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銀河の終点 (2/3)


家入先輩は急患が入ったと言い、病室をあとにした。以前より隈も濃くなっていたし、きちんと寝れているのだろうか。
そんなことを思いながら見つめていた扉が勢いよく開いたことに驚き、目をぱちくりさせれば、悟が髪を振り乱して入ってきた。
「ごめん遅くなった。硝子きた?」
「きたよ、少し話もした」
そんな慌てなくても大丈夫なのに。
ベッドサイドの椅子に腰かけた悟の髪を、力の入らない手でなんとか整えようとする。
「なに?なんかついてる?」
「梳かしてあげようと思って」
「そんなこといいから安静にして」
呆れたように言いながら腕を掴まれて、ベッドに戻された。

「そんなに慌ててどうしたの」
「早く会いたかったの」
そう言いながらベッドに戻された手を強めに握られた。相変わらず痛いなあ。悟の受けた痛みに比べたらどうってことないのでされるがままにしておく。

「ごめんね…夏油先輩のこと、私が失敗したから、悟が…」
「場所が場所だったからね、伊地知が泣いてたよ、後処理終わりません〜って」
「そうなの?悪いことしちゃったな…」
ほんのり話を逸らされて、やはり触れられたくなかったのかもしれない。悟から話すことはないだろうが、私からも聞かないようにしようと決めた。
それにただでさえ忙しい伊地知君には、さらに負担をかけてしまった。今度仕事代わってあげようかな。でもその程度じゃ伊地知君の負担は減らなそうだ。
あまりに私が凹んで何も言わなくなったからか、悟はそんな気にすんなよと言いながら頭を撫でてくる。なんで、こんな時まで気遣ってくれるのだろう。気遣われるたび自責の念に駆られてしまう。

「お前は頑張ったよ」
私はまた慰められることが情けなくて、緩く首を横に振った。
「そうそう、今回は憂太が大活躍だったんだよ〜。その憂太はなんと、菅原道真の子孫で僕の遠い親戚なんだって」
親族増えたね〜、と衝撃の事実を伝えてきた。病み上がりの脳では処理できず、赤の他人だと思ってた人、それも生徒で、さらにあんなへろへろだった子が襲撃にも対処したのかと一瞬混乱する。
「はええ…最近の子はすごいなあ」
「ねー」
悟は思ってなさそうだなあとみた。1年だけじゃなく2年の子達も粒揃いだし、恵君だってポテンシャルの高い存在で、悟の周りには強い人が集まっているもんなあ。それに悟自身が強いからその他大勢は同じに見えてたりして。家系の違いというのをまざまざと見せつけられた気がした。

「憂太君の呪いは祓えたの?」
「あれは憂太の呪力の塊みたいなもので、憂太の呪力そのものだったんだよ。」
「じゃあ負担になってたわけじゃないんだ…。よかった、無事でいてくれて」
「それはこっちのセリフ」
そう言って親指で頬を撫でられた。私に触れる手とは対照的に眉間に険しい皺ができている。やはりまだ少し怒っているようだ。そんな表情は一瞬で、ぱっといつもの様に口元に笑みを作った。

「仕事復帰する?僕としては専業主婦も向いてると思うなあ。ご飯にする?お風呂にする?って迎えてくれたら任務も頑張れるしい」
さらにサングラスをずらして上目遣いでこちらを見てきた。久々にうるうるとした瞳を目の当たりにし、そのオーラにうっと言葉が詰まる。私がその瞳に弱いってわかっててするんだから。
悟がずっと私が前線から引いてほしいことはわかっていた。百歩譲って教師と補助監督になることを許してくれたけれど、それも何もできず家でじっとしていられなかった私の我儘で、こんな事態を引き起こしてしまったら、もう何も言えない。悟に後悔させないと大口を叩いておきながらこの様だ。
悟は選択肢を与えているようで、悟が望む答えを言うよう期待している。そういう性格だとも重々承知しているし、彼なりに私のことを思ってのことだとも。それでも、私の答えは決まっていた。
「この力があったから、良い事も悪いこともあった。悟と出会えたし、悟のために使いたい。この力で呪術界が良くなるなら尚更」
「誰から聞いたの」
「ごめん、前に話してるの聞いちゃった」
子供のお守りはごめんだと言っていたのに、なぜ恵君に目をかけたり、教師になったりしたのだろうとずっと考えていた。実際はたまたま家入先輩と話しているところを聞いてしまったのだ。上がどうのこうの、後進を育てて早く呪術界を良くしたいと。

