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少女は直感する(2/3)


沈んだ意識が浮上し目を開けていたはずだったが、目の前は真っ暗だった。声を出そうにも口も何かに塞がれて唇がうまく動かせなかった。呻き声のようなものしかあげられず、立ちあがろうにも手足の自由も奪われていた。ジタバタと肩や膝を動かしてみるが、手も足も硬い何かに縛られているようでどうすることもできない。呪力を当てようとしても、そもそも呪力自体を制限させられているようだった。
怖い。ただ恐怖だけに支配された。お父様、言うこと聞かなくてごめんなさい。悪い子でごめんなさい。明日から良い子にするから、早くこの怖いところから出してください。
うめき声はだんだん涙混じりに変わっていき、ぐずぐずと鼻水を啜った。
「はあ?!このガキじゃねーのかよ!あの公園にいるっつったろ!ふざけんな!」
怒号のようなものが飛んできて、私はびくりと震えた。耳は塞がれ無かったが、逆に声だけ聞こえるのも怖かった。今怒ってる人は何をしようとしているのか、居るということはわかるのに、声だけでは分からないのが余計恐怖が増した。
私は精一杯の抵抗で首を振り、こっちに来ないで欲しいことを示した。
「殺すしかねえか」
私はその言葉に息が詰まり固まった。
私、ここで死んじゃうの?悟にまだ好きだと伝えていないのに。嫌だ。そんなの嫌だ。
奥歯をぎりと噛み締め、なんとかこの場を切り抜ける方法を考える。呪力も使えない、術式を施す手も塞がれている。周りに何があるのかすらわからない。どうしたらいいの。もうパニック状態だった。
助けてと涙ながらに脳裏に浮かんだのは悟の呆れたような顔だった。
悟、助けて。いつものように杏子を助けてよ…。

その時、轟音が鳴り響き、大きな音に鼓膜が震えた。思わず耳を塞ぎたくなったが、肩をあげることしかできなかった。まさか爆発でもしたのだろうか。
そう思ったあと、男の呻き声が上がり、苦しみ悶えるような声にさらに恐怖が濃くなった。
一体何が起きているのだろう。次ああなるのは私なのかもしれない。
恐怖で徐々に息が上手くできなくなり、ぜーはーと呼吸が荒くなっていく。苦しい。辛い。だれかたすけて…。

意識が遠のきそうになった時、誰かに顔を触られたような気がして、最後の力を振り絞って首を振った。
「落ち着け、俺だよ」
はらりと目の前の暗闇が開けると、そこには見慣れた綺麗な瞳が現れた。
まさか、本当に助けてくれるなんて。乞うていたその瞳を見た途端、今ままでの恐怖が和らぎ安心感から涙が溢れた。
息苦しかった口元も解放され、ざどるうと声を上げて泣きじゃくった。
「こわかった…こわくて死んじゃうかと思った。」
「ほんとお前は弱すぎんだよ。あんなザコくらい自分で何とかしろ」
「無理だよお」
うわーんといつもの悟の冷たさにまた涙が溢れてきた。助けてくれたし優しいとはわかっているのに、言葉の針が今の私には痛すぎた。
「泣きやめよ帰るぞ」
そう言うと、両手を頭の後ろに置きながら悟は私に背を向けて歩き出した。すっかり腰が抜けてしまい足に力が入らない私は、置いていかれたくなくて、なんとか悟を引き留めようとした。
「立てないおんぶして」
「はあ?!嫌だわ無理だわ。」
「おねがい…」
解かれた両手を広げると、悟はまた呆れた顔をしてこちらに来てくれた。
嫌々だとはわかっているが、我儘を聞いてくれる悟はやっぱり優しい。
同い年なのに年上のように大きな背中は、安心感があった。ずっとこの背中に守られていたい。寄りかかっていたい。
「ねえ悟」
「ん?」
「私のことずっと守ってくれる?」
「家的に逆だろ」
確かに、本当は私が悟を守らなきゃいけない立場のはずだ。でも、私のこと1番に思ってくれているのは絶対に悟だから、悟なら絶対に助けてくれると思った。悟にずっと守ってほしかった。

悟に背負われたまま、山奥まで帰ってくれば、山の中にぽつんと灯された光が見えてきた。
悟の背から降りて白雪家の玄関を開ければ、お父様が一目散に駆け寄ってきた。杏子のこと心配してくれてたのかな。抱きしめてほしくて、一歩前に出た。
「おとうさ…」
「ご無事でしたか!」
私の横を通り過ぎたお父様は、私にではなく私の背後へ話しかけた。
ゆっくりと振り向けば、お父様は悟の肩を掴んで体の隅々まで見ていた。
「大丈夫。まじで問題ないです」
悟は無愛想に言ってのけたが、お父様はその言葉に酷く安堵したようだった。
お父様は私の方を向き直り、ようやく心配してくれるのかと思い、心配かけまいと笑って見つめていた。
だがお父様が私に与えたのは、心配ではなく痛みだった。勢いよく顔を引っぱたかれ、じんじんとした痛みが頬に走った。
何をされたのか一瞬わからなくて、ぽかんとお父様を見つめた。
「悟坊っちゃんを危険な目に遭わせて…この白雪の面汚しが」
冷淡な声の主にさらに反対の頬を叩かれた。
勢いのまま項垂れた顔に髪の毛がかかる。その隙間から睨めあげるようにお父様を見た。無意識に術式を発動しようとすると、悟の声がそれを遮った。
「おやっさん、その辺にしといてあげてください。こいつも反省してるんで」
優しく腕を引かれると、悟の背に隠された。私はこの状況に衝撃や怒りを覚え何も言い出せず黙りこくり、足元だけを見つめていた。
「杏子、今日は悟坊っちゃんに免じて許してやる。次はないからな」
そう言い残すと、お父様は踵を返して廊下を過ぎ去った。
お父様は一度も私のこと心配してくれなかった。私より悟の方が大事なのはわかっていたが、私の言い分も聞いてほしかった。愛していない子の言葉など聞く気もないのだろうか。

「杏子?疲れたろ、風呂行くぞ。」
俯いたまま動かない私に、悟はこちらを窺うように覗き込んできた。人の気持ちが分からない悟が気遣いなんてする筈ないって思っていた。自分がお風呂に入りたかっただけかもしれないし。それでも理由を見つけて白雪家から出してくれたところは、やっぱり優しい。心配してくれるのも、助けてくれるのも悟だけなのだとその時気づいた。守ってもらってばかりなのに、私は親子喧嘩もとい家の醜悪なところしか見せていない。不甲斐なさに罪悪感が募った。
「さとる…ごめんね」
「いいって。俺がずっと守ってやっから。」
思わぬ言葉に俯いていた顔を持ち上げた。悟が…あの意地悪な悟が守ってやると素直な言葉で言ったのだ。この瞬間は夢ではないかと疑い、暫く小さく揺れる白髪をじっと見つめた。
「あ…ありがとう」
振り絞って出したか細い声は、悟に届かなかったかもしれない。
ねえ悟、悟は私のことどう思ってる?私のこと好き?芽生えた疑問は聞くことができず、腕を引かれるまま悟の家の方へ2人で歩いていった。