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冥界に迷う (1/2)


慎重に黒いラインを引いていく。まつ毛の隙間を埋めると良いと雑誌で読んだ記憶がある。
丁寧に丁寧に引いて…。
「準備出来た?」
あ。引きすぎた。
目尻側に長く引かれすぎて違和感しかない。
「あとちょっと…。マスカラしたら出れます!」
くるりと声のする方に振り向けば、悟はまだサングラスをしていなくて、綺麗な瞳を見開いた。少しの間を秒針の音が埋める。
「それも直したら。」
鼻で笑ってそれと言われたのはアイラインのことだろう。わかってますとも。
今日はせっかくの2人とも被った休日。天気は快晴。デート日和だ。なるべく最上級に可愛い私でいたい。
「今やりますとも。」
そういって綿棒で丁寧に消し取り、次こそはと綺麗なラインを引いていく。
最後にビューラーでまつ毛を上げて、マスカラで整えればバッチリだ。
「できました!」
えっへんと腰に手をあてて立ち上がり、悟に可愛いく仕上がった私をアピールする。
「いいんじゃない。」
微笑を浮かべながら少し屈んでこちらを覗き込んだだけで、すぐに頭に手が触れた。まあ悟の言ういいんじゃないは私の中では可愛いと同等だ。にっこり笑えばうりうりとせっかくセットした髪を撫でられる。
「やめい!」
「はいはい。行くぞ。」
首をふりふりと横に振って手を避ければ、悟は踵を返して玄関へ向かった。
「どこいくの?」
「秘密。」
尻上がりな口調に悟も楽しみそうだった。目的地は着いてからのお楽しみとなってしまったが、悟と行く所はどこでも楽しいからいいや。
背後から悟の腕に飛びつき、後を着いていく。

▲△

電車に乗って、乗り換えて、都会からどんどんと離れていく。
本当にどこへ行く気なのだろう。
下り列車はがらんとしていて、悟と隣に座ることができた。至近距離で見られる綺麗な横顔へ懐疑的な視線をぶつけるが、聞いたところで答えてはくれないだろう。
「なに?」
「電車だし山手線ゲームしよ!」
私の熱い視線に気付いた悟は、訝しげに反応した。
私は誤魔化すようになるべく明るく取り繕い、暇つぶしを提案する。
「お題は甘いもの!」
ぱんぱんと音がならないように手を叩く振りだけをする。
「僕の好きな所にしよ!」
良いこと思いついたと言わんばかりに口角を上げた悟を見てから、私は視線を向かいの窓に向け思考を巡らせた。
「それじゃあ全部で終わっちゃわない?」
「あ、着いたよ。」
タイミング悪くアナウンスが鳴ると、最寄りに着いたようで、私の暇潰しは潰す間も無く終わった。

駅名を見れば隣の県の県庁所在地ら辺だった。
ここまでご飯やショッピングをするには、自宅の方面で事足りると思うのだが…。

きょろきょろ周りを見渡していると、悟はぐんぐんと進んでいくので、離れて迷子にならないように慌てて腕にしがみついた。
「あっち寄ろう」
「う、うん!」
駅前のデパ地下に入ると、悟はぽんぽんと食材を買っていく。帰りでよくないか?とは思ったが、身を任せることにした。
「持つよ。」
「大丈夫。」
両手にビニール袋を抱えた悟に声をかけるが断られてしまった。これでは手は繋げそうもないが、離れるのは怖いので、腕の負担にならないよう袖を摘む。

しばらく街並みを観ながら歩いていくと、駅からはどんどん離れて静かな住宅街まででた。
「もうそろそろかな。」
「楽しみ〜」
もしかして、隠れ家的なカフェだろうか。ここまで連れてきたということは、悟がとても行きたかった場所に違いない。
心はスキップしていた。
「あ、五条さ〜ん!」
ぴたりと足が止まった。若い、少女の声が頭上から聞こえた。
悟はお〜と声のした少女に手を振っている。

