幼い頃から彼女は何かあるとクローゼットの中へ籠る癖があった。
近所の悪餓鬼にスカート捲られたとき、理不尽な理由で親に叱られたとき、好物のおやつを弟に食べられたとき、リゾットが他の女の子と仲よさ気に喋っていたとき、飼っていた犬が死んだとき。
自分の部屋の狭いクローゼットの中で膝を抱えて座り込んで、何時間もじっとしているのだ。暗くて狭い所に居ると落ち着くのだろう。
籠り出すと、親がいくら出て来なさいと言っても妙な意地を張って出てこない。そんな時は、いつもリゾットがクローゼットの扉を叩いて、いい加減出てこいよと呼びかけた。そうすると、不思議な程素直に彼女は出てくるのだ。まるで、彼が来るのを待っていたみたいに。

故郷を出てから数年、偶然にこの街で再会した彼女と恋人同士になるのにそう時間はかからなかった。幼馴染みであった彼女は彼のいとことも親しく、あの子が交通事故で死んだことも知っていたし、リゾットがそれで深く傷付いたことも知っている。けれど、そんな彼がその運転手を殺し、今はギャングで殺しをやっていることなどまるで知りはしなかった。

「もういいわ! 勝手にして頂戴。リゾットのばか!」

絶交よゼッコー! 携帯電話のスピーカーから、きんきんと喚き声が聞こえる。
以前から食事に行くという予定だった今日、突然に任務が入ってしまった。約束をすっぽかすのはこれで三度目のことだった。彼女が怒るのも無理はない。電話の向こうから、八つ当たりでテーブルでも叩いているのかバンバンという煩い音がさっきからずっと聞こえている。
自分が全面的に悪いのはわかっているから、彼は言い訳もせずにただ黙って文句を聞いていた。静かな態度がますます苛立ちを煽ったか、彼女は「聞いているの!?」と益々不満げに声をあげる。
ばあか、きらい! もう知らない! 最後にそう叫んで、通話が切れた。
馬鹿に嫌いに絶交、か。静かになった電話を見つめ、彼がぽつりと呟く。子供の頃から、悪口のボキャブラリーが変わっていない。

仕事を終えると、リゾットは遅くまで開いているスーパーで林檎とチョコレート、それからクッキーを買って彼女の住む部屋へと向かった。
チャイムを鳴らしても出てこないので、合鍵でドアを開ける。
部屋はしんと静まり返り、どこも明かりがついていない。眠っているのかと寝室へ向かうが、ベッドの上に彼女の姿は無かった。

と、部屋の隅に置かれたクローゼットの中から、ことことと微かな物音がした。彼はそちらへ視線を寄越し、小さく肩を竦める。
彼女は外見こそ大人の女になっていたが、中身はまだまだ子供のままのようで、クローゼットに引き籠る癖は未だ抜けては居ないようだった。

彼は寝室の電気を点けると、クローゼットの扉を小さく二回、ノックした。返事の代わりに、鼻を啜る微かな音がした。

「開けてもいいか」
「……リゾット?」
「ああ……」

やや間があって、片方の扉が細く開いた。冬物のコートや帽子、マフラーの下で、彼女は膝を抱えて縮こまっている。明かりの眩しさに顔をしかめる、その頬が微かに濡れていた。
リゾットはクローゼットの前に座り込むと、買ってきた甘いものたちの入った紙袋を彼女に差し出した。彼女はのろのろとそれを受け取ると、中を見、それからううっと喉の奥でか細い声を上げると勢いよく彼に抱きついた。彼女と彼の体に挟まれて、紙袋がぐしゃりと音を立ててつぶれた。

「ずっとこの中で反省してたの……! ごめんね。お仕事だから仕方がないのに、ごめんね」
「いや……。俺こそ、すまない」
「ばかだなんて、思ってないのよ」
「ああ」
「嫌いなんて、嘘よ」
「わかっている」
「絶交なんて、したくないのよ」

彼が背をそっと撫でてやると、甘えるように胸に頬を摺り寄せてくる。
来てくれて、嬉しかった。彼女はそっとつぶやく。

「小さかった時も、私がクローゼットで泣いてたらいつもリゾット、来てくれたわね。飴とか、ジェラートとか持ってきて」
「……そうだったな」
「子供の頃から、リゾットは変わらない。……やさしい」
「そんなことは……ない。俺は、もう随分変わってしまった」
「何にも変わってないわ。私にとっては、あなたはずっと昔のままのやさしい人よ」

知らないとはいえ、人殺しが優しいなどとは全く持っておかしな話だ。リゾットは自嘲気味に笑った。
やさしいと思うのは、きっと彼女が側に居るからなのだろう。幼少期から変わっていないのは彼ではなく、彼女の方だ。顔立ちや体つきは女に変化しても、心は泣き虫で無邪気で甘ったれで焼餅妬きな昔のまま。外見と中身に落差のある彼女が、けれど彼は好きだった。変わっていない彼女を見ると、とても安心する。彼女と居るその時だけは、自分も昔に戻れる気がした。ただただ幸せだった少年の頃に。

「林檎でも切ってやろうか」
「ううん。しばらくこのままがいい」

上目使いに彼を見て、彼女は悪戯っぽく笑う。大きな瞳に映る自分の姿は、きっと少年の姿をしている。







クローゼットの中の少女、あるいは瞳の中の少年





タイトル長すぎ。




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