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月まで逃避行 (5/8)


暑い日差しが照りつける中、街中まで曜と買い物に出かければ、何度も手を繋ごうとするのに躱される。どうやら上手い具合に日差しに当たらないよう1歩引いて歩きたいようだ。
確かに今日の日本は暑い。
「悟暑くないの」
「あぢい」
素直にそう言えばくすりと笑われた。思わずムッとなり目を細める。
「お前は日陰にいるからいいよな。」
「手繋げなくて拗ねてるんですか」
「うん。拗ねてる。」
立ち止まってそう言えば、曜は背中に衝突してきた。
「急に立ち止まんないでよ」
びっくりしたあと気の抜けた声にニコリと笑う。
「危ないから手繋いでやるよ」
「ええ…暑いからいいよお」
またもやフラれた。背後霊のように俺が行く先にずれることなくピタリと付いてくる。
「ねえ悟、浴衣何色がいいかなあ」
「水色可愛い」
「やっぱピンク?」
「きいてた?」
暑さで耳までやられたらしい。
ピンクでも黄色でもなんでも似合うんじゃね。可愛いし。


▲▽



任務も終わった夕暮れ時、巻いていた繃帯を取り去りサングラスに付け直す。

「じゃーん」
待ち合わせ場所に向かえば、天使がいた。気怠い暑さも吹っ飛んだ。
天使はどう?と両手を緩く広げて、くるくる回っている。結局曜の独断と偏見で選んだ、白地をベースに薄桃色の花が咲いている浴衣だ。
それよりも、纏められた髪から覗く涼し気な首元や、艶やかな口元に目がいく。浴衣より可愛いのだ。無言でスマホを取り出して写真を連写した。曜にはなぜか大ウケする。

「浴衣1人で着れるようになったんだな。」
「すごいでしょ!」
えっへんと言いながらふんぞり返っている。謙遜しないお前のそういう所好きだよ。そんな溢れんばかりの思いをぶつけたかったが、整えられた髪を崩さぬように優しく頭を撫でた。

「悟もお疲れ様」
一生懸命背伸びして、俺の頭に手を伸ばす姿は健気で可愛らしい。顔がどんどん必死になる様も笑える。もっと見ていたいが、諦める様子もないし、しゃがんでやるべきかと少し屈む。
小さな手が触れ、頭部に熱が宿る。俺にもまだ初心なところがあるかもしれない。

「いざ、人生初祭り!」
気合いたっぷりに、どんと拳を振り上げている。祭りという楽しい行事を知らない彼女には、存分に楽しんでもらいたい。

「僕のおすすめはかき氷。シロップかけ放題とかあるし、色んな味を楽しめるよ」
「シロップかけ放題…?!」
甘いもの好きな彼女は魅惑の響きだといわんばかりに、目を輝かせる姿に頬が緩む。
かき氷店なんて3歩歩けば見つかるし、曜の好きそうなイチゴ味も王道だし。我ながら良いチョイスだ。

道並み続く提灯を過ぎていけば、明るさと共に活気が見えてくる。
「これが…お祭り…!」
おーと感嘆を漏らしながら、あちこちに視線を向けている。
「逸れるなよ」
「悟はいい目印になりそう」
迷子にならないよう指を絡めれば、にっこりと微笑まれる。だが、もし迷って見つけられなくなったらどうするんだと、案じながら強く握りしめた。

「あった!かき氷屋さん!」
曜は氷と書かれた旗が揺れる屋台目掛けて歩き出した。
「うわーシロップどれにしよー」
どうせイチゴを選ぶのだろうと、横目に俺はイチゴとレモンを選んだ。

「みて!呪霊色!」
「なんで食欲無くすこと言うの」
曜がシロップを混ぜすぎて、混沌とした色になった氷を見ておっえーと吐き出す。当の本人は愉快だとばかりにけらけら笑っている。はしゃぎ過ぎて少年時代の様だ。シロップの味は、実は全部一緒なのだと伝えたらどんな反応するのだろう。

「世界に一つしかない味だー」
「シロップってどれも同じ味らしいよ」
「えっ…?」
曜の氷を食べる手が止まった。
「悟のイチゴとレモンちょうだい」
「いいよ」
肯定の意を示し、一口掬って口に押し込んだ。

「イチゴとレモンじゃん…」
え?!わかんない!と言いながら、怪訝な顔でかき氷をかきこみ続けている。腹壊しても知らないぞと思いつつ、じとりとその様を見続けることにする。
「頭キーンってなった!」
今度はヒィーと悲鳴を上げて、頭を叩いている。騒がしいやつだなとその様を鼻で笑ってやる。
苦しそうに閉じていた目が開かれると、それはある一点に注がれた。

「あ!あれ悟みたい!」
曜の目線の先に合わせると、射的の屋台に向けられていた。
「え、どれ」
「あれ!真ん中の上!」
そこには青い目をした白熊の人形が鎮座していた。どう見ても俺には見えないし、そんな目を輝かせるほど魅力的でもないだろう。目の前に良い実物がいるというのに。

