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透明な天界 (2/2)


夏にしては震えが止まらなかった。
ぽたぽたと落ちる水滴をぼけっと見つめているはずなのに、何度も何度もあの光景が目にこびりついて離れない。
悟と一緒にお風呂に入ってから、私の後ろで私の髪を摘んでは撫でを繰り返している。

家に帰って温かいお風呂に入りたいと言えば、悟はてきぱきと私の代わりに用意してくれた。
首を悟の胸に預け、ありがとうと呟く。
「お風呂上がったらミルクティー淹れてあげる。」
「あれ…?茶葉あったっけ。」
「アールグレイはお前が好きだって言うからいつもストックしてある。」
なにそれと笑うが、きゅんとしてこそばゆかったのを誤魔化すためでもあった。
人の好みに無頓着だと思っていた悟が、私の好みを覚えてくれていたのは腹の底を撫でられている気分だった。

「やっと笑った…」
大きく息を吐きながら言った悟は、私の肩に顔を寄せた。
「いつもにこにこしてる奴から笑顔が消えるのって心臓に悪いわほんと。」
「誰と重ねてるんだか…」
「心配だったの。」
ちゅと首筋に口付けてきたのは擽ったいが、誰かと自分を重ねていたことは間違いない。敢えて躱してきたのではと女の勘がいう。
「傑もさ、…笑わなくなって、窶れて。今ならわかるのに。あの時1番近くで見てた俺がなんで気づかなかったんだろうって。」
昔を思い出しているのか、一人称も俺になっている悟は弱々しくそう言った。
どうやらあの人と私を重ねていたらしい。
「だから、お前の、曜の変化を少しも取りこぼさない。同じ間違いはしないから。」
ぎゅうとお腹に手が回されて悟のほうに引き寄せられた。
あの日、あの時のことを悟は今でも自分を責め続けているのだと思うと、胸が詰まって呼吸が止まりかけた。
私が悟の神経すり減らして重荷になってどうするんだ…。ただでさえ背負うものも多くて大変なのに。私がしっかりしなきゃ。
「ありがとう…。もう大丈夫。悟に心配かけない。」
「心配は沢山かけて。隠すのだけはやめて。」
「うん、隠さない。悟もそうしてね。」
はいはい。と軽く流すから、信用してよいものか。くすりと笑ってしまう。


▲▽


お風呂からあがると、バスタオルにくるんでくれて、髪まで乾かすと言い出す始末。
ソファに座らされながら本当に悟なのかと疑う。
「曜の髪ってさらさらだよね。僕みたい」
乾かしながら、するりと一束手に取って親指で大事そうに髪を撫でられた。
「悟はどちらかというとふわふわ?」
「ふわふわ?」
「猫みたい」
とはにかめば、悟にふーんと冷めた視線を向けられた。犬の方が良かったのかな。
「私も悟の髪乾かしたい」
ドライヤーの音が止まると、意を決して悟の後ろに回りこんだ。少し背伸びしながら悟の肩を掴んでソファに座らせた。
まだ熱をもったドライヤーをつけて、悟の少し濡れた髪に手を伸ばす。
細い髪が部屋の証明に当たる度きらきら光っている。毛先まで綺麗で、その異次元さにほおと感嘆する。
でも風が吹き抜ける度、同じシャンプーの匂いが鼻を通れば、今は同じ次元に存在してくれている気がした。
「家族って、同じシャンプーの匂いがするってことだよね」
「同じ洗剤で服を洗うみたいな?」
「そう、だから私と悟は同じ匂いがするの。」
乾ききったところでドライヤーを止めて、悟の首に抱きついた。乾いた髪に鼻を少し近づけると、悟の匂いに混じって私たちのシャンプーの匂いがする。血の繋がりだとかどうとかより家族である証だと思う。
「またそれもロマン?」
「そうかも…」
悟にはこの気持ちがわからないかもしれないけれど、私には重要なことなのだと、ぎゅーと強めに腕に力をいれた。


▲▽


ソファで寛いでいると、はいとミルクティーを手渡された。ありがとうと微笑み返し、口をつける。久方ぶりの甘みが胸まで沁みて頬が綻ぶ。美味しいなあ。
「紅茶も美味しく淹れられるの天才すぎる!お店のみたい」
「こんなん誰が作っても一緒じゃね?」
悟は首を傾げているが、私にとっては1番美味しい。きっと愛情がこもっているんだなと勝手に思うことにする。
「今言うのずるいかもしれないけどさ」
ん?と私は隣に座った悟を見上げた。
「術師やめない?」
いつものように、口元に軽い笑みを貼り付けて、軽い口調で、いつもの悟だった。
だからいつものように私も笑った。
「冗談だよね?」
「本気だよ。」
悟は短く息を吐き出し、目を伏せた。
冗談だと言ってほしかった。
訂正を懇願するように悟に目を向ける。
「曜は強いけど、性格的に術師に向いてないんだよね〜。無理してぽっくり死なれたら嫌だし。」
僕たち2人っきりの家族だし。と口元に笑みを浮かべながら髪を撫でられた。
私は一度、目線を薄茶色の液体に向けた。
ゆらりゆらり揺れて、透明な液体がぽたりと落ちた。

私の為を思って言ってくれたとわかるのに、上手く咀嚼出来なかった。術師でなくなった私に価値はあるのだろうか。悟の負担も増えやしないか。
けれど自責し無限の戦いに呑まれる中で、誰かが止めてくれたらと願っていた。だから辞めろと言われてもどこかでほっとしている自分もいた。
ではこの涙は一体どんな感情からなのだろう。
「ま、直ぐに決めなくてもいいけど、暫くお休みしようよ。僕らのハネムーンだってまだなんだよ?」
肩を抱かれて優しく引き寄せられた。震えて今にも落ちそうなティーカップは手からするりと離されローテーブルに置かれた。
感情の整理が追いつかず、私は小さくそうだね、と返すしかできなかった。





  
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