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海面を渡る (2/2)


賑やかな人混みの通りから一歩外れた道に、禍々しい気配を感じ取る。隣の通りではお店が並んでクレープやポップコーンにタピオカやら売っているのに。任務が終わったら恵君と食べよう。
悟に任された恵君の引率に原宿まで来た。と言ってもその近くの中学校だ。階段から何人も落ちていたり、4階の窓が不自然に外れたり、どうやら怪我人が多発しているらしく、調査依頼を受けた。
都会だからか気配からして2級程度だろう。とは言ってもまだ中学生の恵君を連れて行くなんて、危ないだろうに。少し背が伸びて気づいたら抜かされていた恵君を見上げる。
「1人で大丈夫そう?悟に私はサポートもダメだって言われて。」
「別に1人で大丈夫ですよ。相変わらず五条さんに頭上がらないんすね」
「違うよお!恵君が心配なの!」
「心配する歳でもないでしょ、どんだけ過保護なんすか」
呆れたように吐き捨てて、恵君は帳の内側へ潜ってしまった。
肉体的にも精神的にも初めて会った頃より成長しているが、まだ心配する歳だろう。だってきみは中学生だぞ。

そうこう思っている内に帳は上がり、恵君が戻ってきた。相変わらずむすっとしているが、笑って欲しくて笑顔で出迎える。
「ご無事で何より!」
「待ってなくていいのに」
「だって一緒に竹下通り行きたいもん!」
「そういうの五条さんと行ってくださいよ」
「なっ…。私は恵君と出かけたいのに。」
なんならクレープとかで餌付けしたいのに。昔はなんだかんだノリに付き合ってくれてたのになあ。最近は塩対応もいい所だ。

「変な気遣いやめてください」
「そういうんじゃないよ」
溜息混じりに釘を刺されたが、津美紀ちゃんが呪われたことについてだろうか。顔には出さないが、恵君も堪えているに違いない。そしてそれを心配されるのはもっと癪に障るのだろう。でも、今回は本当にそんな気を遣ったわけではない。世の中の若者がするように、ただ恵君と食べ歩きをしてみたかったのだ。

「私の交友関係の少なさを甘く見てもらっちゃあ困るよ」
「友達いないんすね」
「そういうこと!」
「人混みとか無理なんで、ほんとに」
ため息を吐いて肩をすくめる姿に、じゃあしょうがないかと落胆する。

「わかった、また今度ね…」
「病院行くんで送んなくていいですよ」
私もお見舞いに行きたかったが、それじゃ、と駅へ向かって歩きだす姿勢にお前はくるなと遠回しに言われている気がした。私もお節介すぎるのも反省し、今日はついて行くのを辞めた。
また今度のお返事は貰えなかったが、めげずにまたどこか誘ってみよう。少しでも反抗期の恵くんを手懐けたい作戦だ。
「寒くなってきたから風邪ひかないようにね〜」
聞こえるように叫びながらひらひらと手を振って小さくなった背中を見送った。

私は久しぶりに竹下通りに来れたので、クレープをどんなカスタマイズにするか考えながら歩き出した。
もうすぐ閉店間際だというのに、久しぶりの通りはこんなに混雑していたかというほど歩くのも大変な夕焼け道を行く。そうしてなんとかお目当ての店の前まで辿りついた。

「…は?」
つい声が漏れてしまった。じっとみつめたその先に、この群衆の中でも抜きんでて目立っていた。
見覚えのある横顔は、穏やかな微笑みで女の子たちがクレープを食べているのを見つめていた。
残穢も気配もこんな所で隠さなかったことを後悔した。私の気配に気付き、その横顔はこちらに振り向いた。
その人は驚くでもなくただ昔のように笑っており、私は目を見開いた。
なんでこんな所に?生きていたのか?と色々疑問は湧いてきたが、口に出せずぱくぱくと動かすことしかできなかった。

「まさかこんな所で会えるなんて」
久しいねと私の真正面に立ちはだかる。
感じたことの無い緊張に、動悸が走る。肌寒い季節なのに、頭の中で蝉がうるさく鳴いている。間違いない、あの人だ、大勢の人を殺して、悟を裏切って、いつまでも悟の中に居続ける人。まさか、死んでいなかったのか。悟はあの時殺せなかったのか。実物だと確信がもててしまうほど疑問が湧いた。

「なんで、なんで…」
「家族たちがクレープを食べたいって言うから」
家族たち…。そんなことを聞きたいわけではなかったが、どうやらもうすでに結婚していたらしい。家族までできていたなんて。人並みの幸せを享受していたことに、埋まりようのない時間の壁を感じた。
でも、だからこそ腹を括れた。もうあの頃の夏油先輩とは違うのだ。今なら私が夏油先輩を処刑できると。

