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燃える火星に移住案 (1/1)


すっきりしない頭を冴えさせるために、箱買いしているカフェイン飲料を飲み干す。
寿命の前借りだとか悪い噂を耳にするが、人生100年時代、たとえ50年くらいになったとしても長すぎる。そんなに呪術界で生きていける自信はない。
飲んでも飲まなくても、多分悟の方が長生きするだろう。好きな人を置いて言ってしまうのは気が引けるな。術師を辞めるべきなのかどうか…。
悟には一般の人と結ばれるのが良いのではないか…。
けれどそれはどちらも嫌だと、油断するとまた不毛なことを考えてしまう。
憧れ続けて、大好きな人が無防備な姿を見せてくれるのは彼女の特権だし、今はこの幸せを享受しよう。
そう言い聞かせながら、未だにすやすや眠る寝室に目を遣る。
小声でいってきますをし、扉を開けた。
早朝はまだ暗い。それが帳を連想させる。
最近は地方にまで上級呪霊が出るようになったな。
これも悟の影響だろうか。またもや婚約者の偉大さに頭を悩ませる。


▲▽


律儀に俺の分の料理を作り、音もなく出ていった彼女自身はちゃんと飯を食っているのか。
シンクに転がる空き缶に目をやりながら辟易する。
後で分別しようとして忘れてたとかそこら辺だろう。それくらい朝っぱらから思慮に耽っているのかよ。

能天気に見えて繊細なあいつのことが気がかりになり前髪を掻き上げる。今日は任務らしいが、報告書を書きに高専に寄るだろうか。
自分の術式を使って今すぐにでも顔色を確かめに行きたいが、逸る気持ちをなんとか抑えて作ってくれた朝食に手をつける。

今日のスケジュールを確認すれば、2年の体術とあった。その後はフリーか。ここで様子をみることにしよう。
最近はサングラスよりも黒布や繃帯の方が目の疲労も少ないが、如何せん無くしやすい。
どこに置いたか、よく仕舞う引き出しを1つずつ開けていく。
あ、と声が漏れた。そこにはお互いの名前がきちんと揃って書かれている茶色の用紙が、ちまと透明なファイルに綴じられていた。
まさかマリッジブルー的な心象に陥っているのかとも憂慮したが、名前も判も書いてあることに安堵した。
あいつが言ってたように出すのを忘れているのは本当なのかもしれない。今日出しといてやるかと我ながら珍しい親切心で引き出しから取り出した。


▲▽


任務も完遂し報告書を書きに高専に寄ろうと、暑い陽射しを受けて汗ばった胸元をぱたぱた空気を送り込みながら歩く。
もうすぐ夏だなあ。
なんかくらくらするなあ。階段を踏む脚も重い。
「フラフラじゃん。」
「気配消さないでください。」
「消してないよ。君が気づかなかっただけでしょ。」
「ほんとお?」
階段途中で驚かさないでほしいが、紳士的に腰に回された腕に目を遣り文句はしまった。
奇遇にも後ろから歩いてきた悟に支えられて、なんとか脚は縺れずすみそうだ。
「でもありがとう。」
「いいけど、最近ちゃんと食べてんの?やばくない?この腰。」
右から左へ触れるか触れないか撫で上げられた手つきに、腰が弱い私にはぞわぞわと擽られるようだった。
「くすぐったい。」
「顔も真っ白〜ちょっと硝子に診てもらえば?」
「大袈裟だよ。鍛えてるし問題ないって。」
「ふ〜ん。」
いつものように距離感の近い悟に顔を覗き込まれるが、心配かけないように微笑んだ。
「職員室くるよね?ちょっとここで待ってて。僕自販機寄るから。」
「うん、待ってるね。」
廊下の日陰に立たされて、悟は自販機の方へ行ってしまったのを見て壁に寄りかかる。
ぼけっと青い空を見上げて、すぐに報告書が書けるように、任務の出来事を頭に思い描いていく。
「げ。」
「あ、どうも。」
いつだったか、どこかで会ったような後輩の女の子2人と視線が合った。1人は苦虫を噛み潰したように酷く顔を歪めている。もう1人の子は至って真顔で、私は軽くこんにちは。と会釈した。
ふいっと顔を背けられると小走りで去っていき、少し冷めた態度は反抗期なのか、私が何かしたのか、心当たりが全くないため疑問が残った。
ふと足元に視線を落とすと、可愛らしいハンカチがへにゃりと横たわっていた。あれ、あの子のだろうかと摘み上げて、後を追う。

