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透明な天界 (1/2)


かれこれ数分車に揺られながら窓を見つめていた。森林が多い高専付近から徐々に都会に近づいていく毎に憂鬱さは増していく。
窓からの報告で、住宅街に現れた推定準2級呪霊。発生源不詳。だが、東京の下町という場所に嫌な予感がした。
「準2級といえど、繁忙期なのに特級お2人派遣とは贅沢ですねえ」
補助監督は乾いた笑いを吐いた。
ルームミラー越しに目が合い、ですね、と苦笑いを返す。
ちらりと横にいる、仮眠を取ってる大柄な男もとい夫に目を向ける。
窓に首を凭れかけており、最近では繃帯を巻くようになった。
中二病が増している気がするが、悟の目の保養の為だ。余計なことは言わないでおこう。
悟の見解では、またまた私の姉の仕業かもしれなく、呪霊発生体質と仮定付けている。
というのも、この短いスパンで相当級の呪霊を生み出しているからで、それにはなにか理由がありそうという調査も今回の任務は兼ねている。
その場合、どういう対処をとるのだろう。
窓の監視下に置かれるのかなあ。
「あ、いた。」
寝ていたと思った悟は窓から顔を離し、止めてと補助監督に伝えた。
「は…はい。」
慌てた様子で補助監督は車を路側帯に寄せて停めた。
車が止まると、降りるよと悟に手を引かれ、同じ左のドアから出た。
ぞわりと背筋に嫌な気配を感じた。ぶるりと体が強ばり繋いだ指先をキュッと握る。
すたすたと足をとめない悟に付いて行く。
薄々と感じ取れる程の気配がどんどん近づく度濃くなっていく。それと同時に微かに泣き声が聞こえた。まさかと思い、私は悟の手を離し走り出していた。

「ちーちゃん!」
私は蹲って泣いている少女を抱きしめた。また少し背が大きくなっているが、体はぶるぶると震えている。
腕に擦り傷が出来ており、少し呪いにあてられている。そこに生気を流し込み、呪いを取り除いた。
「ママが…ママに…」
嗚咽混じりの声で震える小さな指が指した先を目線で辿る。視界を上げれば、数歩先に呪いを纏った人間が倒れていた。
「まずいね。最悪の展開だ。」
いつもなら軽々しく言うのに、今回は焦燥を感じる声に眉間に力が入る。
「呪われた…手遅れだ。」
帳を下ろし始めた悟の声に反応して、ちーちゃんが小さな手できゅっとタイトスカートを握る。これから何が起きるのか、わかっているのかわかっていないのか、後者からの不安であってほしいと強く抱きしめた。
呪いは嫌い嫌いと叫びながらゆうるりと立ち上がった。その姿は紛れもない私の姉だった。原型は留めているが、背後から徐々に呪いに侵食されている。きっと、見た目以上にもう既に蝕まれている。一般とは到底言えないそれ程の呪力量が感じとれた。
私は反射的に木の術式で生み出した蔦を、呪いの首に這わせて力を込めて絞めつけた。
はあ、はあ、と自分の息が荒くなっていく。あれは呪いだ。次はきっと見てしまったちーちゃんを狙う。今のうちに祓わなきゃ。
……祓わなきゃ。
印を組む手に力が篭もり震える。呪力を練ることが出来ない。これはイップスなんかではなく、怖気付いているのだ。
…私の故意だ。
わかっているのに…。
「下がってて。僕が祓うから。」
頭にぽんと大きな手が乗り、やっと息を大きく吸えた。私はその言葉に首を振った。
「わたっし、の、せいなので。」
ずびと鼻を啜ると頬に涙がつたう。
それは一度だけではなく何度も何度も溢れてくる。
嫌いなのは私の方なのに、酷いことされたのに、どうして泣いているのだろう。
もうあれは呪いだ。私が原因で生まれた呪いだ。
心底嫌いなものだ。
ー救えるものは限られている。
悟の言った言葉が脳裏を過ぎった。今私が救わなきゃいけないのはちーちゃんだ。
ちーちゃんの頭をお腹に押し付けて状況を見えないようにする。
震える手を一度握りしめ、息を吐いたと同時に瞬時に印を組み、締め付ける力を強くした。
対象は見事に弾け飛び、跡形もなく消えた。

弾け飛んだ瞬間が目に焼き付き、呼吸は意識すればするほど落ち着かなくて、どうして、いつから、なんでこんな事に、様々な疑問が湧いてくる。
姉がいた位置から視線を逸らすことができなかった。

