俺が自分の“仕事”のことを話す間、あいつは始終、鍋と向かい合っていた。椅子に座る俺に背を向ける形で表情は一切わからない。

時折コーヒーを飲みつつ淡々と人を殺したことを話しながら、果たしてこいつは「殺す」だとか物騒なイタリア語を知っているだろうかと考えていた。

日本からきたあいつは漸くここでの生活に慣れてきたようで、発音はまだ危なっかしいが普段の会話に支障はない。だが、あいつの性格を考えるとモラルに反した言葉など理解もできないように思えた。
鍋が音をたてている。あいつはコンロの火を弱め、喉の奥で唸るような声を出した。言葉に詰まったときのあいつの癖だ。頭の中でイタリア語を探っている。

「……プロシュート、は」

随分の間をあけて口を開いたあいつの声音は、俺の予想とは違い妙に落ち着いていた。
ぎこちなく言葉を口にするあいつは、頭の中で日本語をイタリア語に変換して話すせいで幾分か冷静になってしまうのかもしれない。

あいつは鍋の蓋を取り、パスタを入れる。こんな話を聞いても料理の手を止めずにいるのは、他に何をすればいいかわからないからだろうか。手は微かに震えているように見える。

「あなたは、そんなたちの悪い冗談を言うような人じゃなかったでしょ」
「その通りだ。下らない冗談は言わない」
「……今の話、本当なの?」

答えるかわりに何も言わずにいれば、あいつは僅かにかすれた声で「本当なのね」と呟き、それきり口をつぐんだ。
キッチンの換気扇の音と、鍋が沸騰する音がやけに煩い。

脅えるか、泣き出すか、軽蔑されるか。あいつの反応を何パターンも予想してみる。案外、逆上して鍋の湯でも俺にぶちまけてくるかもしれない。何にせよ、このままの関係は保てなくなるだろう。その方がこいつのためだ。脳裏に死んだ仲間の姿が浮かぶ。いつ死ぬかわからないような人殺しと共に居る気にはなれないだろう。
まあ、もしもあいつが取り乱すのなら、それはそれで見ものだろう。

「ねえ、プロシュート」

くだらないことばかりを考えていた俺の思考にあいつの声が割り込んできた。視線を向けたが、やはり背を向けたままでいる。

「私、その話が本当でもいいから」

声は鍋の音に掻き消されそうなほど頼りない。

「それでもいいから、そばにいたい」

一瞬、言葉の使い方を間違っているのかと思った。
しかしあいつはまた、この国の言葉ではっきりと言う「そばにいさせて」

「……何を言ってるのかわかってるのか」

低くそう呟けば、あいつはすぐに「わかってる」と言い返した。

「だから、もうそんな話、しないで」

“殺す”だとか言ったりしないで。
あいつの口から漏れる“殺す”は、ガキが意味を知らない言葉を言う時のように、ふらふらとやけに覚束ない調子だった。はじめて口にしたのかもしれない。

「……お前、」
「それより、お皿用意して」

もうすぐ夕食、出来るから。俺の言葉を遮りあいつはそう言うと、振り向いて力なく微笑み、すぐにまた俺に背を向ける。
俺は冷めたコーヒーを一口飲み、溜息をついた。

「侮蔑されると覚悟してたんだが」

あいつは俺の呟きには答えずに、ただひたすらパスタのゆらぐ鍋を見つめている。不安定な後ろ姿だ。触ればすぐに崩れ落ちてしまうような気がした。
俺はその後ろ姿を見つめながら、またコーヒーに口をつける。

人殺しでもいいとあいつが言ったとき、赦されたという喜びよりもまず先にイカレていると思った。
虫も殺せないような優しく脆い甘ったれた女だとばかり思っていたが、こいつは人殺しに情を注ぐような、モラルに反した面も持っていたのだ。

「お前も大概、狂ってる」

言えば、あいつは背を向けたまま、小声で俺の知らない言葉を口にした。日本語だ。
何を言ったのかと問う前にパスタの鍋が吹き零れ、俺は口を開くタイミングを失った。
コンロの火を慌てて消したあいつは俺のほうを振り向き「ああ、やっちゃった」とやけに明るく笑う。
それがあまりにいつも通りの態度だったから、俺はそれ以上何も聞かずに大人しく夕食の準備を手伝ってやることにした。





茹でたパスタにこぼれることば
(狂っててもいいよ。そばにいさせてくれるんなら)






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