「なんで五条先生あんなちんちくりんと付き合ってるの?!」
「もう諦めなよ〜綺麗な人だったじゃん。」
談話室の入口付近まで来ると、その刺々しい声は響いた。
「まあ確かにね、たしかに先生と同じ特級なのもすごいけど、女としてはどうよ。ただの術式ゴリラじゃない。」
術式ゴリラ…。頭にウホウホとドラミングをする灰色の毛を生やすゴリラが過ぎる。
わあ…五条先生と特級の女って多分私たちのことだよね…?最近の女子高生怖いなあ。自意識過剰だと思いたいが、話の内容的に私の説が濃厚で室内に入って行きづらい。足が泥濘んだ泥に取られるようだ。
「そんなに五条先生いいかな〜?私はもっと誠実な人がいいし、世の中もっと良い人いるって。」
「掴みどころがなくて、誰も手に入らないものを手にした時の優越感がいいのよ。」
悟もすごい言われようで少し笑ってしまった。容赦ないな女子高生は。ハンカチ返したかったけど、人伝に渡した方がいいかなあ。恋敵として嫌われてるみたいだし。
「それに曜さんの八方美人なのところが鼻につくのよねー。術師としてやってけてるのが奇跡よ。」
そ、そうだろうか…。自分ではそんなつもり無かった。なんせ小学3年生に嫌われたばかりだからだ。普通に接してるつもりなのに。人からそう見られてたとは些かショッキングでもある。
「あ、いたいたー」
ぎくりとして能天気な声がした方へ顔を向ける。
「どうしたのそんな酸っぱそうな顔して。」
悟はそう言うときゅっと口を窄めた。私の真似をしたのだろう。私は窄めた口をにっこりと変え笑い返した。
この先から聞こえる話はあまり悟に聞いて欲しくないなあと思い、こちらにこれ以上近づかないようにぴしと掌を悟に向けた。
悟は口を窄めたまま首を傾ける。私こんな顔してるの?気をつけようと、悟が表現した少し子供っぽい自分に喝を入れた。
私は踵を返し、一歩談話室へ踏み込んだ。学生の頃ですらこんな緊張することなかったのに。
「あの〜これ落としましたよ。」
ソファに2人仲良く座っている背後から声をかければ、ギシギシと音がなりそうな程不自然に振り向かれた。
「ありがとうございます…。」
バツが悪そうな顔に、聞かれたと思ったのだろう。
私も長居はしたくなかったので、ハンカチを渡したらじゃあ…と足早に出入口に向かった。
「あの!」
一際大きな声に足が止まる。私またなにかしてしまったか。恐る恐る振り返る。
「なにか…な?」
「五条先生と別れてくれませんか。」
「へ?」
何を突然言い出すかと思えば、さっきまでの突き刺すような言葉を放っていたとは思えないほど悲愴な表情で訴えかけてきた。
「嫌ですけども…。」
無理ですけども。ドラマで見たことあるシーンだなと考えながら、こういう時はどう返すのが正解なんだ?いざ自身の身に起きると頭が真っ白になった。
私は言わずもがな、悟の気持ちも聞かないとすぐに別れるという決断はできない。となんかそれっぽい事を言おうと、すーっと歯の隙から息を吸って考える。
「そういう所がだいっきらい!」
だん、と足で地面を強く叩いた女の子にびくりと肩が上がる。さすが呪術師目指してる子は気が強いなあ。
どの辺が嫌いなのか今後の改善のため伺いたかったが、勢いよく私の横を通り過ぎていき風がひゅおっと舞った。
一緒にいた子もため息を吐きながら私に一言謝罪をし、そのまま後を追ってしまった。
あ、嵐のようだった。
「え、なになに。修羅場?」
心做しか愉快そうに声をかけてきた、自分は部外者だと思っている騒動の張本人が入ってきた。一部始終は見られてそうだ。
「そんなところです。」
「女の子って怖いね。」
「あ。」
「なーに?」
と不思議そうに首を傾ける彼を、ひょいひょいと手を仰いで近づくように促し、髪に何かついてると長い体躯を屈ませた。
悟が大人しく従うのをいいことに、パーカーの襟元を掴みあげて、身長差を埋めるため背伸びをして艶やかな唇を奪った。
「熱烈じゃん。」
「今度は噛みつきます。」
「やっぱ熱でもある?」
あと数ミリで触れそうな距離で笑みを浮かべる悟を見つめる。
私の方が悟のこと知ってるし、好きの大きさだってあの子より特大だ。銀河より大きいのだ。
付き合ってる理由が優越感だなんて言われてたまるか。尊敬している悟をばかにされたようで、久しぶりに感じた燃えるような怒りと嫉妬をぶつけるように、綺麗な高い鼻を唇ではむと挟んだ。
私は満足して硬直している悟ににんまりと笑った。


  
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