「この映画、安っぽくてくだらねえよ」
「そういうこと言うのやめてよ」

さっきから熱中して観てた分、俺の言葉がよほど気に障ったらしい。
俺の言葉にあいつはむくれ、不機嫌そうにそう言った。

二人分のインスタントコーヒーを作って隣に座っても、あいつはテレビ画面から目を逸らさずに、コーヒーも目に入っていない。
仕方なく俺は傍のテーブルにあいつのコーヒーを置く。

「なあ、あと1時間ちょっともこんなの観てるつもりかよ」
「うん」
「つまんねえって。最後まで観ると後悔するぜ?」
「はいはい」
「あと、この女最後死ぬ」
「あ、何でバラすのよ馬鹿!」

俺の言葉にあいつはようやくこっちを見た。眉吊り上げた酷え顔だったが、まあこの際どんな表情でもこっちに目を向けてくれりゃあそれでよしとしよう。
とかなんとか思ってたら、テレビから緊迫したBGMが流れ、あいつの視線はまたついと向こうに奪われちまった。

「おいおい。そりゃあねえだろ」

あいつの腕を引き、肩を抱き寄せてみる。
喜ぶとか照れるとかそういった反応をすべきだろうに、あいつは「もう、ちょっと……」と苦笑するだけで、映画の続きに夢中だ。俺の手を振り払うことはしないが、やっぱり心はあのクソつまらないテレビにある。
真ん丸の大きな瞳に画面の映像が映りこんで光っている。
俺の好きな目が俺以外のものを見つめているのは、あまり気分が良いとは言えない。たとえそれが、2時間ちょっとのくだらないシネマでもだ。
俺はあいつの両肩を掴み、ソファーに押し付けた。小さな体はころりと簡単に倒れる。
さすがのあいつも、今度ばかりは俺の顔をまっすぐに見た。

「ちょっと、ホルマジオ……っ」
「なァ、あんなモンいつでも観れるだろ」

上に跨り、見下ろす。こつりと額をあわせる。あいつの瞳が俺を見返す。
今までに見た誰の目ン玉よりも良い目(プロシュートやメローネあたりだったらもう少し気の利いた表現が出来るんだろうが、生憎俺にはそう言ったことに関する語彙が少ないから、こんなつまらない表現しか出来ねえ)

あいつはしばらく俺の目をじっと見返していたが、やがてあきらめたように笑った。
馬鹿ね。とおかしそうに言う。あいつの呼気が唇をなでる。

「相手してほしいんなら素直にそう言えばいいのに」
「人を寂しがりのガキみたいに言うなよ」
「はいはい」

あいつは目を細め、声をたてて笑った。
そうして手を傍らのテーブルに伸ばし、リモコンを取るとテレビの電源を消す。張り詰めた糸の千切れたような音を立てて画面は消え、部屋は静まり返る。

「で、テレビ消させて何はじめるつもり?」

笑うのを止め、あいつが訊く。そんなこと、男と女がこんな体勢だ。一つしかない。
俺は、薄っすらと弧を描いたあいつの唇に口付けてやった。「ン……」と鼻にかかった吐息が微かに聞こえる。こいつとキスをすると、いつもこの甘ったるい吐息を漏らす。
唇を離し、 ブラウスのボタンに手をかける。

「あんな映画よりも刺激あるだろ?」
「……そうかもね」
「安心しろよ。退屈はさせねえ」

ボタンを外す。一つ、二つ。
五つ目を外し終えたところで、あいつの腕が俺の首に回された。

「どうした?」
「あなたが最近読んでる小説だけどね」

あいつは耳元で悪戯っぽく囁く。

「あれ、ピアニストが犯人」
「……言うなよ」
「さっきのお返し」

声を立てて笑うあいつの唇をもう一度塞いでやると、俺は最後のボタンに手を掛けた。





あなたの瞳に素敵なショーを






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