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月まで逃避行 (7/8)


その後、海岸沿いに並ぶ店で服を買ってやり、硝子の連絡がくるまで、手を繋いで浜辺をフラフラと歩くことにした。

「あれが海?」
「そ、初めて見た?」
「うん…綺麗…」
大人の曜ならもっとはしゃぐのだろうなと、しおらしい少女を横目に思う。
「お兄さんの瞳みたい」
淡々と紡がれたその言葉にぎょっとした。こいつは蒼ければ俺の瞳を連想する。そこは変わらないのだと愛おしさが募り、抱きしめたい衝動を抑え、空いた手で緩く頭を撫でた。

海を見つめていた顔は、ゆっくりと通り過ぎる人を追いはじめた。何か気になるものでもあるのだろうか。
ある特定の物を食べてる人を眺めていることが分かり、なるほどねと口角を上げる。

「アイス食べたいね」
そう言えば、少女の力強く頷く様に軽く吹き出す。やっと心が開きかけているのか、感情の吐露が見て取れた。けれど、このわがままな歳に素直に感情を言葉で紡げないのは、見ていて痛々しい。
見えることへの理解がない環境というのは、俺には想像つかない。こいつはその悪意を一身に受けて育ったのかと思うと、やるせなさが腹の底に蠢く。
こいつは、これからは目一杯幸せを享受していいはずだ。呪術会なんかに縛られて、苦しめられて生きていかなくてもいいじゃないか。それでも前へ進もうとするなら止めはしないが、逃げ道は用意してやらなければ。そう考えるのだった。

近い店で買ったアイスを買い、浜辺で隣に座って渡せば、少女は初めて笑った。花開いたように笑う姿は、相変わらず可愛らしくて頬が緩む。甘いもの好きだって言ってたもんな。
だが、こいつはいつから笑えるようになるのだろう。確か近所の兄ちゃんと仲良かったって言ってたし、その時だろうか?

「ねえ、近所にお兄ちゃんいるでしょ?」
曜がぺろりとアイスを一口食べたあと訊けば、首を横に振った。
やっぱり、まだ会う前か。じゃあ笑わせたの俺が先ってことね。なんとなく優越感を感じながら、アイスを食べるさまをにまにまと眺める。

すると着信を知らせる音がなり、びくりと曜の肩が揺れる。大丈夫だと頭を撫でてやり、通話ボタンを押した。
「どう?なんかわかった?」
「解呪の方法だけど、0時になれば自然と元に戻るそうだよ。」
「まじ?さんきゅー助かった。」
「いい酒期待してるぞ」
「まかせて」
通話を切って、安堵の息を吐く。なんだ、どこかの童話のお姫様みたいだな。呪具も魔法使いのそれっぽいし。調べてくれた硝子には感謝だな。この辺に美味い酒あったかな。つまみも買ってやろう。

「良かったね。元に戻るって」
通話中もずっとこちらを凝視していた少女に報告する。なんのことか分からないのだろう、こてんと首を傾げた。俺もそれに合わせて、笑いながら首を傾げる。
「やっぱり、帰らなきゃだめ?」
「ううん。しばらくここにいるよ。」
早くアイス食べな。と誤魔化すように催促する。素直に頷いた少女は、スプーンでひと口掬った

「お兄さんにもあげる」
はいとスプーンを差し出され、ぴくりと眉が上がる。少し驚いたが、口元まで伸びたそれを含んだ。

「ありがとう」
「おいしい?」
うんと頷けば、また少女が微笑んだ。うわ、その可愛さは反則だろ。光源氏の気持ちが少し理解できた気がする。あざとさは健全な少女に翻弄されながら、自分が罪を犯す前に、早く元に戻ってくれと願わずにはいられなかった。


