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月まで逃避行 (6/8)


空港から一歩足を踏み出せば、日本と大して変わらない暑さが肌を撫でる。一言でいうならクソ暑い、だった。

「うわー南国!」
曜は暑いねーと胸元をぱたぱた仰いでいる。お互い南国には似合わない黒の任務着。それは一身に光を集めており、溶けるのも時間の問題だった。

「どう?サプライズドバイは」
「アメリカとはまた違う良さがあるね!」
「任務なければ最高なんだけど」
そう言いながらスマホの電源を点ければ、何件か着信がきていた。おえと内心嘔吐きながらも、折り返そうと操作する。
現地に着いたことと、回収してほしい呪具の場所を確認し終話した。

「車回すから待ってて」
「わー観光みたい」
まあそんな事言えるの今のうちだと思いつつ、にっこり笑い返した。


▲▽


「未だに虫としか出会わないんだけど、本当にあるのかなあ」
「信憑性低いならここまでこないよ。」
うっそうと茂る木々の間を縫いながら、周囲を満遍なく見ていく。特級呪具だし、すぐ感知できると思ったんだけどな。お目当てのものはその片鱗も見せない。
なんせ見つかるまで帰れない任務だ。長丁場になることは想定内。だから曜も連れてきた。

「手分けして探そうよ」
「お前迷子になるだろ」
ならないよ!と曜は眉を顰めた。鼻で一笑して、汗で張り付いた横髪を耳にかけてやる。もしこいつに危害が及んでもすぐに駆けつけてやれない。それだけは避けたい。髪の毛一本たりとも傷つけたくないのだ。
すると、曜は閃いたというように眉を上げた。
「ヘンゼルとグレーテルみたいに残穢付けて歩けばいいんだよ。」
どうやら手分けして探せるように進めたいらしい。こいつの性格を考えれば、無理に縛ることも出来ないか。仕方ない、その案に乗ってやるかと溜息を吐く。
「迷ったらすぐ連絡して」
「なんで迷う前提なの!」
「じゃあ曜は右、僕は左ね」
「まかせて!」
曜は破顔して、ぐっと親指を立てる。頼りにされるのがそんなに嬉しいのかね。健気だなと歩き始めた背中を見送る。俺も踵を返し、曜とは反対に足を進めた。


数時間森林を歩き続けたが、呪具を感知すらできなかった。おかしいなと違和感が残る。曜の方で何かあるかもしれない。
スマホを取り出して電話をかけるが、応答がない。くそ。だから言ったのに。嫌な予感がして一目散に駆け出した。曜の残穢は至る所にこびりついており、どこに向かったか逆に予測できない。考えろ、俺。
周囲へ目を光らせながら、反転で冴え渡る脳を動かす。

「は…?」
木々をかき分けた先に、黒い物体があった。それは紛れもなく曜の服だった。
その服に見合わない小さい体が覆われており、色素の薄い髪だけが服からはみ出ていた。

俺の足音を感じ取った物体は、ゆっくりとこちらを向いた。その瞳は光を失っており、ただ呆然とこちらをみていた。慌ててサングラスを外し、呪力を確認する。
「曜か…?」
こくりと頷いた。俺の眼も曜と認識しているが、しかし、俺の知っている曜とはひどくかけ離れた外見だった。その姿はまるで、少女だ。推定小学生。恵より少し小さいくらいだ。

「お兄さんだあれ」
「…君の夫だよ」
「曜けっこんしてるの?」
「指にあるでしょ」
そう言うと、曜は驚きもせず淡々と、ぶかぶかな裾から手を出して緩く落ちそうな指輪を見つめた。

近寄れば、小さな手に木の枝のような物を握りしめている。あれは、間違いない、特級呪具だ、俺の眼が感知する。だがしかし、どうしてこうなった。時間を操る呪具だというのは想像に難くない。それでも曜が扱い方を知っているわけがない。くそ、俺が付いていれば。心の中で何度目かの悪態をつきながら、少女に向けて口を開いた。

