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始点は地球 (1/1)


日が落ちかけて夕日に染まった部屋に、体育会系部活動並に気合いの入った挨拶が響いた。声の主の彼女に冷めた目を向ける。
仮にも婚約者同士なのだから、同棲する家に入るくらいで緊張することもないのに。

両手両足を右左同じに出しながら歩いてくる、ぎこちない彼女の肩に両手を置いて優しく叩けば、ガチガチに固まっていた力が少し緩んだ。

「もっと気楽に居ていいよ。」
身長差を埋めるため身体を折りたたんで顔を覗き込めば、眉を下げて不安そうな瞳と交わった。

「じゃあ悟やってみて。」
「はあ?」
「ほら、リアクションの見本見せてよ。」
「誰に言ってんの?」
また突拍子もないことを。態々教えなくても、俺の姿をちゃんと見て真似てればできるだろ。わかんないかなー。
仕方なく玄関に続く扉の前に立ち、初めて来た体で再現する。

「わあ〜綺麗な家だね。落ち着くなあ。」
口元にやんわりと笑みを貼り付けて、落ち着いたトーンで話せば曜ならこんな感じだろう。
これ手本にしていいよとドヤ顔で彼女を見下ろせば、なんか違うと。私がやるから見ててと言い出す始末。
お前は監督か何かなのか。

軽く息を吐き出しながら、2人用に買ったソファに座る。ベージュか黒の2色から選べたので曜が黒がいいと即決して買ったやつだ。普段は優柔不断なのにこの時はやけに早かったから覚えている。
その時以来の決断力をみせる彼女は扉の前にてくてくと歩いていく。

「ええっ!こんな広いの?!すっごい!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、限界まで開いた手を口元に当てて目をぱちくりと瞬かせている。
仕草だけなら可愛いのに、それよりも態とらしさが目を引いた。バラエティ芸でもやってんのかよ。もっとナチュラルにやれば。とは面倒くさいので言わないでおいた。

「いいんじゃない。僕が監督ならOK出すね。」
「売れたいバラドルみがあるよね!」
うんうん。と自分の演技にご満足頂けたようだ。
何目指しているんだか。
緊張も解けたようで、るんるんとキッチンへ向かっていったので、砂糖を多めに持ってくるよう頼んだ。

「すごい、私がコーヒー淹れるってなんでわかんの。」
「飲みたそうな顔してたから。」
「顔…。」
ぺたぺたと自分の顔を叩いて首を傾げている。
別にキッチンでやることなんて限られてるし、俺が飲みたいって言えば嫌な顔一つせず持ってきたことだろう。

「もしかして、最近不眠気味なの顔に出てるのかな。」
困ったなー。と参っていながらも笑顔を絶やさない彼女の言葉は聞き捨てならなかった。

「今日は一緒に寝れるし、僕と寝れば不眠も解消するよ。」
「すごいね悟。さっきからエスパーなの?」
そういう設定?と言いながら笑っているが、笑い事ではないだろう。足早にキッチンへ向かい、カウンターテーブルに手をついた。

「まだ上にいびられてんの?」
「まあ仕事は回ってくるけど、呪霊自体はちゃちゃっと片付くし。心が追いついてないだけですぐ慣れれば問題ないし〜」
「早く籍入れよう。そうすれば上黙らせるし。」
「最強じゃん。」
「最強だから。」
準備を進めて手をとめないまま、近づく俺に目線だけ向け、悟顔怖いよと言う彼女を背後から抱き竦める。こんな細い肩に特級という重圧と、生死をかけた任務の疲弊がのしかかっている。
負担は分け合うと決めたのに。いつの間にか比重が曜に寄っているのだ、そりゃあ不機嫌にもなる。

「ままま、悟に比べたら大変さはまだまだこれからだし、何とかやってくよ〜。悟から貰ってばかりじゃ悪いしね。」
するりと僕の腕を抜けて、またそうやって一線を引く。しんどいのであれば隠さず甘えて欲しい。何度も言ってるのに。
籍だってあとは曜のサインを書くだけなのに、忘れられているのか出してくれない。

「僕の場合、呪力消費0に近いから疲れないんだよね。もっと僕に任務回すよう言うから。」
「まってまって、悟が出るほどじゃないんだよ。それにこれ以上忙しくなったら会えなくなっちゃうよ?」
「一緒に住むし問題ないだろ。それに特級案件じゃないなら尚更僕らじゃなくて下に回すように言うし。」
「………その人が死んじゃっても?」
恐れより、悲愴に近かった。
自分がボロボロになってまで、一般人や下級術師を護ろうとしている曜の瞳に息を呑んだ。
普段から泰然としているからそんなことを考えていたとは思わなかった。いずれ人は死ぬし、それが遅いか早いかなだけだと、全員は救えないのだと割り切れていると思っていた。
もしかしたら、同期の死と後輩の瀕死にたち合った時、心の整理がつく前に任務に駆り出されて、新たな惨劇に追われて曜自身が気づかず疲弊していたのかもしれない。

「お前の心と体が死んだら意味が無い。少し休んで。お願い。」
「うん。」
電気ケトルが音を立てる。躊躇うことなくそれを手に持ちドリッパーにお湯を注ぎながら、曜はこちらを見ずに返事をした。絶対わかってない。

「婚姻届出した?」
「………まだ。」
「何かまだ考えてるの?」
「ううん。時間取れなかっただけ。明日出そうかな。」
口元を無理矢理あげて笑顔を作りながらコーヒーを啜る姿に、どうせこの話を切り上げたい気休め程度だとわかっている。
コーヒーより甘いミルクティーの方が好きだったはずだ。学生の頃はエナジードリンクばっか飲んでいたし。
少しずつ少女からの変化していく彼女に、昔のままの姿を求めてもう一度背後から抱きしめた。




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