▲▽


夕食を終えてコテージに着けば、疲労が限界を迎えたのか、少女はごしごしと目を擦り、宙を漕いでいる。とても眠そうだ。
「眠い?寝ていいよ」
ぶんぶんと首を横に振っているが、目は閉じかけている。仕方なく両脇に手を通して持ち上げ、ベッドまで運んでやる。
とろんとした眼がこちらを向いて、袖を握られた。
「どうしたの?」
何も言わず、少女は瞳で何かを訴えてくる。傍にいればいいのだろうか。ベッドサイドにしゃがんで、少女の髪を撫でた。

「…お兄さんに会えてよかった」
ありがとう、と弱々しく微笑んだあとゆっくりと瞳は閉じられた。特別何かしたわけではない、それでもこの頃の曜の憩いになれるのなら、何でも良かった。その時感じた腹の底を擽られるようなむず痒さに、首がしなだれる。何歳の曜になら敵うんだよ。



「さとる…?」
ふにと頬をつつかれる感触に重い瞼を持ち上げる。しばらく眠りこけていたようだ。ぼんやりとした視界に、元の姿に戻った曜が俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。不安そうな表情が淡い間接照明に照らされている。
「よかった…」
「え?私、森に入ってからの記憶がなくて…ここどこ?」
「泊まる予定だった場所」
「じゃあ荷物もあるよね?服きつくてくるしい」
眉を八の字にした顔から下へと目線をなぞれば、きつそうな胸の辺りを握っていた。煽るなあと寝ぼけた頭で思う。
「脱いだら?」
曜は少し考えるように黙り込んだ。
「の…ぶらしてないし」
今更恥ずかしがる仲でもないのに、少し照れたように口を尖らせる。その可愛さに口角が上がってゆくのがわかる。それに比例して、曜の表情は曇っていった。

「悟変なこと考えた」
「考えてないよ」
そう言って背筋に手を沿わす。
「やだ、その手なんかやだ」
すっと風のごとく俺から距離を取って、荷物どこと怪訝な顔で訊いてきた。はいはい、と言って立ち上がり、固まった腰を解しながらスーツケースを取ってきてやる。

「ありがとう…そういえばなんでこんな服なの?」
「あー、呪具で小さくなってさ」
ベッドに腰かけて、曜が背を向けて着替える様を眺めていると、ぴたりとブラをつける手が止まった。
「いつ?いつの私だった?」
暗いトーンの声に、これはまずいなと察する。
こいつは頑なに昔の自分を知られたくない所がある。
「んー小学生?でもいい子だったよ」
「本当?」
「スーパーイケメンなお兄さんに出会えてよかったってー」
曜はそれ以上何も言わなかった。嘘だと思ったのか。本当のことなのに。

「迷惑かけちゃってごめんね。次から気をつける」
取り繕うように明るい声に変わった。
「僕は楽しかったよ焦ったけどね。」
着替え終わった曜の腰に手を回して、自分の隣に引き寄せた。
「かわいくなかったでしょ」
「可愛かったよ。今の曜のが好きだけど」
そう言って額に口付ければ、不安そうな顔が少し和む。相変わらずちょろいところも可愛い。ポケットからスマホを取り出して、写真みる?と顔をのぞき込む。
「撮ったの?」
「当たり前じゃん」
小さい頃の姿を近所の兄ちゃんだけ知ってるのは癪だし。写真まで収めると思わなかったのか、曜が珍しくドン引きしてるのも面白い。その姿ににっこりと笑いかけた。
「嫌なら消すよ。何か埋め合わせもする」
しかし、それはいらないと首を横に振られた。
「私も悟と海行きたい。」
きゅうと手を掴まれて、切実な瞳で訴えてくる。そんな可愛いことを平気でするのが曜だった。振り回されないよう外れそうな理性をなんとか保つ。
「うん、行こう。呪物を明日すぐ届けろって言われたけど、飛行機まで2時間は遊べると思う。」
「朝早起きしよ!」
「遠足前みたいに寝れなくなるなよ」
「寝不足でも這って行く!」
そこは寝ろよ。鼻で笑いながら、わしゃわしゃと頭を撫でた。楽しみで仕方ないのか、ほくほくと笑顔を浮かべている。機嫌も治ってなによりだ。




  
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