思考が止まった。思考するということは、この子が誰の子で悟との関係を考えることになるからだ。
か…隠し子だったらどうしよう。2人で育てようとか言われたら。私、ママになっちゃうの?
そう思うとサーっと血の気が引き、頭上に向けた顔を地面に素早く振った。食い入るように茶色い砂土を見つめる。考えるな。悟のことだ、説明があるまで待とう。落ち着け私。
「痛いよ。」
「あ、ごめん。」
「なに?どうしたの?」
「なんでもない!」
無意識に強く掴んでいた腕を慌てて離して1歩距離をとる。悟は不思議そうにサングラスをずらしてこちらに1歩近づいた。
「何してるんですか。」
背後から聞こえた声に驚いて振り向いた。
「おっ恵〜やっほ〜」
背伸びた?と悟は袋を片手に2つ持ち直し、空いた手で少年のつんつんした黒髪に手をのせてわしゃわしゃとかき混ぜている。身長はちーちゃんより大きい。
「ふ、ふたり…。」
卒倒寸前だったが、気を確かにもった。小さい子を前にして無様な姿は晒せない。
「あ、そうそう、この子が話してた恵。」
「どうも。」
「この子が将来のお嫁さんの曜。」
「め、恵くん…?はじめまして…。」
私はふらつく体をなんとか体幹で保ちながらお辞儀をした。
もしかして、噂の捨て子はこの子達の事だろうか。悟が丸くなった一因の、あの。
「こんにちは〜」
「津美紀〜元気?」
「はい!」
階段から降りてきた少女はこちらに気づき、ぺこりと律儀にお辞儀をし、私も慌てて頭を下げる。
「護星曜です…。」
「はじめまして!」
おろおろと蚊の鳴くような声で挨拶をする。
知らない女が来たというのに、津美紀ちゃんは人懐こくにこにこと笑っている。良い子だと一目でわかるほどだ。そして可愛い…。



▲▽


震える足をなんとか動かしながら、2人の住まいにお邪魔することになった。
家の中は掃除が行き届いており、小さい子2人で暮らしているとは思えない。2人ともしっかりしすぎだ。
「今日は僕が料理作るから〜」
いそいそと台所に立つ悟は、用意されていたエプロンを着用して、袋から買った食材やらを出していき手際よく進めていく。悟の体格とは不釣り合いな小さな部屋とのアンバランスさが可愛いらしい。
対して私は津美紀ちゃんに手を引っ張られて卓袱台の前に案内され、言われるがまま座った。
「悟の手料理が食べられるんですか…?」
「そ、最高でしょ。」
それはもう、天に召される気分だ。うんうん。と噛み締めた。
「私たちも手伝います!」
すでにエプロンを着用済みの津美紀ちゃんが立ち上がる。え、私が手伝ったほうが良くない?
気が利かない私は少し遅れて立ち上がる。
「護星さんは座っててください。」
くいっとスカートの裾を恵君に引っ張られた。
「え、でも、身長差あるし危なくない?」
「津美紀は慣れてるので大丈夫です。」
確かにと、2人の動きを盗み見る。悟と津美紀ちゃんは息ぴったりで少しもやっとしたが、相手は子どもだ。気にする事はない。
「お酒飲んでてください。」
「あ、え?飲まないよ?」
遠慮しなくていいですから。と恵君は冷蔵庫から取ってきた缶チューハイをかぱと開けた。有無を言わさぬ手際に少し怖くなる。なんだか至れり尽くせりだな。
でも悟に外で飲むなと口酸っぱく言われているし、小さい子がいる手前、酔った姿など晒したくないのだが。
「恵君、なにか企んでますか?」
「企んでません。」
私は恵君を見ながら、恐る恐る冷気漂う缶チューハイに口をつけた。
レモンを使ったいい塩梅のいいレモンサワーだ。
美味しい。
缶を置き、ちょいちょいと恵君に詰め寄る。
「悟になんか言われた?」
小声で聞けば、恵君は首を振った。
まあ、いっか。
ありがとねと恵君の頭を撫でる。
「あれ、髪の毛つんつんなのに柔らかいね、可愛いね。」
「あ、はい、どうも…。」
もう酔ってるんですかと手を振り払われた。
確かに馴れ馴れしすぎたかもしれない。
ついちーちゃんに慣れてしまい、この位の年頃の子にべたべたしてしまう。
「恵君て何年生?」
「3年です。」
「え?!3年生?!」
あれ、今時の小学生ってもしかして大人っぽい?恋愛とかばちばちのどろどろだとかテレビで見た気がするが恵君ももう…。
「恵くんって彼女とかいるの?」
「は?いませんけど。」
何を聞いてくるんだこの人はと言うくらい、顔に出ている。それくらい眉間にシワが寄ってジトとした視線を向けられた。若いのに迫力あるなあ。
「だよね!そうだよね!小学生だもんね!だってよ悟!」
つい安堵して振り返ってそう言えば、悟は津美紀ちゃんと楽しそうに話していて聞いていない。
「なんか五条さんが2人いるみたい。」
恵君は深い嘆息をついて机に突っ伏してしまった。
ああごめんなさい。つい、いつもの変なテンションが。
ぐいっと反省をこめてレモンサワーを飲み干す。
「ごめんね。これから気をつけるね。」
また恵君の頭を撫でれば、無言で手を振り払われた。
本当にごめんね…。
やばい泣きそう。小さい子に懐かれないのは精神的ダメージ大きい。
「私も小さい頃から1人で家事やってたから、大変さはわかるし、 嫌かもしれないけど、力になりたいなあ。」
「え?」
むくりと恵君が顔を上げた。
「御家族ご存命ではないんですか。」
「あ、生きてるんだけど、その、色々あって、一人でやる事が多くて。まあ食器とかフライパンとか私だけ別に用意されていたというか。洗濯も別に洗わなきゃでちょっと変なシステムだったから。」

