×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
月まで逃避行 (1/8)


夕刻に橙色の日差しがささる扉を、こんこんとノックする。少し間があってゆっくりとドアが開き、つんつんとした黒髪が揺れるのが隙間から見えた。目が合うと軽く頭を下げられる。
「久しぶり!」
「曜さん!」
奥から津美紀ちゃんがにっこり笑顔で呼んでくれた。
よかったあ覚えててくれて。それにきちんとチェーンが掛けられており、防犯対策ばっちりで安心する。
1度ドアが閉められ、再度気怠げな視線が覗いた。

「良かったね恵〜!曜さんが1週間以上来ないからまだかなって心配してたんですよ〜」
ねーとにこにこ笑う津美紀ちゃんに、恵君はふいと顔を逸らした。黙っているということは肯定と捉えて良いのだろうか。
ああ…何この可愛い生き物たち。今すぐ懐に抱き込もうと危ない扉を開きかけそうになり、慌てて閉じた。
約束破ってごめんねと2人の頭を撫でて、恵くんに視線を向ける。

「津美紀ちゃん、ごめんね。恵君借りていくね。」
「はーい!行ってらっしゃーい!」
恵君だけ連れ出されるのは慣れているのか、津美紀ちゃんは疑うことなく見送ってくれた。

恵君はため息を吐きながら口を開いた。
「五条さんは?」
「今日は悟が別の任務で、代わりに私が。3級呪霊なんだけど、悟と一緒じゃなくてごめんね。不安だよね。」
小さな手をぎゅっと握ろうとすると、ばしと振り払われた。
「いない方が楽なので。」
「悟に何かされた?」
「別に」
否定しないという事はされたのか…。まったく、こんな小さい子相手に大人気ない。いつまでも無邪気な中二の夏気分なんだから。
「今度キツめに叱っとくね。」
「曜さんは怒るとか無理でしょ」
無理じゃないよ!と強めにガッツポーズした。任せて欲しい。しかし恵くんはため息を吐くだけだった。
「初めて曜さんがうちに来た時、前日に電話があって」
「そうなの?」
「はい。曜さんが疲れてるからおもてなし会しようって。あの人張り切ってましたよ。」
「そうだったんだ…。ありがとうね…」
まさか悟がそんな手を回していたなんて。初対面に関わらず、お酒を出し座らせてくれた恵君の健気な優しさがじんわりと沁みてきた。本当にいい子たち…。
それにしても最近悟に気を遣われてばかりだと、少し申し訳ない気持ちになる。日頃の行いを鑑みればそんなもの中和される程度だが。
「ていうか、どうして今その話を?」
「五条さんには黙ってろと言われたので。」
はーん、なるほどね。まったく、恵君も隅に置けないなあと腕を組んだ。
小さな抵抗すら可愛らしく愛おしい。
このこのと肘で小突くフリをしたが、またため息を吐かれた。

そんな悟から今日の課題を言い渡されておりじゃじゃんと発表する。
「複数の敵を想定して戦ってほしいそうです。私ももちろん護るし合わせるので安心してください!」
「わかりました」
「私たちのコンビネーションを呪霊に見せつけよう!」
テンションを上げるため、えいえいおー!と拳を突き上げたが、恵君はむすっとしてしまった。
だが控えめにぎゅっと手を握っているのは見えたので、少しノってくれたのだとキュンとなる胸元を押さえた。

今日の呪霊は数は多いが強くはない。帳を下ろせば、さくっと恵くんは玉犬で祓い、私も取りこぼしがないよう努めた。
帳が上がれば、外から見慣れた背格好が日没の暗がりに浮かんでいた。揺れる白髪にあ、と声が出る。

「お疲れ様〜。恵もいい感じだね」
ゆったりとした足取りで歩いてくる悟に、玉犬を撫でている恵君はぺこりと頭を下げて口を開いた。
「何しに来たんですか」
「僕の任務が終わったから寄ったの〜心配だから。」
ちらりとこちらに視線を寄越してまた恵君に向けた。
この後控える予定については触れず、あくまで恵君思いの程なのは結構だが、それよりも伝えなければいけない。
「悟、恵君のこといじめてるの?だめでしょ大の大人が。」
「なにが〜?」
腕を組んで威厳を張れば、悟はそんなのに臆することなく首を傾げた。
「体格も力も格上な相手にいじめられたらどうしようもできないんだから、少しは恵君の」
「もういいですよ曜さん。」
「そうそう、恵もこう言ってるし。僕のはいじめじゃなくて愛のムチだから。」
なぜか悟を庇った恵君に気を良くしたのか、いつものふざけた口振りで恵君の頭を撫でている。
良いわけないだろと私は唇を尖らした。恵君の背までしゃがんで耳打ちする。
「あとでもう一回言っとくから」
任せてと頷いたが、恵君はこちらを見ることなく歩き出してしまった。

「曜ってほんと小さい子に甘いよね。恵なんてくそ生意気なクソガキじゃん」
「だから、今から更生させていかなきゃじゃない。意地悪して拗れさせたら、今後生きてく上で大変になるのは恵君だし。」
「うわあ偽善的でご立派なこったね〜」
うげーと悟は舌を出してドン引きしている。そうは言うが悟だって忙しい合間を縫って面倒みてるわけだし、禪院家との確執も超えて2人を守っているのに。
あ、でもそれは悟にとっては偽善というより呪術界の未来への投資なのだろうか。
恵君がどう育とうが、今の恩を返すには悟に付いて呪術界で活動するしかないし。
ーそれもそれで小賢しさが鼻につくが。
それならば私の方が曖昧で偽善的と言われても仕方がないのか。うーんと頭を捻る。

「ほら、丸め込まれてる。」
「あ"…」
振り向いた恵君に、全て聞かれていたようで、ズバリと指摘された。
むむむと先輩後輩が染み付いいる現状に足踏みする。私の人生は高専に来てから始まったと言っても過言ではないし。七海君、悟が特に指針になってしまっているのもいただけない。
なんとも歯痒い。いつかは悟に一泡吹かせるぞ。







  
list