「生きてたんですね」
「酷いな、勝手に殺すなんて。」
「なんであんなことしたんですか」
「術師だけの世界を作るんだよ。悟から聞いてない?」
私は首を横に振った。蘇る懐かしさも振り払いたかった。あの時言っていた言葉は、本当だったんだ。
“非術師を恨んだことはないか“ 私と先輩の軋轢が生まれた瞬間に、聞いた言葉だった。
私が先輩の理想を笑い飛ばしてしまった事に怒っていたのだと、去って行った背中を思い出す。

「夏油先輩を殺すことになるなんて、残念です」
「はは、まだ先輩と呼んでくれるなんてね」
するりと頭を撫でられて、背筋が凍った。予想外の速さと、並々ならぬ呪力の圧に屈しそうになる。味方だったら心強いのに、敵となると厄介だ。

「ここだと大勢の人質を守りながら戦うことになるけどいいのかな」
自分に有利な盤面だと言いたげだが、困ったように笑うのは白々しい。
私の術式なら、私と先輩だけの小さな空間を作れる。勝機は薄いが、箱ごと燃やせば道連れにはできる。
悟は図太く生き残りそうと言っていたなと彼のにやにやした顔が浮かんだ。
私が先にいくことを許して欲しい。

身内を手にかけたから、夏油先輩を殺せなかった悟の気持ちも今なら少しはわかる。だとしたら、私が悟の代わりにやるしかない。悟に私と同じ感情を味わってほしくない。

震える手に力を込めて術式を発動して、小さな空間を作り出した。
遠くで夏油様と叫ぶ少女たちの声が聞こえた。

子どもたちもいるのにごめんなさい。私が身内に手をかけた時と似ている状況に、ちーちゃんの泣き顔が過ぎり心が張り裂けそうになる。

「これなら、誰も巻き込めませんよ」
「近接は苦手と言っていただろ」
「我慢比べです」
指先に火を灯して、足元に投げ捨てた。火は冷えた空間を熱いくらいに燃やしている。それを見た夏油先輩は相変わらずニコニコ笑っており、全く怖気付いた気配はない。

「君が酸欠になってしまえば術式も弱まる」
「私が構築したものは死んでも残るんですよ」
「よく考えたね」
酸素が薄まり、霞んだ視界で夏油先輩が数回頷くのが見えた。

「でも…」
そう言うと、みしりと空間に亀裂が走った。
「私の家族を甘くみてもらったら困るよ」

私が作った空間は外部の何者かにより壊され、また賑やかな街並みが開けた。
二酸化炭素で埋まった肺が酸素で満たされて、思わず咳き込んだ。
呪力で強化したものなのに、こうも簡単に壊されると泣けてしまう。

「てんめえ!夏油様になにしとんじゃ!」
子どもたちは、夏油先輩を守るように眼前に立ち塞がった。衛兵を倒さなきゃ大ボスにはたどり着けないゲームのようだ。

多対一は久しぶりだ。それも推定1級の呪詛師相手。
私のことも甘くみてもらっては困る。
木の術式から蔦を行使して、ガタイのいい半裸の人と少女二人を吊し上げた。周囲の通行人のどよめく声が上がる。

「曜…?」
聞き覚えのある声に、反応し振り向いてしまった。その姿を見て、なんて運が悪いのだろうと呪った。大学時代の友人が、こちらを訝しげな視線で見つめていたのだ。一般人に術式を使っている様をみられたのは中学生以来だった。関係が深いわけでもない、その場限りの友情と呼ぶには浅い時間だったのに、もし気持ち悪がられたりしたら、と考えが過ぎるとじくじくと胸が痛んだ。

その一瞬の綻んだ隙を突かれ、私は術式を発動するのも間に合わず、夏油先輩の呪霊で吹っ飛ばされた。遠くで友人の悲鳴が聞こえる。
冷えたアスファルトに背中を強打し、久々に感じる体の痛みにけほけほと咳き込む。
ああ、やってしまった。息つく間もなく次々に攻撃を畳みかけられ、私は死を悟った。

「君は隙があるようでない子だから、」
仰向けで動けないままの私の頭上に、夏油先輩が覗き込んできた。こんなにも敗北感を味わったのは久しぶりだ。呪霊躁術の強さは手札の多さなのだと身をもって知る。
「勝てないかと思ったよ」
嘘ばっかり。余裕綽綽な笑顔からは、そんな感情は1ミリも感じ取れなかった。
肉弾戦になっても、戦術は稽古をつけてくれた先輩譲りだから勝てなかっただろう。術式頼りの私の戦術は一瞬の隙が命取りなのに。最後の気力で反転を施そうとした時、徐に夏油先輩が口を開いた。
「最後に言い残すことはある?」
その言葉に力が抜けてしまった。残りの力は会話ではなく反転に回すべきだったのに、どうしても伝えたくなってしまった。
「五条先輩と仲直りしてください」
「ほんと君は、昔から悟のことばっかりだな」
その言葉を最後に私の意識は暗い暗い闇へと堕ちていった。








  
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