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未来は黄金色 (1/3)


「脱いで」
「全部…?」
初夏にしては涼しい立地にある、懐かしい畳の部屋。そこで、用意させた着物が包まれた和紙を解いていく。
「下着はいいから。襦袢着て。」
長い旅路に疲れて頭がやられたのか。何考えてんだかと、皺になるのもお構い無しに白襦袢をおばかへ投げた。
キャッチした襦袢を見つめるその顔は困惑に満ちているが、まあ俺が着付けるし説明しなくても大丈夫だろう。
「着物着たことあったかなあ…ううん、ないかも。」
「僕がやるから。」
「お願いしまーす」
と俺に背を向け着ていた服をたくしあげて脱いでいく。後ろで髪をひとつに結わい揺れる房から下に視線を向ければ、陶器のような首筋が部屋の証明に照らされて、いい眺めだった。
「着たよ〜。」
まじか。呑気な声ともに、だらんと前が開いているのもお構い無しにこちらに振り向いた。
「襦袢の結び方知らないの?」
「うん。知らない。」
「祭で甚平とか浴衣着ないの。」
「お祭り行ったことない。」
「は?まじ?じゃあ今年行くぞ。あの楽しさ知らないのは人生損してるね。」
「そんなに楽しいの?行ってみた〜い。」
品行方正か。誘い誘われる友達も家族もいなかったのだろうと少し憐れに思う。高専でも生真面目に任務、授業を行っていたし、夜遊びとは無縁なのだろう。
慎ましやかに襦袢の袖を指先で摘み、口元を隠して笑う姿はあざとかったが、しっかり着てもらわねば。
「襦袢はこことここを結んで、そう、で次こっち。」
紐を引っ張って教えてやれば、曜はへー。覚えられるかな〜なんて言いながら結んでいく。こんな簡単な結び方くらい覚えられるだろ。
襦袢を着たあと、鮮やかな着物に曜の腕を通そうと、正面から羽織るようにして、肩にかけた。
固まる曜に腕を通してと伝えれば、我に返ったのか俺の言葉に従った。
さっきからこちらも見ず、必死に俺の足下ばかり食らいつくように見ているし、瞬きも尋常ではない。、長い睫毛が落ちそうなほどだ。
「かーわい照れてんの?」
「悟、着付けもできるのすごいなと思って。」
「僕なんでもできちゃうからさあ。」
すごーいと間延びした声を出す彼女の背後に回り、薄い腹に帯を締めてやる。
終えて耳元に着付けの完成を告げた。
さっきの固い表情とはうってかわり、花開くように笑った。袂を持ち上げてくるりと回ったり、背中まで見ようと必死な姿も笑えてくる。
「ありがとう!」
今にも跳ねそうなほど喜んでおり、悪くない気分だった。
「んじゃ僕袴着てくるから。」
「え、ここで着て。傍にいてよ。」
「みたいの?えっち。」
「悟も見たじゃん!てかそうじゃなくて、このお屋敷で一人にして欲しくないの!」
実家の曜用にあてられた部屋から出ようと踵を返せば、珍しく剣呑な姿を見せた。
もう少し揶揄ってやろうかと思ったが、ここは可愛い新妻の我儘を聞いてやることにした。
はいはいと軽く流して、自室から袴を持ってこようと襖に手をかける。
「すぐ来てね。一瞬で来て。蒼使ってもいいから。」
「必死か。」
確かに同棲初日からがちがちに緊張していたし、緊張しいな曜は俺の実家など気絶する勢いだろう。
なるべく傍を離れないようにしようと、自慢の脚で隣室にある自室に赴く。
「隣なの?」
ひょこと廊下に顔だけ出して俺の背を見送っていた曜が拍子抜けしたように言う。
「よかったね。僕がすぐ来れて。」
「言ってよ…。」
態とらしく言う俺に、焦ったあと言いながら心底安堵した顔を鼻で笑いながら着付けに入る。
視線を下に向ければ、曜は傍を離れたくないのか、正座したまま俺の横にピタリと張り付いている。
着付けを食い入るように眺めており、また酸っぱいレモン食べたような顔をしていた。
「かっこいい…。悟袴似合うね!似合いすぎだね!袴が喜んでるね!」
着付けを終えれば、キラキラとした大きな瞳でボディビルの観客並に俺を褒めちぎってくる。
当たり前じゃんと思いながら口角をあげた。
「曜は馬子にも衣装って感じ。」
「えへへ、悟に褒められると嬉しい。」
別に褒めてないけど。嬉しそうににこにこしてる姿に揶揄いがいがないなと思う。まあいつものことだが。
実際は着物も似合ってて可愛いが、この場で調子に乗られても困るので言ってやらない。
「準備できたら行くよ。」
「転けそう…歩きづらいー。」
「抱っこする?」
「余計暑くなるからいい。」
正面から顔を覗き込めば、曜は笑顔を消し真顔で首を横に振った。口をへの字にして仕方なく指先を掴んでやり歩き出す。
歩きながら薬指の爪を親指でゆっくりなぞってから小さな指に嵌った輪をひと撫でする。
「それ、ほんとえっち。」
「好きでしょ?」
歩幅が合わず少し後ろを歩く曜を肩越しに振り返れば、白い肌を朱色に染め上げて、潤んだ瞳でこちらを睨んでいた。
むっつりだなあ。
いつもにっこり笑顔を絶やさないのに、そういうこと考える時はそういう顔するんだよね。
自分だけが知ってる一面に優越感を抱いたところで、じじばばが集まる部屋の襖に手をかけた。