「私やってみる!」
拳を握りしめて、意気揚々と向かって行った。もしこいつが取れなかったら取ってやるかくらいの気持ちで、後ろを付いて行く。

「みて!かっこいい!」
曜は簡易的な銃を手にし、隅々まで見つめている。こいつにとっては物珍しいのだろう。好きなだけ眺めれば良いと思う。

「よし!ごりらさーてぃーんいきます!」
高らかに宣言すると、キリッと真剣な表情に変える。
…?ゴルゴじゃねえのかよ。それただの13歳のゴリラだぞ。片目を閉じて獲物を睨めつけている横顔に首を傾げた。
ぱちんぱちんと弱い弾道では、むっすりと居座っている熊が倒れるはずもなく、ごりら13の弾は呆気なく尽きていた。
呪力で強化すれば1発なのに。

「だめでした…」
しゅんと眉を下げて振り向いた姿が健気すぎて、庇護欲擽られる。仕方ないとばかりに、おっちゃんにお金を払い銃を手に取る。

「僕が取ってあげる」
「意外とくまちゃん堅いですよ」
「まあ見てなって」
術式の出力ではさすがに店を吹き飛ばしそうなので、単純な呪力強化でいくことにする。曜はそれを察したのか腕の裾を引っ張られ、ずるはダメですと耳元に声がかかる。真面目だなあと聞き流し、呪力で強化した銃弾一発で図太い熊を討ち取った。
おっちゃんに兄ちゃんやるねーと言われながら、熊を受け取る。

「はいどうぞ」
「…………」
俺が取ったからか、呪力のズルで取ったからか、受け取るのを躊躇っている。しかし物欲はあるようで、手を出したり引っ込めたり、酸っぱそうな顔をして悩んでいる。

「いらないなら返すよ」
「こ、今回は大目に見てあげます」
さっと俺の手から熊を取って、大事そうに抱きしめた。可愛いけどかわいくねえ。こいつの頬をむにと摘む。俺の視線をうけて、曜はバツが悪そうな表情をみせる。
「嘘ですありがとう悟だいすき」
ほぼ棒読みだったが、まあ良しとする。柔い頬から手を離してにっこり微笑んだ。
そういえばとスマホを取り出して時間を確認する。
「あ、もうすぐ始まるね」
「なにが?」
「花火」
花火?!と大きな瞳が輝いた。期待に膨らんだとひと目でわかる。期待に応えるべく、どうかいい場所で見させてやりたい。

「私、人生で初めて生で見る…テレビとか本では見たことあるんだけどね。」
「ちゃんと目に焼き付けろよ」
「花火だけにね!」
そうそうと適当に返事をして、人気の少ない場所まで足を進める。慣れない下駄は長く履いてると痛むだろうしと、座れそうな所を探す。
屋台道をそれれば、こじんまりとした神社を見つけた。丁度良いかと境内に入れば、木々に囲まれてうっそうとしている。取り敢えず石段に曜を座らせて目の前にしゃがむ。

「足痛くない?」
「親指の間がひりひりする」
「みせて」
まあ、こいつの事だから痛くても黙ってるつもりだったのだろう。少し赤らんだ指の付け根を見て、眉間に力がはいる。もっと頼って欲しいが、性格的に時間がかかるだろう。俺が何度も声をかけることで言いやすくなればいいけど。
教師になってから、持ち歩くようになった応急ポーチを取り出して、患部に絆創膏を貼りつける。

「どう?」
「いい感じ」
ありがとうと力なく笑った。隠しているつもりなのだろうが、流石にまだ痛むだろう。ふうと一息吐いて隣に腰掛けた。

「……悟」
名前を呼ばれ、横に視線を向ければ、一際明るく横顔が照らされた。それは不安気にこちらを向いており、何を言われるのか、焦燥感が募る。

「お祭りってこんな楽しいんだね」
憂いを帯びて笑う表情に違和感を覚えた。だったらもっと楽しそうな顔してくれよ。俺には、この瞬間を享受していいものかという葛藤にみえた。少しでもその気持ちを和らげようと、白熊に回されている手を掴んだ。
「だから言ったろ。来年も再来年も毎年行こう」
ぽつりと言えば、そうだねと、くしゃりと笑った。少し気が晴れたのか、その顔はゆっくりと夜空に向けられた。それと同時に、花火の光によって照らされる。曜は打ち上げられる火の花に、感嘆の声を漏らした。
照らされて艶めいている半開きの唇にごくりと生唾を飲む。自分の欲求にかぶりを振って、大人しく花火へ目線を向けた。

「今度は悟も浴衣着て」
「ほんと好きだよね僕の和装」
だってかっこいいんだもんと眉を下げて口を尖らせた。お前はほんとあざといな。可愛さに乱されながら、誤魔化すようにふてぶてしい唇を食んだ。





  
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