普通の家庭はよく知らないが、寮で初めて見たドラマでは、家族で料理をする時同じフライパンで作ったものを、同じ食卓を囲んでいて衝撃をうけた。
そして母親が全員分の食器を洗い、服まで洗って干していた。
家庭で自分だけ仲間外れにされているのは気付いていたが、その頃はもう諦念の方が強かったから気づいた時には大して何も感じなかった。
「恵君たちは2人で協力し合ってて、私よりすごいんだけど。」
「護星さんの家は異常なんですよ。」
「あはは〜…。それは、ね〜。」
なんと返していいか分からなくて笑って誤魔化した。恵君の正論パンチに参ってしまう。
「出来たよ〜」
話に夢中になっていると、もう料理が出来たようで、津美紀ちゃんが運んでくれた。
「わ〜美味しそう。」
「絶対美味しいから。」
ほら食べて食べてと、恵君の横を陣取る悟。少し窮屈そうにずれる恵君が可愛らしい。いつもこうやって悟の横柄な態度に付き合わされているのだろうか。
そんな恵君はさっきとは打って変わって目を輝かせている。生姜焼き好きなのかな。
生姜のいい香りが鼻を擽る。
胃が早く食べたいと唾液を分泌させる。
はやる気持ちを抑え、まずは2人が食べてから食べよう。
2人はぱくぱくと美味しそうに食べるもので、あ、よかった、子どもなんだと安堵する。
2人で生活していれば、気を張ることも多いだろうし、私たちがいる時だけでも無邪気な姿で居て欲しい。あれ、これが親心ってやつ?
「曜も食べてよ。」
「うん!いただきます。」
箸でつまんで口に頬張れば、一口食べただけで美味しい肉を使っているとわかった。
皆好きだろうこの美味しさにほっぺが落ちる。
「私のほっぺ探してください。」
「え!大変!」
「冗談です。」
がたと、津美紀ちゃんが慌てて立ち上がったので、即座に訂正した。よかった〜。とへらりと笑う少女が可愛すぎる。なんだかもっと責めてくれればいいのに、優しい津美紀ちゃんに罪悪感が募る。こんな大人でごめんなさい。
「護星さんて五条さん並みに軽薄ですよね。ベクトル違うけど。」
「そうかな〜?ただアホなだけでしょ。」
「え、2人とも褒めてるよね?」
うん。と2人同時に頷いた。いや、なわけあるかい!と心の中で突っ込んだが、これ以上喧しくなりたくないので、口元に笑みを貼り付けて私も頷いた。

食事もわいわい楽しく食べ終え、洗い物は率先してやらせて頂いた。
流れていく泡をぼーっと見つめていると、普通の家庭はこんな感じなのかもと、少しでも味わえて良かったと、涙腺が緩む。
私が親だったら、私と同じように扱うなんてできないなあ。他人の子にすら幸せになってほしいと願うし、ここで通い妻的な家政婦的なお節介を焼いてしまいそうだ。
まあ、私の家は肉親だからこそ私を異端とみて嫌った説は否めないが。
「辛気臭。なに?なんかあった?」
「え?集中してたの。汚れ落ちないと困るでしょ。」
「ほんと〜?」
サングラスをずらし怪訝な視線を向ける悟に、すんと澄ました顔をして平静を装った。
泣きそうになったなんて心配かけるだけだし、子どもたちの前では強がらせてほしい。
ほらとこべりついた汚れを見せると、悟は納得したのか、僕拭こ〜。と背後を通って私の隣に立つ。そして嵩張る食器を上から布巾で拭いていく。
「なんで恵には言うのに僕には言ってくれないの?」
「なに?なんのこと?」
「曜の家の事。」
「あれ?言ってなかった?」
「は〜水臭っ。ま、言いたくなってからでいいけど。」
悟だって五条家のことは口に出さないくせに。水臭いのはどっちだかとは言わず、笑って流した。
「デートもいいけど、こういうのもいいね。」
「ほんと?自分の子じゃないと無理〜って駄々こねてたのに?」
「そんなこと言ったかなあ?」
「まあ酔ってたしね〜」
「酔ってたんかい。」
いつの事だろう。今は記憶にあるが、お酒の席の記憶なんて雲より軽く消えてしまうからなあ。





  
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