしれない。

意を決した私は勢いよく立ち上がり、閉まりかけているドアをすり抜けて、蟒蛇崎君に声をかけた。