「僕はお前が傍にいてくれるだけでいいんだけど。ずっと言ってるよね。それ以上強くなってどうすんの。上は根強い男尊女卑なのお前も知ってるだろ、お前にできることなんて何も無いよ。」
ひんやりと覗く瞳は、痛いほど突き刺さる。一瞬で空気がヒリついたのを肌で感じた。
いつもの軽薄が消えた強めの口調の悟は本心から話している。いつも私の意見を優先させてくれるが、今回は譲る気はないらしい。悟は言い切ると、思うところがあったのだろう。一息吐いた後罰が悪そうな顔をしながらごめんと小さく呟いた。

「謝ることないよ、悟が思うなら現実はそうだもん。私がちょっと能天気だったね」
「違う、お前は自分のことを蔑ろにするからきつく言った、それは謝る。でも改善してほしい、頼む。」
いつになく切実に懇願され私は戸惑った。こんな悟は初めてみたから私も謝ることしかできず、悟から目を逸らした。
気づいたら悟が心配するほど自分を追い込んでいるように見えたのかと。悟の心配しすぎな気もするが、ここまで言うのならよっぽどなのだろう。

「目覚ましたばかりなのに悪かった。お前の事になると冷静じゃなくなる」
珍しく苦心する姿に胸が締め付けられた。また愛してる人にこんな顔をさせてしまった。
私は首を横に振って、強めに悟の手を握った。
「私も悟の優しさに甘えててごめん…これからの事よく考えるし改善するね」
今すぐにでも悟を安心させたくて、できるかわからないか宣言してしまう。これは私の悪い癖だとも思うけれど有言実行していきたいのだ。
その決意を見た悟はぽかんと口を開けている。
「なんで怒らないの」
悟は私が怒ると思ったのだろうか、飼い主に楯突いた忠犬じゃあるまいし。
「悟の気持ち考えたら怒る気になれないし、寧ろなんでいつも悟にこんな顔させちゃうんだろうって自分が憎いよ。」
「お前さあ…」
悟は大きく息を吐き出したあと、口元に笑みをほんのり浮かべた。張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ気がして、私も詰まっていた空気を小さく吐きだす。
悟が何を思いそんな顔をしたのかわからなかったため、ん?と首を傾げて続きを促した。
「そういう健気なところは可愛いけど、追い込みすぎる癖はよくないからね」
頬から額を通り、大きな手が前髪を掻き上げる。柔らかい手つきは気持ちがいい。
「僕は曜とくだらない話して曜と笑ってる時間が1番好き。だからずっと傍にいてほしいし、お前がいない世界には意味が無いと思ってるよ」
シンプルだが、その奥に秘められた悟の厚く深い思いも伝わってきた。私にとっても悟との時間はかけがえのないものだから良くわかる。まだたくさん話したいこともあった、一緒の時間を過ごしたかった。死んでしまったらそのどれも叶わなかった。撫でられた頭から伝わる温もりに、生きていて良かったとひどく安堵し、また涙が出てきた。

「私もずっと悟のそばにいたい」
私の一番の思い、強い思いは鼻声混じりにか細く響いた。涙に滲んだ視界で、悟は眉を下げて笑っているのが見えた。
「泣かせちゃったね。ぐしゃぐしゃなのも可愛いけど」
悟はどこか楽しそうではあったが、ハンカチでごしごしと拭いてくれたので、ありがとうと嗚咽まじりに伝えた。






  
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