「あのね、うちには通い猫がいるの」



夕食をテーブルに並べながら、突然ななしが妙な話をし始めた。

ななしの話はいつも唐突だ。

それに慣れている俺はそれに黙って耳を傾ける。



「その猫はとーっても大きな猫でね、突然ふらっとやって来ては、またすぐにふらっと何処かへ帰っていっちゃうの。わたしはその猫とずっと一緒にいたいんだけど、やっぱり野良猫は気ままな暮らしがいいみたい。だからわたしは野良ちゃんがいつ来てもいいようにご飯を作って待ってるの」

「……通い猫か」

「そうよ、通い猫」



ふふんと意味有り気に笑いながらななしはテーブルに夕食を並べる。

今日のメインは白身魚のムニエルらしい。

猫にはご馳走だ。

突然の“通い猫”の話の意図をなんとなくつかんだ俺はここはあえてななしに話を合わせることにした。





「その猫は幸せ者だな」

「……本当にそう思ってるのかしらね」



そう言って呆れたように肩を竦めて笑うななし。

口がうまく笑えていないことに本人は気付いているのだろうか。





「猫には猫の暮らしがあるんだから仕方ないわ」



本当に仕方ないと思っているのならわざわざこんな話を俺に振ったりなどしないだろうに。

その気持ちを察するもの、俺はななしになんと言ったらいいのか分からなかった。





ななしはよくできた女だと思う。

仕事や私生活のことを話したがらない俺に対し、心の中ではきっと疑問や不信感を抱いているだろうにななしはそれを面に出そうとはしない。

アイツなりにいろいろ考えてくれているのだろう。

そしてそれが行き詰まり募ったとき、こうして曖昧な表現となって唐突に溢れてくるのだろう。





「その猫はこれからもお前の家に通い続けるだろうな」

「……どうしてそう思うの?」

「お前といるのは落ち着くからだ」



俺がそう言えば、ななしの顔がみるみる赤く染まってゆく。



「!……もう、リゾットったら真顔で何言ってるのよ」



頬をトマトのように赤く染めながら、ななしは逃げるようにそそくさとキッチンへ行ってしまった。

口調はあんなだが口元がゆるんでいたからただ単に照れくさくなったのだろう。

自分自身も普段こんなことを言うタイプではないのだが、アイツが分かり易い表情の変化を見せるのだから仕方がない。

自分の変化に驚き思わずため息が出る。





「……いつの間にか飼い慣らされてしまったということか」



ひとりぽつり呟いて、何故か妙に納得した。





猫の通う家




決して居着くことはないこの家に通ってしまうのは他でもない君がいるから






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相互記念に「そこはかとなく」のmocoさまより頂きました。
彼は確かに猫っぽいような気もしますね。
静かな空気のようなものが感じられて、とても素敵でした。
さみしげな中にほんのり甘さがあって、あたたかな気持ちになれるお話でした。
本当にありがとうございました!







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