しんと静まり返った部屋の中央にずかずかと進んでいく。
二人鎮座したところで、今日はお集まりいただきうんたらかんたらと挨拶をして、正室の曜ですと紹介する。
彼女は緊張で唇が震えており声も出せないのか、「物静かで思慮深い子なんです」なんて、全く曜の性格に似合わぬことを言ってフォローしてあげた。
それを皮切りに質問攻めが始まった。いくらか捌いたところで、耳を疑う質問というより野次が飛んだ。

「負け犬の血筋のくせに不穏当だとは思わんのか。」
じじいの一言に場の空気がひりついた。
俺は耳を疑う。
負け犬の血筋?誰が?曜のことか?
こいつは一般の出の筈だ。
隣を横目で見れば、首を傾げている。曜も心当たりがないようだ。
「はあ?」
俺の不機嫌な声に、周りのやつらはこれ以上反感を買うまいと息を飲んだ。
「調べさせたら芦屋家の血筋とのことですが。加茂家との今後の関係に支障がでるかと。」
知らねえけど。てか何勝手に調べてんだよ。
たじろぎながらも尚も主張する声に苛立ちが募る。
それまでして言いたかった事なのだろう。なんならこれを言うために家に呼べと煩かったのかと合点がいく。
本当にこいつらのこういうところが心底気持ち悪い。

芦屋家はその昔、加茂の愛弟子だった安倍家と対立していた。芦屋は安倍に敗し今ではほぼ解体、加茂は芦屋を負け犬だと見下している。
それに便乗した五条も芦屋を蔑んでるときた。
小学生の喧嘩か。
その実は、少しでも加茂と特に禪院に付け入られる弱みを作りたく無いんだろう。

曜が不安そうにこちらを見ている。芦屋の術式が使えるとわかっているなら、薄々こいつも気付いていたんじゃないか。
「血が通ってるだけでどうせ遠縁でしょう。こいつは所詮一般の家庭の出。関係ないですよ。」

当主が関係ないと断定しているのだと、俺の圧に更に追求してくるふてぶてしい輩はいなかった。
お披露目はここまでとし、集まったじじばばを解散させた。

「なあ、お前知ってた?」
「知ってたけど知らなかった…。」
「どっちだよ。」
俺らだけ大広間に残り、足を崩して曜に訊ねたら要領を得ない返しだった。何が言いたいんだか言葉を待つ。
「高専の書庫で、術式についての本を読んだことがあって…。そこで私の術式は五行思想だって分かった。でもまさか芦屋家の血筋だとは夢にも思わなかった。本まで残してるんだし、普通に考えればわかることなのにね。」
安倍家なら文句言われなかったのかな。と曖昧に笑う彼女は苦悶の表情が隠せていなかった。
負け犬と言われたことが俺にも影響してると気にしてるのか。
そんなこと気にするほどでもないだろと、曜の顔の輪郭を慈しみを込めて撫でる。

「別に僕は君がどこの血筋でも気にしないけどね。芦屋とか平安時代すごかっただけでしょ。今はもう力もなくほぼ解体されてるも同然だし、一般の家庭と変わらないって。むしろお前の家族に触れられなくて良かったじゃん。」
はいこの話お終い。と曜の頬をふにとつまむが、終始無言で目を伏せており、また何か思考に耽っているなと首を傾げる。
「ごめんなさい。こんな形で悟の顔に泥を塗るようなことになってしまって、反省してます。」
「だぁから気にしてないってば。てかどうでもよくない?当主の僕が絶対なんだから、まだうるさければあいつら黙らせるし。」
殺したっていいよ。と、冗談ぽく言えば、真に受けたこいつは首をぶんぶん勢いよく横に振って、ごめん…。とか細い声で言った。
優しすぎるこいつの悪い所だなと思う、気にしてないんだ、ならいっか。と俺なら思う所を、こいつはいつまでもずるずる引きずり己を責めるだろう。
頬から肩に、肩から腕へと手を滑らせていき、優しく引き寄せて自分の胸に閉じ込めた。
この世界に俺たち2人の鼓動だけが鳴るなら、どんなに楽で幸せなのだろう。
曜にこんな顔をさせたあのじじいどもを今にも殺したい気分だった。
顔を見せて挨拶という条件で、金輪際家に関わらせないつもりだったのに。

「お茶お持ちしましたよ。」
声の方へ顔を向ければ、開け放してあった襖の傍で女中が正座をしていた。
今この状況で声かけるのどうなの。ていうか呼んでないし要らないし。
仕方なく曜から離れて、女中に入っていいよと声をかける。






  
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