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海面を渡る (1/2)


なんとか教員免許を取得し、私は高専に戻ってきた。補助監督や事務仕事の傍ら、授業を行う毎日だ。
任務は生徒の付き添いが多く、単独で出向くことは少なくなった。戦い方を忘れないように、時々生徒の組手に混ざったりしている。
今日は1年生の組手の練習に混ざり、パンダくんから一本取ったところだった。

「曜の体術って誰かに似てるよな」
「…誰だろう?」
「悟?」
ぐふっと変な咳をしてしまった。最近の子達は目敏いな。
私たちがかつては先輩後輩で今では結婚しているとはまだ生徒たちには伝えていない。
隠しているわけでもなく、聡いこの子たちなら何れ気づくだろうし、その時はその時と流れに身を任せている。しかしそれも案外早くきそうだ。

「昔教えてもらってたからなあ」
懐かしいなあとしまっていた過去を引っ張り出しそうになる。
「あいつの体術独特なんだよなあ」
「それができる私は天才ってこと?」
「そうは言ってねえよ」
ふっと鼻で笑われた。最近の子は素直じゃないなあ。
確かパンダ君は夜蛾学長に稽古つけてもらっていたんだっけ。だとすると対戦での読みが上手くいかないのだろう。私、いい稽古相手になれたのでは。ムフフと溢れる笑みを口元で隠した。

「憂太もみてやってよ」
「もちろんだよ」
実はちょっと怖いけど。憂太君というより、憑いている呪いの方が。禍々しいというか、今にも襲われそうというか…。
憂太君はへなへなと笑いながら、背中を丸めてよろしくお願いしますと言って私の前に立った。私もペコリと一礼する。
構えた私とは対照的に、武具を持ったまま突っ立っている憂太君に、まずは型から教えてあげようと構えを解く。

「憂太君は刀を使うのかな?」
「はい…。」
なんだか元気がないようだ。
「大丈夫?呪いにあてられて体調キツくなったりしてない?」
首を傾げて覗き込むと、勢いよく顔を横に振った。あまりの勢いにおお…と私は少し身を引いた。

「おい、曜!そいつを甘やかすな!」
遠くから、真希ちゃんの叫び声が響いた。棘君と稽古している途中なのにこちらにまで気を回せるなんて、器用だなあ。
私はごめんごめんと真希ちゃんに叫び返して、さてと憂太君に向き直る。
「急にこんな所入れられて不安だよね。私だったら不安だもん。無理しちゃだめだよ?」
生徒の心のケアは教師の仕事だ。悟がその点気を回せない性格なので、代わりに私が生徒の様子を観察せねば。
憂太君は意を決した表情になり、ありがとうございます!と元気よく返してくれた。時々病んでしまって辞めてしまう生徒も多いけれど、この子はまだ燃ゆる闘志が見える。このまま真っ直ぐ成長してほしい。


▼△


報告書や書類の整理、授業の準備はパソコンと睨めっこするため目の疲労が激しい。目頭を揉みつつあと一息とパソコンに向き直った。

「どーう?憂太の調子は」
前方から声がかかり、私は首を傾げて悟を見た。
「私よりも、担任の悟の方がわかっているのでは。」
「曜から見てどう?ってこと」
「どうって、頑張ってるよ。でも本調子ではなさそう」
「悩み事かな〜」
思春期だしねとケラケラ笑っている。そういうわけでは無いと思うけれど。そうは思いながら、パソコンに向き直り相槌を打った。
「あと、憑いてる呪いとか、負担にならないのかな」
「確かに。謎すぎるんだよな。伊地知なんかわかったあ?」
背もたれを揺らしながら、悟は後方の伊地知君へと言葉を投げた。また伊地知君を扱き使ってるのか、むっと顔を顰める。伊地知君は律儀にまだ何も…。と答えて冷や汗をかいている。悟の後輩いびりは健在のようで同情する。今度焼肉奢ってあげよう。

「悟、伊地知君ばかり頼ってないで自分でもやりなよ。私も調べるから」
「えーだってお前情報掴むツテとかないじゃん。補助監の仕事と教師の仕事に任務と報告書もあるし、おまけにそのタイピングの遅さでしょ。無理無理、お爺ちゃんになっちゃう。」
鼻で一笑してきた悟に、これ見よがしにカタカタとハッカーの如く素早いタイピングをして見せ、軽快な音を鳴らす。終いには当てつけのようにエンターボタンを勢いよく押してみせた。
どうよとドヤ顔で悟を見るが、また鼻で笑われた。画面に並ぶ意味不明な文字列を見透かされているようだった。
まあ、悟の言ったことは認めますよ、認めますとも。でも別にいいもん。悟に頼られなくても、勝手に自分で調べるから。少しでも伊地知君の負担を減らしてあげたいし。バックスペースをぽちぽち押して先程の暗号を消し去った。