「君…なんでここにいるかわかる?」
ゆっくりと首が横に振られた。そうか、大人の曜の記憶は無いのか。だとすると操作方法もわからなくなったわけだ。
ただじっと見上げる大きな瞳を見下ろす。怖がるわけでもなく、淡々とこの状況を受け入れているような。普段のへらへらしている曜の明るさからは想像つかないほど、仄暗い闇を感じた。

「それ、かして」
手を差し出せば、何の抵抗も示さず持っていた枝を渡してくれた。取り敢えず、高専に連絡するか、術式無効化の呪具をこっちまで運んでもらおう。
いや待てよ、この状況を上層部に知られたらまずい。曜の存在を忌避している上の奴らに、これは好機と捉えられかねない。なるべく隠密に事を進めたいし、硝子あたりに相談するか。
大人しい少女を抱き抱え、スマホを操作する。時差って大体どのくらいだ。あいつ起きてんのかな。数コール鳴ったが応答がない。まあ国家試験の勉強してるとか言ってたし、電話に出ないのも無理もない。メールで逆鉾を持ってくるよう頼んでおく。取り敢えず返信待ちだな。

「暑くない?」
少女の前髪をかき分けてやると、首を横に振った。この頃から我慢癖がついてんのかね。もはや毛布のように嵩張った服は暑苦しそうだ。どこかの店でサイズの合う服を買ってやらなきゃ。

「お兄さん、私の事嫌わなかったんだ」
「は?」
嫌うどころか、この世の誰よりも愛しているが。だがそんな事を少女に宣うのは如何なものか。犯罪者扱いはされたくないので黙った。
「皆、私の事嫌いだから…」
嫌だったら離れていいんだよ。と、少女がぽつりと呟いた言葉が、耳に残る。言いようのない胸の痛みに奥歯を噛んだ。人と一線を引く癖や強い諦念を持っている根底はここからきているのだろう。曜をそうさせた育ってきた環境はもう変えられない。だからこそ俺がなんとかしてやりたい。
「ここどこだかわかってんの?日本じゃないからね。見捨てられるわけないでしょ。好き嫌いとか関係ないから。」
それに君の夫だし。と、左手に揺れている今にも落ちそうな銀輪を丁寧に取って、序に優しく頭を撫でてやる。すると少し神妙な面持ちになった。いつになく読みづらい表情の変化に俺はたじろぐ。

「ここどこ?」
「南の国さ」
曜は南の国?と繰り返した。ニッコリと頷けば、ぎゅっと襟元を握られた。
「日本から遠い?」
「ちょーっと遠いね」
「じゃあずっとここにいたい」
「…………いいよ。気の済むまでここにいよっか」
まあ、元の姿に戻らないとパスポートの写真で弾かれるから飛行機乗れないし。どのみち暫くは滞在することになる。
曜からして見れば、帰りたくないほど、地元で惨いことをされてきたのだろう。
俺の言葉を受けた少女は目を見開いている。今まで動くことのなかった表情筋が少し緩んだような気がした。

森林を抜けると、スマホが振動した。硝子からの返信で無理。と一言だけ返ってきた。舌打ちをしてまた電話をかける。
「なに?言っとくけど黙って呪具持ってくのは無理だから」
「曜に術式かかって解けないんだよね。」
「……まじか」
硝子は曜に弱いからか、少し躊躇いをみせて溜息を吐いた。
「こっちでも調べとくよ。なんて呪具?」
「頼む」
俺は補助監督から聞いた情報の詳細を硝子に伝え、電話を切った。
視線を感じて見下ろせば、不安そうにこちらを伺っている双眸と視線がかち合う。安心させようと、焦燥からへし曲がる口元を無理やり上げた。
「取り敢えず、買い物に行こうか」
戸惑いがちに頷かれ、まだ心を開かれてないのだとわかる。道中の間に少しでも打ち解けたく、口を開く。
「面白い話聞かせたげる」
「おもしろいはなし?」
「むかーしむかし、」

その後も続く俺の考えたテキトーな話に、曜は期待に膨らむ目を向けてきた。終いにはおおーと感嘆の声を漏らしており、お気に召したようだ。昔から本ばかり読んでたと言っていたし、こういうのが好きなんだろう。




  
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