「大丈夫?」
「……何がだ?」

言葉の意味がわからずに首を傾げれば、隣に座っていたあいつは神妙な顔つきになって俺の顔をじっと覗き込んだ。アーモンドの形した目の中の、ガラス玉みてえな瞳に俺が映りこむ。互いの息が触れるほど顔が近い。ついさっき飲んだのか、あいつの息は紅茶の匂いがする。
ちらりと視線を外せば、向かいのソファーでクロスワードに興じていたメローネがにやつきながら俺らを見ている。少し離れた所でタブロイドを読んでたイルーゾォも、どこか気まずそうな顔をしてちらちらこっちの様子を伺っていた。見世物じゃねえっつうの。

「何だ? 他の奴がいる前でいちゃつくようなタイプだったかよ、お前」

茶化してみれば、こいつのことだからすぐに顔を真っ赤にさせて俯くと思ったら意外にも「何ばかなこと言ってるの」と強気に返してきやがった。
それからまた俺の顔を見つめ、ダージリンの息でぽつりと言う。

「ホルマジオ……風邪でもひいてるんじゃないの?」
「ああ?」
「なんだかちょっと、いつもと違う気がするのよ」

ほんのちょっとだけど……。そう言ってあいつはようやく顔を離し、「大丈夫なの?」と心配するように眉をひそめた。

「別に何も変わらねえよ」
「うそ」
「こんなことで嘘つくわけねえだろ?」
「でも、やっぱりいつもと違うように見えるんだけど……ねえ?」

最後の「ねえ」は、他のやつらに対して向けられたものだ。広いとは言えない部屋の中で思い思いに過ごしてた奴らを見渡して同意を求めるあいつに、誰も何も答えない。だが全員「別に何も違わねえだろ」と言わんばかりの顔をしている。
あいつはむっとした顔で頬を膨らませ、「……けど、やっぱり違うもの」とムキになって言う。

「どこがどういう風に違うんだよ?」
「どことはうまく言えないけど……」
「じゃ、気のせいだろ」
「……一応、体温計持ってくるね」

言うなりあいつは奥の部屋に引っ込んでいこうとする。おいおい、大袈裟だっつの。俺はあいつの手首を掴んで止める。滑らかな肌は、やけに冷たく感じた。

「いらねえよ、ンなもん」
「……心配なの」

真剣な顔でまっすぐにこっちを見てそう言われちゃあ、俺だってもう無理に止める気は起きなかった。しょうがねえ。面倒だが一応測ってやるか。何も異常がないことがわかったら、こいつも安心して大人しくなるだろ。

わーったよ。そう言って手を離すと、あいつはバタバタと奥へ引っ込んでいった。
「騒がしいやつ……」マンモーニのペッシが呆れたように言い(ペッシはあいつに対してだけはやたら大人ぶりたがる。子供っぽさでは大して差なんてねえ癖に)、硝子のヤスリで爪を手入れしていたプロシュートは「心配性な女を持つと苦労するな」と呟いた。

「まあ、少しお節介が過ぎるがいい女だよ」
「さり気無く惚気てんじゃねーよ」

ヘッドフォンつけて何か聴いてるくせにしっかりこっちの会話は聞こえていたらしく、ギアッチョがフンと鼻を鳴らす。

「おまたせ」

あいつが戻ってきた。両手に持った小さなトレイの上には電子体温計と、水の入ったグラス、粉末の薬が乗っている。おいおい、薬は気が早すぎるだろ。

「ほら、早く測って」
「ああ。わかったから急かすなって」
「なあ、1シーンにテイク132回かけてギネス載った映画って何だっけ」

メローネがペンを回しながら言う。クロスワードが解けないらしい。

「キューブリックのやつだ」とイルーゾォがタブロイドから顔を上げ言うと、「そこまでは俺も思い出せるんだけどなァ」とメローネは唇を尖らせる。

そんな会話を聞きながら俺も答えを考えようとしたが、頭を働かせて脳から記憶を引っ張り出そうとする行為が何故か酷く気怠く感じて途中で止めた。
わかる? とメローネに訊かれ、あいつは「映画は詳しくないの」と苦笑してみせた。

「……『シャイニング』だろう」

俺の座るソファーの後ろでロッキングチェアに腰掛け資料の束に目を通していたリゾットがぽつりと言う。ああ、そうだそれだ、とメローネが言ったところで体温計が鳴った。取り出し、小さな画面に表示された画面を確認する。あいつも一緒に覗き込む。

「は……」

思わず言葉を失った俺に、あいつは「ほら、言ったとおりでしょう。早く薬飲んで!」と急かす。
他の奴らの興味ありげな視線を感じる。俺は体温計を後ろへ投げた。
背後でぱさりと音がした。リゾットの読んでいた資料の上に落ちたらしい。少し遅れて、「……早く休め」と冷静な声がした。メローネがわざわざソファーから立ち上がり、体温計を確認しにいく。すぐさま「これで気が付かないって鈍すぎるだろう!」と愉快そうな声でけらけら笑いやがった。声が頭に響く。
本当に熱があると知った途端、急に怠くなってきやがった。俺の体もいい加減なものだ。

「ほら、お薬飲んだらしばらく眠ってて。後で何か作ってあげるから」

あいつは言いながらてきぱきと薬の封を開け、グラスと一緒に俺に差し出す。
俺はあいつの顔をじっと見つめる。どうしたの、と首を傾げるあいつはいつもと変わらない、何も考えてなさそうな能天気な顔をしてやがる。

「……お前、よくわかったな。他の奴らも、おれ自身も気付けなかったってのに」

俺が言うと、あいつは俯いて少しはにかんだ。

「……だって私、誰よりもあなたのこと見てるから」

ひそやかな声が耳に滑り込み、頭の中を揺らす。馬鹿野郎。散々俺の体調を心配してたくせに、そんなこと言われたら熱が余計に上がっちまうだろ。
ああ、本当に悪化してきたらしい。頭の中がぼやけてきやがった。眩暈がする。
ため息をつけば、トドメを刺した張本人がどうしたの、大丈夫? と訊いてくる。

そのぽかんとした顔が妙に憎らしくなって、俺は熱の勢いに任せてあいつの肩を引き寄せ、乱暴に口付けてやった。あいつの唇は冷たい。俺が熱すぎるのかもしれねえが。
ひゅう、とからかうような口笛が聞こえる(どうせメローネあたりだろう)
視界の端で、あいつの手に持ったグラスが傾き、中身が床に零れていくのが見えた。
リゾットが盛大にため息を吐き、「休む前に床を拭いていけ」と呟いた。





賑やかな一室






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