「というか悟が残業なんて珍しいね」
時刻は19時を回ろうとしているのに、悟はまだ座ってスマホをいじっている。いつもは伊地知君と私が残業組なのに。
「憂太の様子が気になっただけだよ。もう帰るし。」
「なるほどね、お疲れ様」
「お前も帰るでしょ」
「まだ仕事残ってるから先に帰っていいよ」
「亀かよ…」
おいおいおい、思ってることが口に出てるぞと思ったが、無視して仕事を続ける。
悟は脳と口が直結したのか、あーお腹すいたなーとか明日の出張嫌だなーとか本能のままにぼやいている。どうやら帰る気はないらしい。もういっそ帰って休めばいいのに。忙しい悟に仕事押し付けづらいし。伊地知君もこの空気は居心地悪いはずだ。

「冷蔵庫にお夕飯あるから食べてていいよ」
「結婚して何年目?鈍感にも程があるんじゃない?ねえ伊地知」
「そ…うですね」
「伊地知君!?」
珍しく悟に同調する伊地知君に驚愕する。2人して結託するなんてどうしたんだ。

「五条さんは曜さんと帰りたいんだと思いますよ」
「そういうこと」
伊地知君の意見に同調する悟に、そういうことなのかと納得する。
「わかった、爆速で終わらせるね!」
「音速でやれ」
そんな無茶な!悟は有無を言わせぬ無茶振りをしてきたので、私はタイピングを気持ち早めに押し進めた。これでも頑張ってる方なのに。

「ではお先に失礼します」
私もあともう少しというところで、伊地知君は退勤した。お疲れ様と手を振って、さてともう一踏ん張り気合を入れる。

「あとどれくらい?」
「あとちょっと」
すたすたと歩いてきて隣に座った悟は、私の画面を覗き込んできた。
「ちょっと寝るから終わったら起こして」
「お疲れじゃん…。」
最近寝れているのだろうか。そういえば最近出張続きだったり、会えても繃帯をしていて顔色が窺えないことが多かった。それでもこうして会える貴重な時間を作ってくれて、ああ愛されているのだと実感する。それなのに考えなしに帰るよう促したことを反省した。
ぽちぽちと最後の文を打ち終わり、パソコンを閉じた。やっと終わった…。

「悟ー終わったよー」
待たせてごめんねと、わしゃわしゃ悟の髪をかき混ぜると、ん。と短く返事が聞こえた。そのまま頭を私の手の方へ傾けてきてぐりぐりと動かしている。わんちゃんみたい。


「今日のご飯なあに。」
「肉じゃが」
「肉じゃがって冷えてても美味いよね」

春も終わりそうな夜空の下、少し肌寒いけれど悟の大きな手に包まれてくっついていると丁度良い温さだ。

「味が染みてるからかなあ。でも温めた方が美味しいよお」
「レンチンめんどくさい」
「だと思った」
からからと笑い飛ばせばほんとかよと呆れられた。さっきの察しの悪さを引き摺っているようだ。もちろんと大きく頷いて手を強めに握っておいた。握り返された強さは折れそうだ。んー相変わらず力加減は下手で愛おしい。

「もし僕に何かあったらさ、他の人と付き合っても付き合わなくてもいいから」
「どうしたの急に。らしくないじゃん。」
何かあった?としおらしくなった悟に訝しげな視線を送る。
「曜は図太く生き残りそうだから、先に言っとく。」
「褒めてるよね?」
「もちろん。愛だよ」
なんだか胡乱げな言い草だ。もしかすると、今度の任務は危険が伴うのだろうか。だとしても、いつでもどんな時でも自信に漲っている悟らしくない。でも、こういう一面は私だから見せてくれたのかしら。

「私は悟以外の人好きになれなさそう」
もうぞっこんだし。他の人とともに生きるのは考えられなかった。
「初めて見た人を親と思う雛鳥みたいだもんな」
冷笑しながら言われ、脳内にちゅんちゅんと鳴くヒヨコが浮かび首を傾げた。はてそうだろうか。
「ちゃんと好きだよ、愛してるよ」
「冗談だよ。ガチに言われると照れるじゃん」
ニヤニヤした口元から全然照れてないように見えるが。でも大事なことだから念を押しておきたい。
「悟が死ぬときは私も死ぬ」
「重すぎて窒息するわ」
でも結婚てそういうものでしょ。最後まで添い遂げるものだ。ゲラゲラ笑い出した悟に私の愛の重さをぶつけるように肩でど突いておいた。





  
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