“仕事”のことをいっそのことはっきり話してやろうと思ったのは、単なる気まぐれみたいなもんだった。 待ち合わせた公園のベンチで、少し遅れてきた俺に缶コーヒーを差し出したあいつの顔を見ていると、延々と誤魔化していることが無性に馬鹿らしく思えてきた。 あいつが笑う顔を見る度、ガキの頃にいつか見た児童書の挿し絵の天使を思い出す。滲んだ絵の具で描いたようなぼんやりしたタッチで、脳天気に微笑む神の使い。 今更一つ二つ嘘を吐いたところで心が痛むこともないが、俺が何も言わないことを気にすることなく柔らかに笑うあいつを目にすると、全てを話す必要があるような気がした。 全てを話して軽蔑されようが、離れることになろうがそれはそれで仕方ないことだ(流石にカッコつけすぎか、それは) プルタブを開けながら、何気ない風に言った。なあ、俺、人を殺してんだよ。そういう仕事してんだよ。さっきも一人、殺してきた。……。 沈黙が続いた。あいつの反応がなかなか返ってこねえからコーヒーから目を離して横を見れば、きょとんとした両目が俺をまっすぐに見つめている。ああ。ガラス玉みてえだ、な。世間知らずで、甘ったれの目ン玉。 「……お前、信用してねーだろ」 「うん」 予想していた以上にはっきりと言いきって、あいつは手に持ったホットココアに口を付ける。眠いのか、目蓋が重たげに瞬きを繰り返している。じっくりと時間をかけてココアを味わうと、小声で「さむい」と呟いて俺の体に身を寄せてきた。いや、だから。お前、話聞いてたのか。 「そんな仕事、現実にあるの?」 「あるんだよ」 溜息混じりで言っても、缶に口を付けたまま首を傾げている。どういう育て方をして、何を食わせたらこんなやつが出来あがるんだ。 あいつは「そうなんだ」と言ったきり、黙ったままでココアを飲んでいる。時折吐き出す息は白い。 俺はコーヒーを飲む気も起きないままで、あいつの次の言葉を待っている。寒い中で、缶を持つ手とあいつがくっついている右側がひたすら暖かい。 やがてあいつはココアを飲み干すと、一際大きく息を吐いた。 「まあ、いいや」 「はあ?」 まあいいってなんだ。おい。拍子抜けな答えに思わず缶の中身を零しそうになる。 面食らう俺には構わず、あいつは俺を見上げて「だって」と笑う。ココアが微かに香って、すぐに空気に溶けて消える。 「だからって別に、ホルマジオがどこかに行っちゃうわけじゃないんでしょ?」 白い息と一緒にそう言葉を吐き出して、あいつは俺の右手を握った。人を殺したばかりの手に柔らかな、生きた感触が絡みつく。コーヒーがベンチに僅かに零れた。 「一緒に居られるんならそれでいいよ」 柔らかに、しかしはっきりとそう断言してあいつは大きく欠伸をした。 「いや……お前な」 言葉を続けようとすれば、繋いだあいつの手に力が込められる。ココアで暖まった筈の掌が微かに震えている。 無言で、この話を続けることを拒んでいるのだと気がついて、口をつぐむよりしょうがなかった。 「……悪かったな、変な話して」 「忘れてくれ」と呟けば、何も言わず俺の肩に頬を寄せてきた。柔らかな感触が心地良い。息を吐く。 開けたまま飲み忘れていたコーヒーに漸く口を付け、なんか食いに行くか?と問えば、あいつは「チョコレート、山ほど」と答えた。 「今朝チョコレートの海で溺れる夢を見たの」 安いのでいいから、たくさん食べたい。 どこまでも脳天気で世間知らずで庶民派な天使は、そう言って俺の横で眠たげに微笑んだ。 うたたねする天使(庶民派) |