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冥界に迷う (2/2)


洗い物も終え、帰り支度をして、玄関まで見送る2人に手を振る。
「明日も来るね!」
「もう来ないでください。」
「こら恵!私は嬉しいですよ!」
どちらの要望にも応えたいので、間をとって、やっぱ来週にするねと訂正した。
津美紀ちゃんは元気よく返事をしてくれたが、恵君にはまたまたため息をつかれた。
「僕はまたふらっと寄るから。んじゃおやすみ〜。」
ばいばいと2人に手を振れば津美紀ちゃんだけ遠慮気味に振り返してくれた。
温かかった伏黒家を出て、初夏なのに冷えた夜道へ一歩踏み出す。
「恵君にすっかり嫌われました。」
「恵は基本動物以外にはあんな感じだから。」
「めげません。」
ぐっと両手を握る。
「恵の父親、僕が殺したんだよね。」
「え?」
また突然、この男はとんでもないことを言う。
「ほら、星漿体殺したの恵の父親なんだよ。しかも恵は禪院家相伝の術式持ちで、ロクデナシ親父に売られた所を僕が拾ったの。」
「それってめっちゃ命狙われない?2人とも大丈夫?」
腐ってもあの禪院家だ。悪い噂しか聞かないし、術式持ちなんて喉から手が出る程欲しいだろうし、どんな手段でも使ってきそうだけど…。

「僕は大丈夫だけど、恵はまだ小さいし、僕がなんとか守ってるって感じ。でもいつも見てられるわけじゃないし、僕が忙しい時は時々曜に頼みたいんだよね。」
「それはいいけど、その事恵君は知ってるの?」
「知らないよ。いつか言おうとは思ってるんだけどね〜。」
彼は軽率に言うが、なんとも言えない気持ちになった。あの一件は悟にとっても任務に失敗したと同時に力も覚醒させて、強烈に記憶に残っているだろう。
思い出したいようで思い出したくない、そんなアンビバレンスな記憶を嫌でもあの子といたら刻まれ続けないか。
その説明すらも厭わない、気にする気配もない悟はやはり強い故だろう。
「悟は…すごいね。」
ぽつりと落ちた本心は弱々しくて、これ以上弱音は吐くまいと唇を噛み締めた。
やはり、彼の隣に立っている気には到底なれそうもない。
ましてや結婚なんて、彼にとっては重荷になるのでは。将来の私たちの結果が恵君達の姿だったら?と、まだ引き出しの奥に眠っている茶色の紙に思いを馳せる。
しかし、こんな大それたことを頼めるのも婚約者であるからだろうし、安易に他の人に頼んでとも言えないことだ。ここは前向きに捉えよう。

「任務には行かなくていいから、護衛任務としてあの子たちの側にいてあげて。」
「んん?任務には行くよ?これから繁忙期だし。悟だって両立してんじゃん。」
「ん〜…。僕が嫌なんだよね〜。じゃあ任務の数減らして。特級以上は行かなくていいから。」
「1級、2級も?それは人手足りてないし現実的じゃないよ。」
「僕が通しとくからいいの。」
う〜んと今度は私が首を捻った。特級呪霊なんて日本に16体しか存在しないし、祓うとなれば悟もついてくるだろう。それはつまり万全の体制が考えられぶっちゃけ安心感が強い。
それよりも低い等級の場合、私が行った方が術師や一般人の生存率が高い任務も多々ある。攻撃・防御・回復の術式が揃っているのは私くらいだろう。どこかで誰かが死んでしまうかもしれない時に、私は団欒していていいのか。いや無理だ。
「悟は何もしなくていいよ。上層部とこれ以上揉めてほしくないし。私が任務選別するよ!任せて!」
ぐっと親指を立てて笑った。
悟はまたもや納得していないのか、嘆息しながら首に手を置いた。
「ご立派だねえ〜。僕の気持ちも汲んで欲しいよまったく。」
「悟がそんなに心配性だとは思わなかった。」
「ずーーっと心配なんだけど。ノイローゼになりそう。」
ええ?!と驚いて悟の正面に回り、顔色を伺った。
眉を下げてサングラスをずらし、子犬のような顔をのぞかせた。その表情に気が咎められた。
「ごめん…。危ない任務には行かないようにするね。悟と決める、これじゃだめかな?」
「もし勝手に決めたら、家から出られない結界張るから。」
それはまた監禁に近いことを…。
すんと真顔で言う悟の恐ろしい本性が垣間見えたので、頷かずに笑って流した。
「悟は、人手が足りない呪術界に強い人材を必要としてると思ってた。」
「してるよ。恵に目をかけてるのもそれが理由だし。」
「だから、私のことも一駒として見てくれてると思ってた。でも心配かけてるしほんと彼女失格。婚約者にだってどうなのって感じ。」
「限度があるだろ。お前は働きすぎ。調べたけど、俺より祓ってるのは異常だから。まず救える命は救って救えない命は諦めてって自分の手のひらに納まる分だけ抱えたら?今のお前は、ちょっと気負いすぎ。」
「………そんなことないよ。」
否定したが、悟の目を見て言えなくて俯いた。そのまましれっと隣に戻り、痛い所を突かれたのを誤魔化すように歩き出した。
表面上は泰然と取り繕っているが、心の中では、人の死に直面する度、疲労感や、色々重なって咽び泣きそうだった。眠れなくもなった。でもそれは、術師なら誰もが通る道だろうしと言い聞かせている。
「それに、これは思ってないけど、たとえ駒としても壊れたら使えないよ。彼女が壊れていく姿見る彼氏の気持ちにもなれっての。」
「そんなヤワじゃないってば。」
悟の気遣う気持ちはわかっているのに、少し口調が荒くなった。私らしくないと後悔して下唇を噛む。もっと穏やかに努めないと、不毛な喧嘩になってしまう。
「いや、でも、心配してくれるのは有難いし、これからは気をつけて悟の言うように努めるよ。」
慌てて笑顔を取り繕い、悟を見上げる。これは本心なんだと瞳で訴える。
「わかってくれるならいいけど。」
口をへの字に曲げた悟はなんだか煮えきれない態度だ。これは信用されてなさそうだと、長い付き合いから直感的に思った。こんな事で悟と溝を作りたくない。

夜風が通るすっからかんな手を埋めようとしてくれない悟は思うところがあるみたいだし、こんな話をした手前、こちらから能天気に歩み寄るのは気が引けた。
私はふらふらと軽い手を揺らしながら歩いた。




  
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