「おねーちゃん…?」
その間を割って大きな瞳と目が合った。ちーちゃん…と呟き、頬に手を添えた。
「ママは?どこにいったの?」
「ママは…」
先程の映像がフラッシュバックする。私が殺したのだ。とは、不安そうに覗く瞳に言えなかった。早くなにか安心させる気の利いた言葉を言わなきゃ。それが術師の、大人の役目のはずだ。
「ママは今保護されてるから。暫く会えないよ。」
「いつ?何月くらいに帰ってくる?」
私の腕から引き剥がし、悟がちーちゃんを抱き上げて言った。
「んー今は言えないかな。」
「…運動会来てくれる?」
「もっと先かな。」
幼気な声に胸が張り裂けそうだった。私は両手で口を抑えて声が漏れないように泣いた。塞き止められぬほど、溢れ出てきて苦しい。
アスファルトの熱さが肌にひりつく。
こんな痛みでは足りぬほどちーちゃんにはいくら謝っても許されないことをした。


▲▽


事情は高専側が話をつけるそうで、まだ仕事から帰ってきていない姉の旦那に連絡を入れるそうだ。
震える心臓を抑え、ちーちゃんの前にしゃがんで口を開く。
「ちーちゃん私と一緒に住まない?」
「ううん。ママのことパパと待ってる。」
「ママに酷いことされなかった?パパにも…。」
ちーちゃんは、なにか言いたそうに口を開いて、少し躊躇って首を振った。
「ちー、ママもパパも好きだから…」
視線は下に向けてこちらには目を合わせてくれなかった。本当だと思いたかった。だが、姉の見える側への当たりは強かったのではないかとも思う。
「あ、パパ」
初めて見たスーツ姿の男の人にちーちゃんは駆け寄って行った。
目線が合うとお互いに会釈し、家へとちーちゃんを連れていき、1人だけでまた家から出てきた。
「妻の妹さん…だよね?」
「はい…。姉についてはまた後日連絡します。」
「あいつ最近様子がおかしくて、ちーに暴力ふるったり、発狂していたり。なにがなんだか。」
姉の旦那さんの眉を下げてぼそぼそと話す姿は窶れていた。
やっぱり、姉はちーちゃんに手を出していたんだ…。
やるせない思いに奥歯を噛み締める。
「すみません…。」
「謝ることじゃないですよ。それよりちーを助けていただきありがとうございました。」
また律儀にお辞儀をしたので、私も深々と頭を下げる。

家に入る姿を見送り、暫く悟とお互いに動けず黙ったままだった。
私はまだ震えの止まらない胸を落ち着かせるため、深呼吸をしようと帳の上がった夜空を眺める。
今日は曇ってて星が見えなかった。

「無償の愛が貰えるのは子ではなく親ですよね。子は親に依存するしか生きていけないのに。」
私は淀んだ空から目を離さず口を開いた。
「子を愛さない親は残酷ですよね」
ちーちゃんの姿と自分が重なる。
小さな手を伸ばしてくれなかった歯痒さに拳を握りしめると、ぎりぎりと爪が肌に食いこんでいく。
「私があの時、ちーちゃんが生まれるより前に親も姉も殺せば良かった。」
姉が私を捕まえて、親に包丁で殺されかけた時、喉元に迫った刃先を、腕より下は動かせたから印を組んで土の術式で固めて壊した。
2人を燃やすことも絞殺することも溺死させることもいくらでもできたのに、私は弱くてできなかった。
今日だってちーちゃんが襲われかけてたのに躊躇った。今ほど自分の脆弱さを呪ったことはない。
「それは結果論でしょ。」
その言葉にはお前のせいじゃないと言われているようだった。
「私のせいにしなきゃ、非術師を嫌いになりそう…。」
ぽつりと放った言葉に、肩を思い切り掴まれて悟の方に向かされた。
「お前のねーちゃんは自分で呪って自分に呪われたんだよ。自業自得だ。」
肩にくい込みそうなほど強い力と共に悟の思いも伝わる。
確かに、あれほどまでの呪いになったのは、姉が頻繁に呪いを吐いてた証拠だ。
でもその根本的な原因は、母親からの過度な期待もあるだろう。私は早々にふるい落とされたため、それは姉に一点集中して向いた。姉には何度もお前さえいなければと吐かれた。
やっぱり私なのだ。私さえ居なければ。
「呪いなんてものがあるから、こんな悲劇が起きる。お前のせいでも姉ちゃんのせいでも無く、呪いのせいだ。」
「呪いは無くならないのでしょうか。」
その言葉に悟は返してくれなかった。代わりに胸に勢いよく抱き込まれた。
呪いを無くしたい、こんな思いを抱いてあの人は高専を去ったのだろうか。私にあんな事を聞いたのだろうか。今なら少しあの人の気持ちがわかる気がした。
でも私にはまだ悟がいるから、こちら側にいられる。
こんなに揺らいでいるのに、悟がいるならと留まっていられる。でなきゃ今頃あちら側に簡単に転がり落ちていそうだ。
悟がいてくれて良かったと、この時は心底思った。





  
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